転生者とエリスがゾンビの隊列に突撃するとこうなる
端末で生産したM16A4を肩に担ぎながら、俺は草原の向こうを睨みつけていた。ドローンが送って来た映像では、既に無数のゾンビたちは無人になった国境警備隊の要塞を突破し、オルトバルカ王国へと侵入している。ネイリンゲンは一番ラトーニウス王国に近い街であるため、あと数分でゾンビたちがここにやって来るということになる。
敵の数は10万体以上。こっちの戦力は400人足らず。でもモリガンに所属する傭兵とエリス以外で、ゾンビたちを迎え撃つために草原で武器を準備している者は見当たらない。改造したM4を搭載したドローンが飛行し、ブローニングM2重機関銃を搭載したターレットが草原の向こうを睨みつけているだけだ。
他の傭兵ギルドには、ネイリンゲンの住民を連れて内陸へと非難させるように信也が伝えておいてくれた。住民の護衛を務める傭兵たちの指揮官は、以前に俺たちが救出した傭兵のフランツさんに務めてもらっている。フランツさんならば俺たちの話を聞いてくれるし、他の傭兵ギルドにも顔が利くから、傭兵たちはあの人の指示を聞いてくれるだろう。
俺は制服の上着を羽織ったまま、肩に担いでいたM16A4のチェックをしておくことにした。本体の上に搭載されているキャリングハンドルはそのままにしてある。銃身の下にグレネードランチャーを装着し、銃身の右側には折り畳み式のナイフ形銃剣を装着している。ゾンビたちは接近してくるため、もし再装填の途中に接近された場合は、他の武器に持ち替えて攻撃するよりも銃剣でそのまま攻撃した方が素早く対応できるだろう。それに、グレネードランチャーはゾンビたちをまとめて吹っ飛ばす事が出来る筈だ。
他の仲間たちもM16A4やM4A1を装備している。俺の隣に立っているエリスのM16A4の銃身の下には、なんとドイツ製グレネードランチャーのXM25が搭載されている。20mmエアバースト・グレネード弾を発射することのできるグレネードランチャーだ。本来ならばそのランチャーの上に搭載されている筈のセンサーや照準器は、アサルトライフル本体の上にキャリングハンドルの代わりに装備され、ランチャー本体と短めのケーブルで繋がっていた。それ以外のカスタマイズは俺と同じになっている。
ちなみに、エリスが身に纏っているのはラトーニウス王国騎士団の制服ではなく、エミリアが前まで身に着けていた黒い軍服のような制服だった。相手はゾンビとジョシュアだけど、彼らの着ているのはラトーニウス王国騎士団の防具や制服であるため、誤射を防ぐために俺たちが見慣れている服を着てもらっている。彼女はエミリアよりも少々胸が大きいみたいだけど、基本的にそれ以外は彼女とあまり変わらないため、エミリアの制服は丁度いいみたいだった。
「エリス、大丈夫か?」
「ええ」
彼女はそう言いながら俺の顔を見ると、にっこりと笑いながらアサルトライフルを構えて見せた。右手で銃身の下にあるエアバースト・グレネードランチャーのグリップをフォアグリップ代わりに握り、左手でアサルトライフルのグリップをしっかり握って、銃床を左肩に付けながらライフル本体の上に装着されている照準器を覗き込んでいる。作戦会議の前に、俺が地下の射撃訓練場で彼女に教えた構え方だった。
エリスは右利きではなく左利きであるため、一応エジェクション・ポートやコッキングレバーなどの位置を逆にしている。
「頼んだよ、兄さん」
「ああ。お前らも無理するなよ」
「うん。・・・・・・必ず、エミリアさんを殺したジョシュアに報復してね」
「任せろ」
俺の隣にやって来た信也は、フォアグリップとホロサイトを装備したM4A1を背負いながらそう言った。
