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戦死者たちの隊列


 医務室にあるベッドの上では、エミリアが眠っていた。


 ジョシュアによって貫かれた胸の大穴はフィオナの治療魔術で既に塞がっていて、ほんの少しだけだが呼吸も始まっているようだ。まだ俺とエリスの心臓の一部を移植し、彼女の体にブラッド・エリクサーを投与して、雷属性の魔術をAED代わりにして蘇生させたばかりだから、ベッドで眠る俺の最初の仲間は昏睡状態のままだった。


 俺は制服の上着を羽織ったままベッドの上に腰を下ろし、とても小さな寝息を立てている彼女を見守っていた。


 今のところ拒否反応はないらしい。でも、いつ俺の心臓の一部を蘇生した彼女の肉体が拒絶するか分からない。


 でも、生き返らせる事が出来て良かった。


 これでジョシュアとの戦いが、彼女の弔い合戦にならなくて済む。


 だが、報復をするということに変わりはない。彼女を一度死なせ、エリスまで使い捨てにしようとしたクソ野郎を必ずぶち殺す。この報復は、必ず成し遂げて見せる。


 上着の中に入っていた端末を取り出した俺は、電源をつけて今の自分のステータスを確認する。クガルプール要塞で騎士たちを全滅させ、ナバウレアの戦いでも守備隊を何人も殺したせいで、今の俺のレベルは187から189に上がっていた。


《レベルが上がりました》


 この文字を見るのも久しぶりだ。


 現在のステータスは、攻撃力が29900で、防御力が29800になっている。スピードはなんと30000を超えて30200に上がっていた。更にかなりポイントが入っているようだ。


 このポイントは、あの魔剣を撃破できるような強力な能力を生産に使うべきだろう。今の俺はナパーム・モルフォを装備しているけど、この能力ではあいつを倒すことは出来ないかもしれない。


 生産のメニューを開いて能力をタッチしようとしたその時、医務室のドアをノックする音が聞こえてきた。俺は端末の画面をタッチしてから端末をベッドの上に置くと、ドアの方を振り向いてから「いいぞ」と言った。


「失礼するわ」


「エリス?」


 医務室に入ってきたのは、エミリアの姉のエリスだった。身に着けていた騎士団の防具はもう取り外していて、騎士団の制服だけを身に着けている。


 彼女は入口から俺の傍らまで歩いて来ると、小さな寝息を立てて昏睡している最愛の妹を見下ろし、安心したように微笑む。


「心臓は大丈夫なのか?」


「ええ。移植前と全く変わらないわ」


 今の俺と彼女の心臓は、エミリアの欠けた心臓を元通りにするために移植したから少しだけ欠けている状態だ。俺もエリスと同じく、移植する前とあまり変わらないような気がする。


 あとはエミリアが目を覚ましてくれれば、元通りになる。モリガンのメンバーが戻って来るし、エリスとエミリアは再び仲のいい姉妹として生きる事が出来るだろう。


 だからエミリア。早く目を覚ましてくれ。


「・・・・・・優しいのね」


「ん?」


 エリスはそう呟くと、俺が座っているベッドの隣に腰を下ろす。そして隣で俺の顔を見つめながら言った。


「――――私の妹を大切にしてくれて、ありがとう」


 本当に、エリスは優しかったエミリアの姉に戻っていた。


 もう自分の妹を憎んではいない。確かに、今まで仲良くしていた姉妹が自分の遺伝子から生まれたホムンクルス(クローン)で、しかも生まれて来る筈だった本当の妹の名前を付けられていたならば憎んでしまうかもしれない。


 でも、エリスがエミリアと一緒に過ごした思い出は、彼女の憎悪を上回っていたんだ。もしエリスの憎悪が思い出を上回っていれば、エミリアが殺されそうになった時、俺ではなくジョシュアに得物を向けるような事はなかっただろう。


