騎士団に現代兵器で挑むとこうなる
「ジョシュア様、例の男なのですが………」
クガルプール要塞の指揮官が、伝令からの報告を僕に伝えようとする。もしあの余所者を見つけていたのならばもっと堂々と報告して来るんだろうけど、どうやらまだ発見できていないらしく、僕に報告しようとする指揮官の口調は少し弱気だった。その口調だけで僕はまだあの余所者を発見できていないんだということを知ると、用意された紅茶を飲みながらその報告を聞くことにした。
「街の中を飛竜まで使って探しているところなのですが、未だにエミリア様も発見できておりません………」
「…………」
まさか、別の方向へと向かっていたんじゃないか? オルトバルカ王国への脱出を諦めて、全く違う方向へと向かって逃げ出していたのならば、僕たちは見事に騙されたことになる。それに、時間はかかるけどわざわざクガルプール要塞を経由してオルトバルカ王国に入国しなくても、別の国へと一旦入国し、そこからオルトバルカ王国を目指すことも可能だ。
でも、クガルプールとナバウレアの間にある森の中でフランシスカがやられているということは、彼らがこちらの方へと来ているということだ。あそこから方向転換すれば、すぐに追撃部隊と遭遇することになる。
ならばこのクガルプールに居るはずなんだけど、どうして見つからない?
あの余所者が魔術を使えるかは分からないけど、エミリアは魔術もよく使う。でも、姿を消すような魔術ではなく、炎や氷を操る攻撃用の魔術ばかりだ。
国境を越えるためとはいえ、要塞の外にある草原を迂回していこうとすればすぐに飛竜に発見されてしまう。
どうして発見できない? やはり、クガルプールには来ていないということなのか? 僕はカップをもう一度口へと運ぶと、苛立ちと疑問を紅茶で押し流すことにした。
物陰から周囲を見渡した俺は、見張りがいないのを確認してから静かに走り出した。木箱の影から発着場の方へと走り、テントの方へと向かう。発着場の周囲にあるこのテントを越えれば発着場に到着できるんだけど、発着場の周囲には飛竜の様子を確認している騎士と見張りの騎士が8人も待機している。どうやら、見つからないで飛竜を奪うのは難しいようだ。
「どうだ?」
「見張りが8人くらいいる。ここは強行突破するしかないかもしれないぞ」
俺は端末をポケットから取り出すと、武器の生産の画面からもう生産しているウィンチェスターM1873を選んでカスタマイズをタッチすると、このライフルからドットサイトを取り外し、代わりにスコープを装着した。
発着場の周りにいる見張りは8人。そして防壁の上には、弓矢を装備してオルトバルカ方面を見張っている騎士が20人もいる。強行突破をする場合、一番厄介なのが防壁の上の騎士たちだ。いくらこっちが銃を持っているとはいえ、防壁の上から一斉に弓矢の集中砲火を浴びれば確実にやられてしまうだろう。
「エミリア、俺が囮になる。エミリアは飛竜を頼めるか?」
「分かった、任せてくれ」
よし、これで隠れながら移動するのは終わりだ。見つからないように気を付けなくて良くなるのはいいんだが、次は殺されないように気を付けなければならない。結局、全く気楽になんかならなかった。俺はバレットM82A2を一旦装備してから彼女に渡しながら「頼むぞ」と言うと、俺も戦う準備を開始する。
端末を操作してバレットM82A3を背中に背負うと、俺はウィンチェスターM1873のスコープを覗き込み、照準を壁の上の見張りたちへと向けた。
俺がトリガーを引いた瞬間、戦いが始まる。飛竜を奪って飛び去れば俺たちの勝利。阻止されればもちろん俺たちの負けだ。もし負けたらエミリアは連れ戻され、俺は間違いなく殺されるだろう。
死にたくはない。それに、エミリアとまだ旅を続けたいんだ。
「いくぞ」
「ああ」
隣で発着場へと向かって走る準備をしているエミリア。背中には対空ミサイルランチャーを装備したバレットM82A2を背負い、手にはHK45を構えている。
彼女は準備ができているようだった。
俺も準備はできている。あとはライフルの引き金を引き、戦いを始めればよかった。