ゾンビの群れたちと戦う俺たちの兵力は、ドローンやターレットを含めれば409になる。でも、相手は10万体以上の大軍だ。アサルトライフルや重機関銃の連射で次々に薙ぎ倒す事が出来ても、弾切れしてしまったらやられてしまう。俺と信也の端末が用意してくれる弾薬は最初に装填されている分と再装填5回分だけだから、撃ち尽くしてしまった後はゾンビの大軍に接近戦を挑む羽目になってしまう。
そこで、信也たちがゾンビたちを迎え撃ち、その間に俺とエリスがゾンビの群れを突破して魔剣を破壊する事になっている。ゾンビを操っているのはジョシュアの魔剣だから、魔剣を破壊すればゾンビたちは全滅するだろう。それに、ジョシュアから魔剣の力がなくなるわけだから、彼に今度こそ止めを刺せるというわけだ。
今度はあの時のように見逃さない。必ずぶち殺す。
「CP、聞こえるか?」
『はい、力也さん』
無線機から聞こえたのは、屋敷に設置した本部で指揮を執るフィオナの声だった。本部といっても、エミリアが眠っている医務室にターレットやドローンに指示を出すためのモニターと無線機を設置しただけだ。彼女には自衛用に武器をいくつか渡しておいたけど、もし俺とエリスが魔剣の破壊に失敗し、信也たちがゾンビたちに突破されてしまった場合は、昏睡状態のエミリアを連れて脱出するように指示を出してある。
それと、医務室にはエミリアが目を覚ました時のために、彼女が愛用していた装備を一式置いておいた。目を覚ましてくれれば、彼女はきっとそれを装備して駆けつけてくれる筈だ。
「現在の敵の位置は?」
『12時方向。距離は3km先です』
「よし、ドローンによる先制攻撃を開始してくれ」
『了解です。ドローンによる空襲を開始します』
ドローンが搭載しているのは、搭載できるように改造したM4A1やグレネードランチャーだ。俺たちの頭上を旋回していたドローンたちが、改造された銃をぶら下げながら草原の向こうから接近してくる敵の隊列に向かって突進していく。
まず最初にドローンの攻撃で敵の数を減らし、敵が接近して来たら地中に仕掛けておいた無数のC4爆弾を爆破して更に数を減らす。俺たちが攻撃を仕掛けるのはその後になっている。
隣に立っている信也が、C4爆弾の爆破スイッチを用意した。ドローンが攻撃を終えて戻ってきたら爆破するつもりなんだろう。
『―――旦那、決戦だな』
「ああ」
『あの野郎をぶっ殺して、姉御が目を覚ませばハッピーエンドってわけだ。旦那、勝ったらお祝いだな! ガハハハッ!!』
「何言ってんだよ。俺にとってのハッピーエンドは、幸せな余生を満喫してから子供たちや孫たちにに看取ってもらって死ぬことだ。それ以外は全部バッドエンドだぜ」
『子供たちや孫たちねぇ・・・・・・。やっぱり、奥さんは姉御か?』
「はぁっ!?」
無線機から聞こえてきたギュンターの声を聴いた瞬間、俺は顔を真っ赤にしていた。今から決戦が始まるというのに、俺はギュンターのせいで慌ててしまう。
『ふふふっ。素敵な奥さんじゃないの』
「おい、カレンまで・・・・・・!」
無線機から仲間たちの笑い声が聞こえてくる。俺は苦笑いをしながら、耳に装着している無線に向かって言い返す。
「――――でも、ハッピーエンドになるためにはこの戦いに勝たなければならない。負ければもちろんバッドエンドだ。本や演劇の物語でバッドエンドが好きな奴もいるかもしれないが、自分の物語までバッドエンドにするわけにはいかん。――――俺たちの物語は、必ずハッピーエンドにするんだ。いいな!?」
『了解!』
『おう!』
『はい!』
『了解ですっ!』
「ええ!」
「うん!」
仲間たちの返事を聞いた俺は、ニヤリと笑ってから草原の向こうで見えた爆炎を睨みつけた。おそらく、ドローンがグレネードランチャーで攻撃を開始したんだろう。M4の銃声も聞こえてくるようだ。