「――――彼女は、俺が貰うってジョシュアに言ったからな」


「そうなの?」


「ああ」


 俺はジョシュアと戦った時、もし俺が勝ったらエミリアを貰うと言った。そして彼に勝利したから、俺はエミリアをナバウレアから連れ去り、彼女と一緒に旅をしたんだ。


 エミリアは俺にとって、異世界で初めてできた仲間なんだ。


「ねえ、エミリアと初めて出会った時のことを教えてくれない?」


「え?」


 彼女を大切にする理由を答えたつもりだったんだが、エリスにとってはどうやら物語のプロローグだったらしい。彼女はプロローグを読み終えてから物語を読み始めるように、俺と彼女が出会った時のことを知りたがり始めた。


 エミリアはまだ昏睡状態だけど、生き返ったおかげで安心しているのかもしれない。


 俺は彼女にエミリアと出会った時のことを話すことにした。もちろん、俺がこの世界の人間ではなく転生者であることも教えるつもりだった。








 漆黒の軍帽をかぶり、モリガンの制服の上に黒いコートを羽織った僕は、会議室の窓からラトーニウス王国方面に広がる草原を眺めていた。既に国境の向こうでは、魔剣を手に入れたジョシュアが率いる騎士たちがオルトバルカ王国に向かって進撃を始めている。国境警備隊の要塞は規模が小さいため、戦おうとすれば数分で全滅するのは明らかだ。だからオルトバルカ王国の騎士団は国境で彼らを食い止めようとはせず、このネイリンゲンの草原で彼らを迎え撃とうと考えるだろう。そうすれば国境警備隊と騎士団の部隊を合流させる事が出来るし、草原で敵を迎え撃つ事が出来るからだ。


 勃発した戦争ではすべて勝利している大国の騎士団なんだから、国境警備部隊を時間稼ぎのための捨て駒に使うという愚策を使わない筈だ。


 いずれ、この綺麗な草原は砲弾で抉られ、死体だらけになってしまうだろう。僕は見慣れている草原を見つめてから、ベッドの上に置いてあるドローンをコントロールするためのモニターを確認した。


 生産のメニューから兵器を選び、ドローンを16機くらい生産した僕は、何機かを戦闘用ではなく偵察用に改造し、国境の向こう側に出撃させておいたんだ。まだ敵部隊を捕捉していないみたいだけど、もう少しで侵攻してくる敵部隊を捕捉できるだろう。


(シン、敵は?)


「まだ捕捉できてないよ。でも、もう少しで見つけられる」


 ミラはベッドの上に腰を下ろしながら、僕が端末で生産して渡しておいた柳葉刀の刃を見つめていた。モリガンに所属するメンバーが使う近距離武器は、カレンさんが持ってるリゼットの曲刀やギュンターさんの液体金属ブレード等を除いて刀身が黒で塗装されているから、彼女に渡した柳葉刀の刀身も黒く塗装しておいた。


 今頃、ギュンターさんとカレンさんも部屋で武器の手入れをしている筈だ。


「結局、転生者もこの世界の人も変わらない・・・・・・・・・」


(え?)


 草原の向こうを眺めながら、僕は呟いていた。独り言で済ませるつもりだったんだけど、ハーフエルフは聴覚や嗅覚が人間よりも優れているから、ミラは僕の小さな独り言を聞き取ってしまったようだ。


 僕は秘密がバレてしまったように苦笑いすると、ベッドの上に座っているミラを見ながら言った。


「同じだよ。転生者は端末のおかげで強力な力を手に入れて、この世界で大暴れしてる。でも、彼らは転生する前はそんなことはしていない筈だ。強力な力を手に入れた途端、変わってしまったんだ。・・・・・・あのジョシュアって人も同じだ。魔剣を手に入れて、変わってしまったんだ。だから、転生者もこの世界の人も変わらないんだよ」


(強力な力のせいで・・・・・・)


 でも、中には兄さんのように仲間のために力を使っている人もいるかもしれない。それに、兄さんは強力な力を与えられている転生者の中では稀有な転生者なのかもしれない。


 虐げるために力を使うことはない。でも、自分や仲間に武器を向ける敵は徹底的に蹂躙する。兄さんは、そのための殺意を持っている。


 きっと彼は、仲間のために敵を殺し続けるかもしれない。血まみれになっても構わずに、敵に刃を叩き付け、弾丸を撃ち込み続けるに違いない。


 そして、兄さんの戦いが終われば、兄さんの周りは血まみれになっている筈だ。仲間を守るために武器を向けてくる敵を殺し続け、血まみれになる人生になるかもしれない。僕だったら耐えられないかもしれないね。