スコープのカーソルを防壁の上の騎士の1人に合わせ―――トリガーを引いた。
レバーアクション式のライフルから弾丸が放たれ、その銃声が要塞の内部へと広がっていく。スコープの向こう側で、轟音に驚いて振り返ろうとした騎士の頭に弾丸が命中したのを確認した俺は、ループレバーを倒してから続けて隣の騎士を狙撃。矢を構えようとしていたところに弾丸を喰らったその騎士が、ゆっくりと後ろ側に倒れ、そのまま防壁の外側へと落ちていく。
「行けぇッ!!」
3人目に照準を合わせていると、エミリアが発着場へと向けて走り出した。発着場の周辺の騎士たちが剣を抜いて応戦しようとしてるけど、防壁の上の騎士たちは俺の方を狙っている。
恐らく、服装のせいだろう。俺の服装はジーンズと黒いパーカーで、エミリアはまだ騎士団の制服と防具を身に着けたままだ。エミリアの方は似たような格好だから誤認してくれるかもしれないけどな。
「うおっ………!」
矢が一本俺の足元に突き刺さる。俺は3人目をヘッドショットで倒すと、近くの木箱の陰に隠れ、ウィンチェスターM1873をホルダーに戻した。
そろそろアンチマテリアルライフルの出番だろう。俺は背中に背負っていたバレットM82A3を取り出すと、バイボットを展開して銃身を木箱の上に固定し、折り畳まれていた狙撃補助観測レーダーとモニターを開き、スコープを調整してから照準を合わせる。
ここから防壁の上までは100mくらい。スコープを調整したのは、照準がフランシスカと戦った時のままになっていたからだった。
猛烈な銃声が木箱を軋ませ、バレットM82A3から12.7mm弾が放たれる。さっきまでウィンチェスターM1873で狙撃されてた騎士は頭に風穴が空く程度で済んでいたけど、4人目の犠牲者はそうならなかった。弾丸が命中した瞬間、防具もろとも肉体が粉々に砕け散る。血飛沫と共に肉片の付着したままの防具の破片や手足が舞い上がり、隣で弓矢を構えていた騎士がバラバラになった仲間の死に怯える。
俺が次に狙ったのはそいつだった。カーソルが重ねられたその騎士は慌てて俺の方に矢を向けてくるけど、引いてから放つ弓矢よりもトリガーを引くだけで強烈な弾丸をぶっ放すことができるセミオートマチック式のライフルの方が早い上に破壊力も上だ。弾丸が騎士の胸にめり込んだ瞬間、その騎士も肉片と血だらけの防具の破片をまき散らし、残った下半身だけが防壁の上に崩れ落ちる。
「……くそっ」
破壊力の差を見せつけられて必死になったんだろうか。俺が隠れていた木箱が、大量の矢が刺さったせいでハリネズミのようになっている。俺はバイボットを折り畳んで立ち上がると、騎士たちを牽制するようにもう一発防壁の上へと向けて撃ち、別の物陰に向かって走り出す。
「!」
「はぁっ!!」
テントの陰から飛び出してきた人影が、剣を俺へと振り下ろしてくる!
俺は右へと回避すると、そのままくるりと右回転してバレットM82A3の銃床を騎士の顎へと叩き込んで吹っ飛ばすと、そいつが起き上がる前に大型のマズルブレーキを腹に向け、トリガーを引いた。
返り血が俺に降りかかる。さっき防壁の上で粉々になった騎士と同じように、俺の目の前にはバラバラになった死体が転がっていた。
いつまでの防壁の上の奴らばかり狙っているわけにはいかないようだ。俺たちの襲撃に気付いた守備隊が、段々とこっちに向かってきているらしい。
今のような接近戦にも対応できるようにと、俺は腰の鞘からペレット・ダガーを引き抜き、ワイヤーでダガーをバレットM82A3のマズルブレーキの下に括り付けた。もし接近されたら、このダガーを銃剣の代わりにするつもりだ。
見張り台の陰に隠れた俺は、狙撃補助観測レーダーは開かずにそのまま狙撃を開始した。また1人の騎士をバラバラにすると、俺はすぐにまた移動を開始した。
「ぐあっ!!」
45口径の弾丸で胸を撃たれた騎士を蹴り飛ばして倒し、私は発着場へと向かって走っていた。身に着けている騎士団の制服と防具が守備隊のものと似ているため、もしかしたらあの防壁の上の騎士たちは私の事を味方だと誤認しているのかもしれない。もし誤認されていなかったとしても、力也に狙撃されているというのに私を狙うわけにもいかないだろう。