爆発の残響をフルオート射撃の銃声の群れが叩き潰し、その残響を次の爆音が粉砕する。銃声と爆音の争いが続く草原の向こうでは、ゾンビたちが次々に吹っ飛ばされて肉片になっていることだろう。
だが、相手は10万体以上だ。400機足らずの武装したドローンが搭載している弾薬を全て叩き込んだとしても殲滅できる筈がない。それに、その後に待っているC4爆弾の爆破でも殲滅は出来ないだろう。
だから俺とエリスがゾンビの群れを突破して、魔剣を破壊する必要がある。
信也がC4爆弾を起爆する前に、もう一度M16A4をチェックしておくことにする。グレネードランチャーにはしっかり40mmグレネード弾が装填されているし、マガジンもちゃんと装着されている。安全装置も既に解除しておいた。
あとはフロントサイトとリアサイトで照準を合わせてからトリガーを引けば、ゾンビを射殺できる。
アイアンサイトを覗き込んで確認していると、銃声と爆音の争いが終わっていた。互いの轟音の残響が、そろそろ聞こえてくる筈のゾンビたちの呻き声をかき消してしまっている。
「――――C4爆弾、起爆します」
「やれ!」
攻撃を終えて戻ってくるドローンたちを確認した直後、信也は耳に装着している無線に向かってそう言うと、取り出したC4爆弾の起爆装置を起動させた。
起爆装置のボタンを押した瞬間、草原の向こうに出現した黒煙と、その足元でふらつきながら歩いていた無数の人影が、地中から吹き上がった爆炎と爆風に飲み込まれ、一気に吹き飛んだ。ドローンたちが生み出した黒煙と残響を追い出すように姿を現したC4爆弾の爆風は既にズタズタだったゾンビたちを木端微塵に粉砕し、爆音で彼らの呻き声をかき消してしまう。
まるで、爆炎の防壁が誕生したような光景だった。吹き飛ばした土と肉片を纏って吹き上がった爆炎の防壁は、追い出されて天空へと逃げようとしている黒煙の残滓に襲い掛かると、段々と黒煙に変貌していった。
無数のC4爆弾たちが生み出した巨大な黒煙の防壁と陽炎を突破して、生き残ったゾンビたちが前進してくる。
「・・・・・・来たぞ」
致命傷を負っているかのようにふらつきながら歩いて来るゾンビたち。ジョシュアが魔剣で操っている戦死者たちの隊列が、呻き声をあげながらネイリンゲンへと向かってきている。
隣に立っていた信也は起爆装置を投げ捨てると、M4A1の照準をゾンビたちに合わせた。エリスはまだ銃口をゾンビたちには向けず、突撃する準備をしている。
今から俺とエリスは、あの戦死者の隊列を突破してジョシュアのところまで向かわなければならない。でも、草原をふらつきながら歩いて来るあいつらは、ナバウレアやクガルプール要塞で戦った守備隊よりも明らかに数が多い。おそらく、ジョシュアのところまで辿り着く頃にはM16は弾切れになっているだろう。
何度か魔物の大軍と戦ったことはあったけど、無数のゾンビたちと戦ったことはない。でも、あのグロテスクな隊列を突破しなければ、ジョシュアをぶち殺して報復することができない。
突破するしかなかった。
俺たちの仲間を殺し、彼女の姉を利用したクソ野郎に必ず報復する。そして、今度こそ止めを刺す。
「――――突撃ッ!!」
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
接近してくる無数のゾンビの群れに向かって、俺とエリスが走り出した。首のないゾンビや肋骨があらわになっているグロテスクなゾンビたちが、口から血の混じった涎を垂らして呻き声をあげながら、突撃してくる俺とエリスに向かって得物を振りかざし始める。
だが、あいつらの得物は基本的に剣や槍だ。こっちの武器はアメリカ製の優秀なアサルトライフルだぜ?