 でも、兄さんはきっと耐えるだろう。彼は僕よりも強い。返り血だらけになって人生を終えても構わないって言うかもしれない。


 もしかしたら、仲間を守るための兄さんの殺意が、強力な力を与えられて変わってしまった兄さんが手に入れたものなのかもしれない。


 兄さんは殺意を手に入れた。ならば、僕は何を手に入れた?


 この世界で必要なのは殺意だって兄さんに言われた。でも、僕が持っている殺意は兄さんの殺意のように禍々しい殺意ではない。もしかしたら、僕はもう別の何かを手に入れているんだろうか?


 その時、ベッドの上のモニターからアラームが聞こえた。どうやら僕が出撃させたドローンが、侵攻している敵部隊を捕捉したようだ。


 自分が何を手に入れたのかを考えるのを止めた僕は、窓の近くから離れてベッドの方へと移動する。柳葉刀の手入れをしていたミラも、刀を鞘に戻して僕の後について来た。


「・・・・・・ドローンが敵部隊を捕捉したみたいだ」


(・・・・・・・・・!)


 モニターをタッチし、ドローンが送って来た映像を確認する。


 画面に映ったのは真夜中の草原だった。夜空と真っ黒な草原しか見えないシンプルな世界を凝視しながら、僕は画面をタッチしてドローンに暗視カメラを起動させた。


 そして、モニターに無数の人影が映し出される。どの人影もラトーニウス王国騎士団の防具を身に着けていて、槍や剣を持っているようだった。あのナバウレアの守備隊よりも隊列の数が多い。隣にある大国を攻めるために、ジョシュアはかなりの数の騎士たちを連れて来たらしい。


 でも、その騎士の隊列たちは何だか歩き方がおかしかった。まるで致命傷を負ってふらついているかのように、オルトバルカ王国の国境を目指して前進してくるんだ。


(なんだか、歩き方が変だよ? ・・・・・・怪我してるのかな?)


「負傷兵を連れてるわけがないよね・・・・・・?」


 でも、あの歩き方は・・・・・・?


 その時、僕はぞっとした。


 あの歩き方は、見たことがある。


 兄さんがナバウレアの駐屯地から逃げて来た時に、散々見たじゃないか。


 起き上がる死体。呻き声をあげ、得物を拾い上げて襲い掛かって来た戦死者たちの隊列。


 僕は冷や汗を拭い去ると、恐る恐るモニターをタッチして、映像をズームした。


 そして、僕とミラは絶句した。









「――――これが騎士団なの・・・・・・・・・?」


 モニターの映像を見ていたカレンさんは、そう呟いた。


 会議室の席に腰を下ろし、エミリアさんと兄さんを除くモリガンの仲間たちが僕の持ってきたモニターの映像を見て絶句している。カレンさんは辛うじて呟く事が出来たみたいだけど、ギュンターさんやフィオナちゃんは最初にこの映像を見た僕とミラのようにずっと絶句しているようだった。


 モニターの映像に映っていたのは、騎士団の防具を身に纏った無数のゾンビたちだった。唸り声を上げ、ズタズタになった傷口をあらわにし、返り血や肉片まみれになった剣や槍を掲げながら進撃してくるゾンビの隊列。大国であるオルトバルカ王国を攻め落とそうとしているラトーニウス王国騎士団の隊列の正体は、このゾンビたちだった。


