モリガンのメンバーが火山で敵を蹂躙するとこうなる
兵員室の外に見える大地が、緑色から灰色に変わった。火山から流れ込んでくる暖かい風に包まれていた草原は消え失せ、火山灰が降り積もった灰色の大地が、飛行するスーパーハインドの真下に広がっている。
フランセン共和国の火山地帯に近づいているんだ。
以前に信也たちが、俺の義足の素材のためにサラマンダーを倒しに来てくれた場所だ。生息する魔物は非常に危険で、気温も非常に高い。更に有毒な火山ガスが噴き出る場所もあるという危険なダンジョンで、他のダンジョンよりも面積が広い。
フランセン共和国の国土の6分の1がこの火山地帯になっている。確かに非常に危険な環境だし、魔物も凶暴な奴しか生息していないけど、鉱石や魔物から取れる素材は商人たちが高値で買い取ってくれるため、火山地帯に足を踏み入れた冒険者の60%が命を落としている危険なダンジョンでも、冒険者たちはここにやって来るという。
でも、俺たちの目的はここで鉱石や素材を持ち帰ることではない。エンシェントドラゴンに世界を蹂躙させないために、ここで眠る最古の竜を封印し直す事だ。
『間もなく、着陸します』
「了解だ」
無線機からミラの声が聞こえてきた瞬間、兵員室に乗り込んでいた仲間たちがもう一度武器の点検を始めた。
俺の座席の左隣では、エリスが腰のホルスターから9mm機関拳銃を取り出し、もう一度マガジンを取り外して点検している。右隣ではエミリアがPP-2000を取り出してドットサイトの点検をし始めた。
もしかしたら、ガルゴニスが封印されている石碑に辿り着く前に魔物と遭遇して戦う羽目になるかもしれない。それに、封印に失敗して、目覚めたガルゴニスと戦う事になる可能性もある。もしガルゴニスが目を覚ましてしまえば、戦闘中に奴を封印するのは不可能だ。
しかも、ガルゴニスは普通のエンシェントドラゴンではなく、エンシェントドラゴンの変異種であるらしい。非常に硬い外殻を持ち、大昔の戦争では人間たちの魔術の一斉攻撃を喰らっても無傷だったという。
スーパーハインドがゆっくりと高度を落とし、灰色の大地に着陸する。兵員室のハッチが開いた瞬間、猛烈な熱風が火山灰と共に兵員室の中へと流れ込んできた。
俺はフードをかぶって立ち上がると、灰色の大地へと足を踏み入れた。
他の仲間たちも次々にヘリから下りてくる。ミラが下りてからコクピットから下りた信也は端末を操作してスーパーハインドを装備から解除すると、俺の隣へとやって来た。
「僕たちが前に着た時は、こんなに火山灰はなかったよ。風も吹いてこなかったし」
「封印が解けそうになってる影響だな」
クライアントのダークエルフの老人は、自然の力が乱れていると言っていた。おそらく、もう少しでガルゴニスの封印が解けてしまうんだろう。
「よし、まず最初にこの先にある廃村を目指すぞ」
「了解!」
『了解です!』
(はい!)
まず廃村に向かい、そこからガルゴニスが封印されている石碑を目指す。ガルゴニスが封印されている石碑は火山地帯のほぼ中心にあるから、魔物と遭遇する可能性もあるだろう。
だから廃村に到着したら狙撃補助観測レーダーやドローンを利用して偵察してから石碑を目指す予定だ。
俺は腰に下げていた真っ黒なサラマンダーの頭骨で作られた仮面を取り出すと、その仮面をかぶった。仮面の額の部分からは、短剣のような形状のサラマンダーの角が生えている。もちろん、俺の頭に生えている角と同じように先端部は真っ赤になっていた。
アサルトライフルを肩に担ぎながら火山灰で灰色になった大地を歩き始める。まだ周囲にマグマは見えないけど、熱風で吹き飛ばされた火山灰の下には、真っ黒な岩石で覆われた大地が見えていた。
やがて足元から火山灰がなくなり、真っ黒な岩で覆われた大地があらわになる。おそらく、もう少し進めばマグマも見えてくるだろう。
目の前にある真っ黒な岩石の斜面を上ろうとしたその時だった。目の前から襲い掛かって来る熱風の向こうから、戦車のキャタピラのような音が聞こえてきたんだ。
「?」
「どうした?」
「キャタピラの音がする・・・・・・」
俺たちも戦車を持っているけど、この先にある廃村までは徒歩で向かうことにしているから、当然ながら戦車は今は使っていない。
それに、この世界には銃や戦車は存在しない。俺たちのように現代兵器をこの世界で使うには、俺たち以外の転生者が端末で生産するしかない。
つまり、このキャタピラの音は、俺たち以外の転生者が現代兵器を使っているということを意味している・・・・・・!