「コンタクトッ!」
「了解!」
隣を走るエリスに向かって叫びながら、俺は目の前のゾンビの隊列に5.56mm弾のフルオート射撃をお見舞いする。もちろん、アイアンサイトで照準を合わせているのはゾンビたちの頭だ。首のないゾンビには、胴体に弾丸を2発ほど叩き込んでおく。
目の前のゾンビをフルオート射撃で薙ぎ倒しながら、銃身の右側に装着しておいたナイフ形銃剣を展開する。隣を走るエリスも、同じようにフルオート射撃で次々にゾンビの頭を撃ち抜きながらナイフ形銃剣を展開すると、呻き声をあげながらゾンビが突き出して来た先端部の欠けている槍をナイフ形銃剣で受け流し、そのまま反時計回りに回転すると、下顎が欠けているゾンビの顔面にM16の銃床を叩き付ける。銃床を叩き込まれてよろめいたゾンビの喉元にナイフ形銃剣を突き刺して止めを刺したエリスは、そのまま近距離射撃と銃剣で次々にゾンビを仕留め始めた。
俺もグレネードランチャーのトリガーを引き、40mmグレネード弾で槍を構えていたゾンビたちの隊列を粉砕すると、その爆炎の中に飛び込みながらM16を乱射した。そしてすぐに空になったマガジンを投げ捨て、新しいマガジンを装着してからコッキングレバーを引き、目の前で剣を振り上げようとしていたゾンビの額にナイフ形銃剣を突き刺す。
そしてナイフ形銃剣を引き抜き、すぐに3点バースト射撃に切り替えると、ゾンビが突き出して来た槍を銃剣で受け止めながら、左側にいた首のないゾンビの胴体に3点バースト射撃をお見舞いする。胸に風穴を3つも開けられたゾンビが崩れ落ち始めたのを確認してからフルオート射撃に戻した俺は、銃剣と近距離射撃でゾンビを蹂躙しながらエリスに追いついた。
「どうだ!?」
「良い武器ね!」
M16のナイフ形銃剣を振り回し、まとめて3体のゾンビの喉元を引き裂きながらエリスが叫ぶ。彼女は元々ハルバードを使っていたため、銃身の長いM16に装着されているナイフ形銃剣は使い易いのかもしれない。
「今までこんな武器を使ってたの!?」
「ああ! 俺の世界の武器だ!」
「なるほど、これがモリガンの武器の正体というわけなのね!?」
「そういうことだ!」
隣でフルオート射撃を続けていたエリスのM16のマガジンが空になる。俺は右手でトリガーを引きながら左手をグレネードランチャーから離し、銃床のホルダーに戻すと、ホルダーの中のマガジンを彼女に放り投げた。
エリスは空になったマガジンを投げ捨ててから俺のマガジンをキャッチすると、笑顔で「ありがと!」と言いながらそのマガジンを装着し、コッキングレバーを引いた。
何体もゾンビを蹂躙しているけど、まだジョシュアの所には辿り着けないようだ。戦闘開始前に生産したあの能力を使えば簡単に突破できるかもしれないんだが―――まだ使うわけにはいかない。
あの能力はリスクが大き過ぎる。
「ちっ!」
次々に接近してくるゾンビを射殺していると、俺のマガジンも空になった。マガジンを取り外して放り投げた瞬間、隣でゾンビの喉元を銃剣で串刺しにしていたエリスが、銃剣を引き抜きながら今度は俺にマガジンを放り投げた。
「はい、恩返しよ!」
「助かるぜ!」
俺は目の前のゾンビを蹴飛ばしてからグレネード弾を叩き込み、まとめてゾンビを粉々にしてから受け取ったマガジンを取り付け、コッキングレバーを引いた。
銃声が聞こえてくる。
聞き慣れた音を聞いた私は周囲を見渡すが、どこにも銃は見当たらない。私の周囲には蒼い草原が広がっているだけだ。
蒼と空が支配する幻想的で殺風景な世界だ。私は先ほどから、ずっとここに立っている。
私の事を抱き締めてくれた力也が燃え尽きてしまった瞬間、私の立っていた草原は蒼く変色してしまったのだ。
この銃声はどこから聞こえてくるのだろう? もしかして、力也が戦っているんだろうか?
『――――こんにちは』
「・・・・・・?」
草原を見渡していると、いきなり目の前から声が聞こえてきた。明らかに力也の声ではない。私と同い年くらいの少女の声だった。だが、聞いたことのない声だ。明らかにカレンの声ではないし、姉さんの声ではない。
私に声をかけて来たのは、いつの間にか目の前に立っていた蒼い髪のツインテールの少女だった。水色のワンピースを身に纏い、私の顔を見つめながら微笑んでいる。
誰だ・・・・・・? 姉さんと私に似ているような気がするが、誰なんだろうか?
『もう、みんな戦ってるよ?』
みんなだと・・・・・・?
まさか、モリガンの仲間たちが戦っているのか?
いきなり私の目の前に現れた少女は、どこからか聞こえてくる銃声を聞きながら楽しそうに笑った。