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ガルゴニス


 55口径120mm滑腔砲の轟音が、熱風と火山灰を吹き飛ばす。舞い上がった火山灰の中を突き抜けて飛んでいく砲弾は、先ほどから次々に前方の戦車の隊列に激突し、爆音と爆風を噴き上げていた。


 砲弾に貫かれた九七式中戦車チハの砲塔が千切れ飛び、引き裂かれた車体の断面から爆風が吹き上がる。自らの破片と乗組員の肉体の破片を浴びながら停止した九七式中戦車チハの隣を走行していた四式中戦車チトが、仲間の仇を討とうと必死に主砲を放ってくるけど、全く命中しない。地面にめり込んで火山灰を噴き上げるか、転がっている岩石を砕く程度だ。


 敵が必死にこちらに砲撃を命中させようと足掻いている間に、レオパルトと10式戦車の2両の戦車は次々に砲弾を放ち、旧式の戦車たちを蹂躙していく。


 こっちの戦車砲が咆哮する度に、敵の戦車の数が減っていく。敵の砲撃の射程距離内に入ったけど、火器管制システム(FCS)を装備していない旧式の戦車の砲撃の命中精度はたかが知れている。敵の砲撃の射程距離内に入ったというのに、こっちが蹂躙しているという状況は変わらなかった。


 敵の戦車を護衛していた歩兵たちの中にはパンツァー・ファウストや対戦車ライフルを装備している兵士もいるけど、俺たちが砲撃している距離は彼らの持つ武器の射程距離外だし、旧式の武器ではレオパルト2A6と10式戦車の複合装甲を破壊することは不可能だろう。それに、こっちの戦車は対人用にSマイン、と20mmエアバースト・グレネード弾を発射できるターレットを搭載している。接近できる兵士はいないだろう。


 先ほどからエリスとカレンの砲撃が敵の戦車を片っ端から撃破しているため、砲塔の上でブローニングM2重機関銃の照準器を覗き込んでいる俺の出番はない。砲塔の上から蹂躙される敵の戦車たちを眺めているだけだ。


 その時、敵の四式中戦車チトが放った砲撃が、レオパルトの右側に着弾した。岩石の上に積もっていた灰色の火山灰が舞い上がり、岩石の破片と共に俺の頭に降り注ぐ。


 降り注ぐ破片と火山灰をかぶりながら、俺は至近距離に砲弾を叩き込んでくれた敵の戦車を睨みつけた。


「エリス、1時方向のチトを狙え!」


「了解! ギュンターくん!」


「はいよ、形成炸薬(HEAT)弾だ!」


発射ファイア!』


発射ファイアッ!」


 砲手の座席に座っていたエリスが、砲弾の発射スイッチを押した。


 砲口から飛び出した轟音が、他の戦車砲の轟音を全て掻き消す。火山灰が舞い上がる向こうで、発射された形成炸薬(HEAT)弾が砲塔を動かして照準を合わせようとしていた四式中戦車チトの砲身をへし折ってから、砲塔の装甲に突き刺さった。ひしゃげて亀裂の入った装甲の内側から小さな火柱がいくつも吹き上がり、車体の装甲が弾け飛ぶ。砲塔を吹き飛ばされた四式中戦車チトは、他の戦車たちと同じように炎を噴き上げながら沈黙してしまった。


 戦車の中からエリスの喜ぶ声が聞こえた直後、レオパルトの左側を走行していた10式戦車の砲塔に、九七式中戦車チハの放った47mm砲がやっと命中した。でもその砲弾は、まるで金属バットで分厚い金属板を殴りつけたかのような音を発しながら斜め上に跳弾し、俺たちの後方の地面に墜落してしまう。


 キューポラのハッチから上半身を出して指揮を執っていた信也はびっくりしたみたいだけど、10式戦車は無傷だった。


『び、びっくりした・・・・・・!』


『シン、大丈夫!?』


『うん、僕は大丈夫!』


『カレンさん、シンをびっくりさせた馬鹿を狙ってください!』


『もう狙ってるわ。撃つわよ!!』


 今度は10式戦車の44口径120mm滑腔砲が轟音を発した。熱風を引き裂きながら飛んでいった砲弾が、逃げようとしていた九七式中戦車チハの後部に突き刺さる。砲弾で後部を抉り取られたチハは装甲を四散させると、そのまま沈黙してしまった。