彼のおかげで弓矢に狙われずに済んだ私は、発着場へたどり着くと見張っていた騎士の頭にまた弾丸を叩き込んで始末し、飛竜を繋いでいる鎖を探した。
「これか」
飛竜を繋ぐ太い鎖を見つけた私は、飛竜の首輪から防壁へと伸びる鎖へと背中のバレットM82A2を向け、12.7mm弾で切断することにした。首輪に繋がっている鎖を外せればいいのだが、恐らく鍵が必要になるだろう。囮を引き受けている力也のためにも手間がかからないようにしなければならなかった私は、しっかりミサイルランチャーのトリガーでもあるフォアグリップを握り、鎖へと弾丸を撃ち込んだ。狼との戦いで知っていたが、やはりこのライフルは非常に強力だ。炎属性の魔術で融解させなければならないほどの太さの鎖を、たった1発の弾丸で断ち切ってしまう。
ライフルを背中に背負うと、私は飛竜へと駆け寄った。すぐ近くで銃声がしたというのに、その漆黒の飛竜は全く怯えずに、堂々と私の事を待っていた。
「………良い竜だな」
騎士を背中に乗せて飛ぶことしか許されなくなっても、この飛竜は堂々としていた。未だに轟いてくる銃声を聞いても全く怯えない。
私はその飛竜の背中へと乗ると、静かに背中に手を当てた。
「――――すまない。この国から逃げるのに、力を貸してくれ」
私の言葉が分かったのか、飛竜が短いうなり声を発した。返事のつもりなのだろうか? でも、その返事が私の事を拒むようなものではないとすぐに分かった。
飛竜が翼を広げ、ゆっくりと舞い上がり始めたからだ。
「待て! 貴様、なぜ飛竜に乗って………!」
飛竜の背中に乗って舞い上がり始めた私を止めようと下から騎士が叫ぶが、飛竜はその騎士を無視するように高度を上げ続けた。
「マガジンは………これが最後か」
10発入りのマガジンを装着しながら俺は呟いた。もう既に防壁の上の騎士たちは全員射殺し、今は周りの木箱を集めてバリケードを作りながら要塞の入り口の方から接近する騎士たちを迎撃しているところだった。
まだ対戦車ミサイルは残っているけど、予備のミサイルはない。1発だけだ。
「突撃ッ!!」
「うおおおおおおおおおっ!!」
「くそっ!!」
俺がミサイルで攻撃するべきか悩んでいる間に、騎士団の指揮官は突撃するつもりらしい。騎士たちの走ってくる音と雄叫びで気が付いた俺は、左手をランチャーのグリップへと伸ばし、躊躇わずにトリガーを引いた。
ランチャーから小型の対戦車ミサイルが飛び出し、ワイヤーと白煙を残したまま突っ込んでくる騎士たちの隊列へと向かって突進していく。俺はスコープの照準を、騎士たちにではなく地面に合わせた。
ミサイルが俺の照準通りに地面へと突き刺さる。驚いて立ち止まった騎士たちだったけど、立ち止まるんじゃなくて逃げていれば重傷を負うことになっても助かったかもしれない。
地面に突き刺さったミサイルが爆発し、騎士たちが爆発と爆炎とミサイルの破片の嵐の中へと呑み込まれた。衝撃波が肉体を引き千切り、熱風が防具を融解させる。その衝撃波の激流に乗った破片はまるで無数の刃のように騎士たちを切り裂いた。
突撃してきた騎士たちが全滅したのを確認すると、俺はちらりと後ろを確認した。そろそろエミリアが飛竜を奪ってる頃だろう。あとは彼女と合流し、さっさとオルトバルカ王国へ飛び去ってしまわないといけない。
「――――久しぶりだな、余所者」
「ジョシュア………!」
ミサイルの爆発で全滅した騎士たちの死体の向こう側から、ゆっくりと白銀の防具に身を包んだ金髪の男が歩いてくるのが見えた。腰に下げた鞘からは既に剣を引き抜いている。
「フランシスカを倒すとは思わなかったよ。彼女ならば絶対にお前を殺してくれると思っていたんだがな」
「残念だったな。苦戦はしたが、俺は生き残ったぞ」
「ふん。ならばここで殺してやる。オルトバルカ王国へは行かせん」
俺はペレット・ダガーを括り付けたバレットM82A3をジョシュアへと向けた。あの時は剣だけで戦ったが、今はあの時のようなルールはない。つまりあいつに弾丸をぶっ放しても問題ないってことだ。
次回で第二章は終わらせたいです。