俺は後続の仲間に「伏せろ」と指示を出すと、黒い岩石で覆われた斜面に伏せてから、すぐに端末を取り出してアンチマテリアルライフルのOSV-96を装備した。仮面をつけたままスコープを覗き込み、銃口をキャタピラの音が聞こえてきた方向へと向ける。
「・・・・・・!」
カーソルの向こうに、灰色に塗装された装甲板で覆われた車体が見えた。車体の両端にはキャタピラがあり、車体の上には砲塔が搭載されている。
「どうしたのだ?」
「・・・・・・戦車だ」
俺たちが伏せている斜面の向こうでキャタピラの音を響かせながら廃村の方向へと進んでいるのは、間違いなく戦車だった。でも、俺たちのギルドが保有しているレオパルト2A6や10式戦車よりも小さいし、小型の砲塔から突き出ている砲身も短い。
おそらくあの戦車は、旧日本軍が採用していた九十七式中戦車だろう。装甲も火力も貧弱な戦車だから、俺たちも戦車に乗る必要はない。アンチマテリアルライフルやグレネードランチャーでも撃破できる筈だ。
九十七式中戦車の周囲には、銃を手にした男たちが戦車と共に移動している。彼らの持っている武器も旧日本軍が使用していた物ばかりらしく、銃身の左側にマガジンが搭載されている百式機関短銃や三八式歩兵銃を装備しているようだ。
俺たちのように、転生者が仲間たちに銃を装備させているんだろうか?
「戦車だと?」
「ああ」
俺は愛用のアンチマテリアルライフルから目を離すと、隣までやってきたエミリアにスコープを覗かせた。スコープを覗き込んだエミリアは「うむ、確かに戦車だな」と呟きながらスコープから目を離す。
再びスコープを覗き込んだ俺は、目の前の戦車の周囲をもう一度確認した。戦車を護衛している歩兵の人数は8人。戦車のキューポラの上には、車長と思われる男が見える。
「信也、チハがいるぞ」
「チハ?」
後ろの方から俺の隣まで匍匐前進でやって来た信也は、俺の隣で伏せながら双眼鏡を覗き込んだ。同じように信也の後をついてきたミラも、双眼鏡を覗き込んで目の前の部隊を確認する。
(なんだか、小さな戦車だね)
「うん。・・・・・・それにしても、あの人たちは転生者なのかな?」
「分からん。・・・・・・ミラ、音響魔術であいつらの会話を盗聴できないか?」
(分かりました)
ミラは両腕を突き出してサウンド・クローの爪を射出すると、爪を地面に突き立てて両目を瞑った。
彼女が使う音響魔術は、元々はエルフが編み出した特殊な魔術で、あらゆる音を操る事が出来るんだ。だからソナーのように超音波を発して敵を探したり、強烈な音波を相手の体内に撃ち込んで内臓をズタズタにすることも出来る。
隠密行動を好むミラにはぴったりな魔術だった。ちなみにこの音響魔術は、既に廃れてしまった魔術の1つらしい。
(――――ガルゴニスが狙いのようです)
「ガルゴニスを倒すつもりなのかな?」
間違いなく倒せるわけがない。相手は最古の竜で、他のドラゴンよりも非常に硬い外殻で覆われている。貧弱な九七式中戦車の主砲では外殻に弾かれてしまうだろう。
(いえ。倒すのではなく、復活させて捕獲しようとしているみたいですね)
「阿保らしい・・・・・・」
思わず俺は呟いてしまった。
伝説のエンシェントドラゴンを捕獲できるわけがないだろう。しかもガルゴニスは人間を憎んでいる。捕獲できたとしても、人間に力を貸すわけがない。
おそらくあの戦車に乗っている転生者は、調子に乗っているんだ。この異世界に存在しない銃や戦車ならば簡単に魔物や騎士団を蹂躙できる。だから、伝説のエンシェントドラゴンも捕獲できるだろうと思い込んでいるに違いない。
確かに銃があればこの世界の騎士団や魔物を蹂躙する事が出来る。だが、中にはレリエルのような強敵もいるんだ。
「―――あの馬鹿どもを叩きのめすぞ。戦闘準備だ」
俺たちの目的はガルゴニスの封印だ。あの馬鹿どもがガルゴニスを復活させようとしているならば、ここで全員ぶち殺さなければならない。もしガルゴニスを復活させてしまえば、間違いなくガルゴニスはあの馬鹿どもを蹂躙してから、この世界を蹂躙してしまうだろう。
