転生者の身体が変異するとこうなる
地下にある射撃訓練場のドアを開けると、いつも強烈な火薬の臭いがする。この広い地下室が射撃訓練場に改装される前に支配していた黴臭い空気を全て追い払った火薬の臭いは、私たちがこのギルドを解散し、この屋敷からいなくなるまで消えることはない。
嗅ぎ慣れてしまった臭いの中で、私はコントロール用の魔法陣を操作して、射撃訓練のレベル9を起動させた。
目の前に次々に出現する真っ赤な魔法陣たち。私は用意しておいたM4A1を構えると、フロントサイトとリアサイトで目の前の魔法陣に照準を合わせ、トリガーを引く。
地下室に銃声が響き渡る。残響が消え去る前に次の銃声が響き渡るから、マガジンの仲が空になるまで、銃声がこの地下室の中の音を支配する。
私が構えたアサルトライフルの銃口の前で、真っ赤な魔法陣は次々に風穴を開けられ、動きを止めていった。
最近は、シンも実力を上げている。私はシンよりも先に傭兵見習いを卒業しているけど、まだまだ未熟な部分が残っている。だから、まだ訓練を続けなければならない。
マガジンの中の弾丸を撃ち尽くした私は、空になったマガジンを取り外し、コントロール用の魔法陣の前に戻った。レベル9の的は動きが素早い上に、フェイントのような動きをするから、弾丸を命中させるのが難しい。今のところ最高レベルのレベル10をクリアしているのは、このギルドでは力也さんとカレンさんだけだった。
合格できなかったことに落胆した私は、M4A1が排出した空の薬莢を片付けてから、アサルトライフルを肩に担いで射撃訓練場を後にする。後ろにあったドアを開けて階段を上り、1階の廊下に出た私は、そのまま近くにあるキッチンへと向かうことにした。
キッチンからは嗅いだことのない良い臭いがする。もう誰かが朝食を作ってるのかな? いつもならばフィオナちゃんが作ってる筈なんだけど。
私はM4A1を担いだまま、キッチンのドアを開けた。
「ん? おう、ミラ。おはよう」
(あ、力也さん。おはようございます。――――え?)
キッチンの向こうでは、力也さんが俎板の上に乗せた海藻を包丁で切っているところだった。あの海藻はワカメかな? 何を作ってるんだろう?
海藻はあまり食べたことがないんだよなぁ・・・・・・。そう思いながら力也さんが料理をしているのを見ていた私は、力也さんの腰の後ろから、まるでサラマンダーの外殻のような赤黒い尻尾が生えていることに気が付いた。その尻尾は私から見て力也さんの右側に伸びていて、火にかけられているフライパンに絡みついている。
あれが力也さんの尻尾なのかな? フィオナちゃんから力也さんの身体が変異したって聞いたけど、まるでサラマンダーの尻尾が細くなったみたい。
力也さんはその尻尾を手のように使って、海藻を包丁で切りながら卵をフライパンで炒めているようだった。
(き、器用なんですね・・・・・・)
「ん? ああ、便利な尻尾だよ。はははっ」
よく見ると、左手もサラマンダーの外殻に覆われているようだった。まるで左腕までサラマンダーの素材で作った義足に変えてしまったように見える。それに、頭の左側からは、サラマンダーの角を短くしたような小さい角が生えているのが見えた。髪の毛で隠せそうなくらい短い角だった。
(ところで、何を作ってるんですか?)
「味噌汁だよ。俺の国の料理だ」
(味噌汁?)
「ああ。この世界にも味噌があったからな。商人に頼んで取り寄せてもらったんだ」
どうやら、力也さんは味噌汁っていう料理を作ってるみたい。どんな料理なんだろう?
私はM4A1をテーブルの近くに立て掛けると、椅子に腰を下ろして味噌汁が完成するのを待つことにした。
身体が変異してしまった時はショックだったけど、もう慣れてしまった。腰の後ろから生えている尻尾はなかなか便利で、まるでもう1本腕が増えたかのように自由に使う事が出来る。それに、先端部がナイフのようになっているから武器としても使える筈だ。
頭から生えている角は、髪で隠れてしまうくらいの長さだけど、どうやら感情が昂ると伸びるらしい。今朝はエリスに抱き付かれたせいで少し伸びたけど、落ち着けば元の長さに戻ってくれるようだ。外出する時は一応帽子かフードをかぶった方がいいかもしれない。
ちなみに、身体が変異したということは、義足を付けてくれたレベッカには内緒にしておくように仲間たちに頼んでいる。全く気にしていないけど、俺の変異の事をレベッカが知ってしまったら、きっと彼女はずっと気にしてしまうだろう。
彼女は全く悪くないんだ。
それに、今のところ変異は止まっている。下手に薬品を投与すれば、逆に変異を誘発してしまう可能性があるため迂闊に治療できないらしいけど、このままでも問題ないだろう。
そういえば、ブレスは吐けるんだろうか?