 機関銃の照準器から目を離した俺は、敵の歩兵との距離を確認する。そろそろ敵の持つ武器の射程距離に入るだろう。


「フィオナ、ターレットを起動させろ! 20mmエアバースト・グレネード弾を使うんだ!」


『りょ、了解! ターレット起動します!』


 砲塔の上の左側に搭載されていたターレットが起動し、砲身を前方の敵兵へと向ける。砲身の両サイドには2つのベルトが用意されているんだけど、右側が20mm速射砲で、左側が20mmエアバースト・グレネード弾になっているんだ。砲身に左側のベルトが差し込まれたのを確認した俺は、前方でパンツァーファウストを構えていた敵兵に何発か12.7mm弾をぶっ放すと、その敵兵の隣で九七式自動砲を構えていた敵兵の頭に弾丸を叩き込んだ。


 九七式自動砲は、旧日本軍が採用していた対戦車ライフルだ。20mm弾を発射する事が出来る強力な対戦車ライフルなんだけど、そのライフルでも複合装甲を貫通することは不可能だ。おそらく俺を狙っていたんだろう。


「エミリア、速度を上げろ! このまま突破するぞ!」


「了解! 速度を上げるぞ!」


「信也、速度を上げろ!」


『了解! ミラ!』


『ヤヴォール!』


 このまま接近しながら砲撃していれば、敵の戦車は全滅するだろう。歩兵もターレットの攻撃で殲滅できる筈だ。


 並走する10式戦車も砲塔の上のターレットを起動したらしい。旋回したターレットの20mmエアバースト・グレネード弾の攻撃で、次々に歩兵を粉々に粉砕しているのが見えた。


 照準器を覗き込もうとした瞬間、レオパルトのターレットも火を噴いた。20mmエアバースト・グレネード弾の餌食になったのは、岩の陰に隠れながらパンツァー・ファウストを発射しようとしていた2人の歩兵だった。


 爆炎に呑み込まれた歩兵の肉体が千切れ飛び、持っていたパンツァー・ファウストが誘爆する。岩の破片と共に肉片が舞い上がり、火山灰だらけの地面に落下していく。


 横取りされちまったな。


「歩兵の数が多いわ! ギュンターくん、キャニスター弾を!」


「おう!」


発射ファイアッ!」


 戦車の数は減っているけど、歩兵はまだ残っている。エリスはどうやら戦車への攻撃を中断して、キャニスター弾で歩兵たちを薙ぎ払うつもりらしい。


 砲口の目の前にいた兵士たちが、発射されたキャニスター弾の無数の散弾で次々に鮮血を吹き上げていく。ズタズタにされた兵士たちが崩れ落ち、火山灰で覆われた大地の上に転がった。


 一撃で仲間が何人もやられたのを目の当たりにして怯えた兵士が、絶叫しながら九七式自動砲をぶっ放してくる。でも、彼が狙ったのは俺ではなく戦車だったらしい。彼が何発も放った20mm弾達は、鉄板に小石が当たるような音を立てながら次々に弾き返されていく。


 ターレットが旋回する前にブローニングM2重機関銃をその兵士に向けた俺は、そいつが慌てて武器を手放して逃走しようとする前にトリガーを引いた。


 12.7mm弾のフルオート射撃に襲い掛かられた歩兵の肉体が弾け飛び、肉片が他の兵士の死体の上に降り注ぐ。


 重機関銃を正面に戻し、次の歩兵を狙おうと思ったその時だった。


 強烈な威圧感が、戦場を呑み込んでしまったような気がしたんだ。まるでヴリシア帝国の帝都で、あのレリエル・クロフォードと対峙した時のような威圧感だ。何人も転生者を殺してレベルを上げ、何度も激戦を経験してきたというのに、俺はぞっとしてしまった。


 でも、仲間たちはその威圧感を感じていないのか、先ほどと同じように指示を出し合いながら戦車を操縦し、砲弾で敵の戦車や歩兵を木端微塵にしている。


 もしかしたら、これは俺がぞっとしたのではないのかもしれない。俺の体内には、俺の血液に取り込まれずに残ったサラマンダーの血がある。今の威圧感で怯えたのは俺ではなく、このサラマンダーの血だったのではないだろうか。


 いつの間にか、俺の頭の左側から生えている短剣のような角が少しだけ伸びていた。俺は左手を伸ばして角に触れようとしたけど、左手で触ろうとした瞬間、伸び欠けていた角はまた元の長さに戻ってしまう。


 この威圧感は何だ・・・・・・?