後ろで伏せていた仲間たちが武器を構え始める。敵の装備は太平洋戦争中に旧日本軍が採用していた旧式の武器ばかりだ。最新型の武器ならば簡単に蹂躙できる。
「俺がチハのエンジンを狙撃する。カレンは右に回り込んで狙撃してくれ。ギュンターはカレンの護衛だ」
「任せなさい」
「おう!」
「信也とミラは、俺がチハのエンジンを狙撃したら突撃して、チハの乗組員を片付けろ。転生者が乗っているかもしれないから気を付けろよ」
「分かった」
(了解です)
「俺たちは狙撃が終わったら突撃して歩兵を片付けるぞ。フィオナ、負傷したらヒールを頼むぞ」
『了解です!』
姿勢を低くしたまま、マークスマンライフルを背負ったカレンとLMGを担いだギュンターが斜面の右側へと移動していった。俺はアンチマテリアルライフルのバイボットを展開してスコープを覗き込み、カーソルを九七式中戦車のエンジンへと合わせる。
九七式中戦車の装甲は薄いから、12.7mm弾ならば貫通できる筈だ。エンジンを狙撃して戦車を行動不能にしたら、カレンが狙撃で敵の歩兵を攪乱し、その間に信也とミラが戦車の乗組員を殲滅する。残った俺とフィオナとエミリアとエリスの4人の役割は、カレンが攪乱した歩兵を殲滅する事だ。
『準備できたわ』
『旦那、準備できたぜ』
「よし、待機してくれ。俺が狙撃したら攻撃開始だ。オーバーヒートに気を付けろよ」
指示を出しながら、俺はちらりと斜面の右側に移動した2人を確認した。カレンはマークスマンライフルのSaritch308DMRのバイボットを展開してスコープを覗き込み、歩兵に照準を合わせている。彼女の隣では、ギュンターがSaritch308LMGを構え、射撃の準備をしていた。
俺はもう一度スコープを覗き込む。カーソルが戦車のエンジンに合わせられているのを確認した俺は、深呼吸をしてからトリガーを引いた。
トリガーを引いた瞬間、ロシア製のアンチマテリアルライフルが轟音を発した。鬱陶しい熱風と火山灰を薙ぎ払うかのような咆哮が九七式中戦車のキャタピラの音をかき消し、マズルフラッシュの中から飛び出した1発の12.7mm弾が、スコープの向こうで戦車の後部にめり込んだのが見えた。
一瞬だけ火花が散り、橙色の小さな光の向こうに風穴が出現する。やがてその風穴の中から真っ黒な煙が噴き出し始め、戦車が発していたキャタピラの音は、俺の銃声の残響に連れ去られてしまったかのように消えてしまった。
「な、何だ!?」
いきなりエンジンを撃ち抜かれ、行動不能になった戦車の車長が狼狽する。
その時、傍らで三八式歩兵銃を構えていた歩兵の頭が、右側から飛来した7.62mm弾に貫かれた。肉片と鮮血を真っ黒な岩石の上にまき散らして歩兵が崩れ落ちる。
「てっ、敵襲! 狙撃だ!!」
いきなり狙撃された敵が、慌てて銃を構えながら俺たちを探し始める。
「―――よし、行け」
俺が合図した瞬間、俺の隣で伏せていたミラと信也が立ち上がった。2人は背負っていたSaritch308PDWを構え、セミオート射撃で発砲しながら慌てふためく敵兵たちへと突撃を開始する。
あの2人の役割は、生き残っている戦車の乗組員を殲滅する事だ。ミラが放った7.62mm弾がキューポラの上の車長の顔面を粉砕したのを確認した俺は、素早くアンチマテリアルライフルを折り畳んで背負うと、腰の右側に下げていたSaritch308ARを構え、エミリアたちと共に立ち上がった。
「突撃ッ!」
「行くぞ、姉さん!」
「ええ! おいで、フィオナちゃん!」
『はいっ!』
ドットサイトとブースターで照準を合わせ、信也に銃口を向けていた歩兵に7.62mm弾を叩き込む。他の歩兵たちも慌てて俺たちに照準を合わせてくるけど、奴らの弾丸は全く命中しない。足元の黒い岩石に命中するだけだ。