サラマンダーの義足を付けたせいで、身体の左半身の一部がサラマンダーのように変異している。もしかしたら、サラマンダーのようにブレスを吐く事が出来るんじゃないだろうか?
ブレスを吐く事が出来たら、火炎放射器の代わりになるだろう。トーチカや塹壕に隠れている敵を焼き尽くす事が出来るかもしれない。
「・・・・・・で、出るかな?」
咳払いしてから試しに息を吐いてみるけど、今までと同じような息しか出てこない。もう一度空気を吸い込んでから吐き出してみるけど、何も変わらなかった。
どうやらブレスは出ないみたいだ。
「力也、何をやっているのだ?」
「ああ、エミリアか」
少しだけがっかりしていると、クレイモアを背負ったエミリアが裏口のドアの向こうから姿を現した。大剣の素振りをしに来たんだろう。
彼女は訓練を絶対にサボらない。いつも朝早くから、射撃訓練か素振りをしているんだ。
「・・・・・・ブレスが吐けるかもしれないと思ってさ」
「え?」
「身体が変異してるから、もしかしたらブレスが吐けるかもしれないと思って・・・・・・れ、練習してたんだ」
は、恥ずかしい・・・・・・。
「あはははははははははっ!! ぶ、ブレスを吐けるわけがないだろう! ふふふっ・・・・・・! あはははははははははっ!!」
「う・・・・・・」
「はははははっ! お、お前は面白い奴だなぁ! はははははははっ!!」
「わ、笑うなよ! 本気だったんだぞ!?」
「ほ、本気だったのか! ははははははははっ!!」
余計大笑いするエミリア。彼女は片手で腹を押さえながら少しだけ出て来た涙を拭うと、恥ずかしくて俯いている俺の肩を優しく叩いた。
そういえば、こんなに大笑いするエミリアを今まで見たことはなかったような気がする。
彼女と初めて出会った時は、彼女は凛々しい雰囲気を放っていた。でも、ジョシュアの野郎と一緒にいる時はかなり嫌そうな顔をしていたんだ。もし彼女をあそこから連れ出さなかったら、エミリアは魔剣を復活させるために殺されてしまっていたかもしれない。
エミリアをあそこから連れ出したから、可愛らしい彼女の笑顔を見る事が出来るんだ。
この少女と出会えて本当に良かった。
「力也、どうした?」
「いや・・・・・・お前と出会えて本当に良かったって思ってさ」
「ふふっ、そうか。・・・・・・私も、お前と出会えて良かったと思っているぞ」
何とか笑うのを止めたエミリアが、まだ目元に残っている涙を拭いながらそう言った。出会った時のような凛々しい雰囲気を放ち始める彼女だけど、ちらりと俺の顔を見た瞬間、さっきブレスを吐く練習を真面目にやっていた俺を思い出したのか、再び笑い出しそうになっている。
わ、笑い過ぎだぞ・・・・・・。
「ところで、力也」
「ん?」
何とか笑うのを止めたエミリアは、静かに背中のクレイモアを引き抜いた。
「久しぶりに、相手をしてくれないか?」
「―――そうだな」
彼女と模擬戦をするのは久しぶりだ。俺は微笑みながら頷くと、端末を操作してアンチマテリアルソード改と小太刀と2丁の水平二連ソードオフ・ショットガンを装備すると、鞘の中から刀と小太刀を引き抜き、尻尾を使ってホルスターの中からソードオフ・ショットガンを引き抜いた。
もちろん、ショットガンの中に装填されているのは実弾ではなく模擬弾だ。
引き抜いた刀の切っ先を彼女に向けながらにやりと笑った俺は、3歩ほど後ろに下がってから頷いた。
エミリアも俺を見つめながら頷き――――両手で大剣を構えながら、正面から突っ込んできた!