 気が付くと、砲撃の轟音が全く聞こえなくなっていた。着弾した砲弾の爆風で岩石の破片と火山灰が舞い上がり、55口径120mm滑腔砲が直撃した敵の戦車が粉砕されているというのに、聞こえる筈の爆音は全く聞こえないんだ。


 その時、俺はすぐに重機関銃から手を離した。このまま進撃してはいけないような気がしたんだ。


「エミリア、後退だ! 後ろに下がれ!」


「な、何故だ!? 敵はもう少しで全滅するんだぞ!?」


「いいから後退してくれ! このまま前進したら危険だ!」


 確かに敵はもう大半を撃破されて壊滅している。まだ戦車と歩兵は残っているけど、残った戦力で最新式の主力戦車(MBT)を仕留められるわけがない。


『兄さん、どうしたの!?』


「信也、急いで後退しろ! このまま進むんじゃない!」


『何があったの!? 敵の待ち伏せ!?』


 信也の問いに答えようとしたその時だった。


 いきなり後退を始めた俺たちの戦車に反撃しようと、砲撃しながら前進を始めた敵の四式中戦車チトに、巨大な岩石の柱のようなものが突き刺さったんだ。


 明らかに俺たちの砲撃ではない。まるで地面を覆っている真っ黒な岩石を削り出したかのような巨大な槍が、上空から敵の戦車に落下し、砲塔と車体を串刺しにしたんだ。


「なっ・・・・・・!?」


 対艦ミサイルのようなサイズの岩石の槍に貫かれて沈黙する四式中戦車チト。その黒い岩石の槍は続けざまに落下し、周囲を走り回っていた歩兵たちを叩き潰すと、今度は生き残っていた九七式中戦車チハにも襲いかかった。


 砲塔と車体を貫かれ、九七式中戦車チハが沈黙する。生き残った九七式中戦車チハは砲塔の上の機銃を必死に上空へと連射しながら逃げ回るけど、上空から降り注ぐ岩石の槍を回避することは出来なかったらしい。エンジンと砲塔に2本ずつ岩石の槍が突き刺さった哀れな九七式中戦車チハは、黒煙を上げながら炎上し始めた。


「滑腔砲じゃないわよね・・・・・・!?」


『い、今の攻撃は・・・・・・!?』


 俺はブローニングM2重機関銃の銃口を上空へと向けながら、敵の戦車部隊を全滅させた攻撃が飛来した空を見上げた。


 やっぱり、あの威圧感を感じていたのは俺だけだった。俺の体内に残っていたサラマンダーの血液が、あの威圧感を感じた瞬間に怯えていたんだ。


 火山で最強の魔物と言われているサラマンダーが怯える存在が、俺たちの頭上にやって来たんだ。


「くそったれ・・・・・・!」


 火山灰と熱風が支配する薄暗い空に、巨大な翼が見えた。


 かつて俺が闘技場で撃破したニーズヘッグよりも遥かに大きな翼だ。翼の付け根の先には、紅い古代文字のような模様が浮かび上がった漆黒の鎧のような分厚い外殻で覆われた巨大な胴体がある。その胴体の下の方にある尻尾の先端部には同じく紅い古代文字のような模様が浮かび上がった漆黒の大剣のような外殻が生えていて、背中には真紅のクリスタルのような槍が何本も生えているのが見えた。


 長い首の先にあるのは、巨大な3本の角が生えたドラゴンの頭部だった。サラマンダーの角と似た形状の角が、頭の左右と眉間から生えているのが見える。


 薄暗い空から俺たちを睥睨しているのは、巨大なドラゴンだったんだ。


「まさか、あれが・・・・・・!」


 間違いない。


 火山で最強の魔物と言われているサラマンダーが怯えてしまうほどの怪物は、エンシェントドラゴンしかいないだろう。


 つまり、あの巨大なドラゴンは、敵の戦車部隊が捕獲しようとしていた怪物ということだ。


「ガルゴニス・・・・・・!!」


 砲塔の上で上空の怪物に重機関銃を向けながら、俺はガルゴニスを睨みつけていた。


 


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