百式機関短銃を撃ちまくっていた歩兵の胴体に、エミリアとエリスがセミオート射撃で次々に放つ7.62mm弾が何発も突き刺さる。俺の傍らを飛びながらPDWで射撃しているフィオナも、エミリアに銃口を向けようとしていた敵兵の頭に弾丸を叩き込んでいた。
「おい、頭に紅い羽根を付けてる奴がいる!」
「ま、まさか、モリガンか!?」
どうやら俺は有名らしいな。
仮面をかぶったままにやりと笑った俺は、戦車の陰に隠れようとしていた男にセミオート射撃を叩き込むと、大慌てでボルトハンドルを引いている歩兵の頭にもセミオート射撃をお見舞いした。
「・・・・・・殲滅した」
歩兵は全員倒れている。戦車の方からも、敵兵の怒号は聞こえない。
無線でカレンとギュンターを呼び戻そうとしていると、沈黙した九十七式中戦車のキューポラから、生き残った乗組員を信也が引っ張り出しているのが見えた。腰のホルスターには南部大型自動拳銃を下げている。
「・・・・・・2人とも、戻ってきてくれ」
『了解』
『おう!』
無線で2人を呼び戻してから、俺は信也が引っ張り出した戦車の乗組員の方へと歩み寄った。
仲間の返り血でも浴びたらしく、怯えながら戦車の中から出て来た男は、真っ赤になりながら必死に両手を上げている。
「・・・・・・お前たちの目的はガルゴニスのようだな」
「そ、そうだ・・・・・・! 奴を捕獲し、我々の組織の戦力にする・・・・・・!」
何かの組織に所属しているらしい。
伝説のエンシェントドラゴンを捕獲して味方にする事が出来れば、他国や他の組織に対してかなりの抑止力になるだろう。
こいつの組織についても聞きたいが、俺たちの目的はガルゴニスの封印だ。こいつの組織については聞かなくてもいいだろう。
「ここに来ているのはお前たちだけか?」
「い、言えるわけがないだろ!」
俺の隣に立っていた信也がため息をついたのが聞こえた。信也は俺の顔をちらりと見てから、腰に下げていたウィンチェスターM1873の銃口を乗組員へと突き付ける。
銃を突き付けられた乗組員は、銃口を見て目を見開きながら、恐る恐る信也の顔を見上げた。
「教えてください。教えてくれれば、逃がしてあげます」
「き、貴様・・・・・・!」
もしこいつが言わなければ、信也は容赦なく弾丸を叩き込むつもりだ。
ギルドに入ったばかりの頃は敵を殺す際に躊躇っていたんだが、信也はもう躊躇わなくなっている。
「ほ、他にも分隊がいる・・・・・・!」
銃口を向けられていた乗組員は、ぶるぶると震えながらそう言った。
どうやら他にもこいつらの仲間がいるらしい。もちろん、目的はガルゴニスの復活と捕獲だろう。別行動をしているんだろうか?
「どこにいる?」
「い、5つの分隊に分かれてる。ガルゴニスの石碑の前で合流する予定だ・・・・・・!」
「戦力は?」
「せ、戦車と歩兵だ! 中には四式中戦車もいる・・・・・・!!」
四式中戦車も、太平洋戦争中に旧日本軍が採用していた戦車だ。九十七式中戦車よりも火力が高いが、アンチマテリアルライフルやロケットランチャーならば撃破できるだろう。
信也はちらりと俺の方を見ると、味方の情報を教えてくれた乗組員の頭に向かって弾丸を叩き込んだ。頭を撃ち抜かれた乗組員は、鮮血を吹き出しながら岩石で覆われた地面に崩れ落ちる。
「・・・・・・厄介だな。他にもいるのか」
簡単に殲滅できるが、奴らが石碑に辿り着く前に全滅させるのは難しいだろう。今から石碑に向かったとしても、奴らの方が先に到着してしまうに違いない。
「大丈夫だよ、兄さん」
「ん?」
「良い作戦を思いついたんだ」
信也はにやりと笑いながらメガネをかけ直した。
「敵を一網打尽にできる作戦なんだけど、兄さんは演技力に自信はある?」
「ああ。演技力なら」
「ギュンターさんは?」
「おう、俺も自信はあるぜ?」
何で演技力が必要なんだ? 信也はどんな作戦を思いついたんだろうか?
信也は乗組員を撃ち殺したウィンチェスターM1873を腰のホルスターに戻すと、撃ち殺した乗組員から無線機を奪い取り、再びにやりと笑った。