動きが速くなっている。彼女の獲物はあのクレイモアと、腰のホルスターに収まっている2丁のPP-2000だけだが、普通の剣戟の重さならばエミリアが俺よりも間違いなく優っているだろう。俺の剣術は我流だけど、エミリアは接近戦を得意とするラトーニウス王国騎士団で訓練を受けてきているから、剣術を使った接近戦を得意としている。
尻尾で握ったソードオフ・ショットガンをぶっ放し、エミリアを牽制する。でも、エミリアは模擬弾の散弾の中を1発も被弾せずに突破して、クレイモアを振り上げる。
小太刀で受け止めるべきだろうか? おそらく、彼女の剣戟も更に重くなっている筈だ。もしかしたら受け止めきれないかもしれない。
ならば、回避した方がいいだろう。小太刀を突き出しかけていた俺はすぐに左手の小太刀を引き戻すと、俺から見て右側へとジャンプして、彼女が振り下ろしてきた一撃を回避しようとする。
サラマンダーの角を加工して製造されたエミリアのクレイモアが、裏庭の地面にめり込んだ。切っ先が真っ赤になっている刀身が、土埃を噴き上げる。
彼女が大剣を持ち上げる前に攻撃できるかもしれないと思った俺はすぐに踏み込んで刀を振り払おうとしたけど、エミリアがクレイモアの絵から左手を離し、その左手を腰のホルスターへと伸ばしたのを見た瞬間、俺はすぐに踏み込むのを止めた。
左手でホルスターからロシア製SMGのPP-2000を引き抜いたエミリアが、土埃の中からいきなり俺に模擬弾のフルオート射撃をお見舞いしてきたんだ!
俺は両手の小太刀と刀を振るって飛来してきた模擬弾を弾き飛ばしながら、尻尾が持っているソードオフ・ショットガンで反撃。尻尾を俺の腰の近くまで移動させながら左手の小太刀を鞘に戻し、2つに折れた短い銃身の中に新しい8ゲージの模擬弾を装填する。
この尻尾のおかげで、二刀流の状態でも銃で反撃できるようになった。かなり便利な尻尾だ。
「くっ、便利な尻尾だな!」
「まあな!」
PP-2000のマガジンの中の模擬弾を全て撃ち尽くしたエミリアは、再装填せずに銃をホルスターに戻すと、今度こそクレイモアを持ち上げ、再び俺の懐へと向かって突っ込んできた。
右手の刀で彼女の剣戟を受け止めたけど、猛烈な衝撃が俺の右腕に襲い掛かってきた。まるで腕の中身をぐちゃぐちゃにされるような激痛を黙らせた俺は、右腕の刀で彼女を何とか押し返し、ショットガンで応戦しながら距離を取る。
でも、エミリアは俺に距離を取らせてくれない。模擬弾の散弾の中を1発も被弾せずに駆け抜け、俺に接近してくる。
彼女はかなり腕を上げている。もしかすると、今のエミリアの実力は俺やエリスと同等かもしれない。
転生者さえも一撃で両断してしまいそうな剣戟を躱した俺は、大剣を振り払った直後の彼女に向かって右手の刀を突き出す。だが、なんとエミリアはクレイモアの柄で俺の刀の刀身を殴りつけて切っ先を逸らして回避すると、大剣の切っ先を俺に向けながら突っ込んできた!
俺はすぐに刀から手を離し、右手を腰の後ろにあるホルスターへと戻す。まだホルスターの中に残っていたもう1丁のソードオフ・ショットガンを引き抜いた俺は、彼女が突き出して来た大剣を回避すると、引き抜いたばかりのソードオフ・ショットガンの銃口を、攻撃を回避されたエミリアに突き付けた。
「くっ・・・・・・。負けてしまったか」
「強くなったな、エミリア」
俺は彼女に大剣の柄で殴られた刀を拾い上げ、鞘へと戻しながら言った。エミリアもクレイモアを背中の鞘に戻し、ホルスターの中のPP-2000の再装填を済ませている。
「お前なら、もう転生者を瞬殺できるよ」
「そ、そうか・・・・・・?」
「ああ。お前は強いからな」
端末を取り出して、俺が装備していた武器をすべて解除する。そのまま踵を返して裏口のドアへと向かおうとした瞬間、後ろに立っていたエミリアがそっと俺の左手を握った。
変異してサラマンダーの外殻に覆われてしまった俺の左手を握った彼女は、その怪物のような腕に抱き付くと、静かに俺の肩に頭を押し付けてくる。
俺は彼女の頭を優しく撫でると、一緒に裏口のドアへと向かって歩き出した。
次回から第十一章です。よろしくお願いします!