 騎士団とは思えない禍々しい軍団が、国境へと向かっているんだ。


「―――おそらく、このゾンビたちの数は10万体以上と思われます」


「10万体!? そんな・・・・・・! 国境警備隊と街中の傭兵ギルドをかき集めても、こっちは400人足らずなのよ!?」


 しかも、ゾンビたちの隊列の後ろには魔剣を持ったジョシュアがいる。


 無数のゾンビの群れに加えて、復活した魔剣までいるんだ。転生者が2人もいるこのモリガンが戦いを挑んだとしても、勝ち目がないだろう。


 しかも僕たちは、エミリアさんという大きな戦力を喪失している。


 エミリアさんは転生者とも渡り合う事が出来る転生者クラスの実力者だ。でも彼女はまだ昏睡状態で参戦できない。


『・・・・・・撤退するべきでしょうか』


 モニターの映像を見ていたフィオナちゃんが呟いた。


 確かに、このままネイリンゲンの戦力をかき集めて戦いを挑んでも、あのゾンビの群れと魔剣に蹂躙されるだけだ。だから王都の騎士団や国中の騎士団と合流して、ジョシュアが率いるゾンビの群れに戦いを挑んだ方が勝算がある。


「―――良い案だけど、駄目だ」


『え?』


「住民たちを連れて逃げる必要があるし、この街は傭兵ギルドが多い街だよ? ―――モリガンに反感を持っているギルドもあるみたいだから、この案を無視して行動するギルドもいるかもしれない」


 もちろん、勝手にあのゾンビの群れに戦いを挑んで蹂躙されている間に逃げるという愚策も駄目だ。


「じゃあ、どうするんだよ? このまま戦うってのか?」


「――――それしかないよ」


 このまま、ここで戦うしかない。


 400人足らずの傭兵と騎士団で、10万体以上のゾンビたちを迎え撃つしかないんだ。


「作戦は考えてあります」


「どんな作戦だ?」


 僕は壁に貼ってあるネイリンゲンの周囲の地図に、近くに置いてあった羽ペンで印をつけた。まず小さな丸を街の近くに書き込み、大きな丸をラトーニウス王国側に書き込む。そしてその大きな丸の中に、小さな点を書き込んでから仲間たちの方を見た。


「おそらく、あのゾンビたちを操っているのはジョシュアの魔剣です」


 兄さんが言っていたんだけど、ナバウレアで戦っていた時に死体が起き上がって襲いかかってきたのはジョシュアが魔剣を復活させた時だったらしい。だから魔剣の影響でゾンビが襲いかかってきたのかもしれない。


 魔剣はレリエルの心臓を貫いた際に彼の血で汚れてしまった剣の成れの果てだ。だから、ゾンビを生み出して操ることが出来るのかもしれない。


「だから、何とかゾンビの群れを突破して魔剣を破壊すれば・・・・・・」


「なるほどね。・・・・・・スーパーハインドで空から爆撃はできないの?」


「あの魔剣の衝撃波で、接近する前に撃墜される可能性があります」


 戦闘機ならば回避できるかもしれないけど、戦闘機を使うには飛行場や滑走路が必要だ。今から飛行場を作るわけにはいかないし、メンバーの中で操縦方法を知っているのは僕と兄さんだけだ。


 その時、会議室のドアがゆっくり開いた。


「―――悪い、遅くなった」


「兄さん? 何してたの?」


 ドアの向こうから姿を現したのは、上半身にモリガンの制服を羽織った兄さんだった。上半身には何も服を着ていない状態で黒いオーバーコートを羽織っているから、心臓をエミリアさんに移植した時に残った胸の傷跡が見えている。


 兄さんは今まで何をしていたんだろうか?


「―――彼女に射撃を教えてたんだ」


「彼女・・・・・・?」


 首を傾げていると、兄さんの後ろからラトーニウス王国騎士団の制服を身に纏った蒼い髪の少女が会議室の中に入って来た。エミリアさんと同じく蒼い髪の少女で、長い髪の両側をお下げにしている。


「エリスさん・・・・・・?」


 兄さんが会議室に連れて来たのは、エミリアさんの姉のエリスさんだった。腰の両側には2丁の9mm機関拳銃が収まったホルスターが用意されていて、背中にはアメリカ製アサルトライフルのM16A4を背負っている。


 9mm機関拳銃は日本製のサブマシンガンで、自衛隊が採用している。どうやら銃の上にドットサイトが装着されているようだ。


「おいおい、旦那! 姉御の姉さんも戦うのか!?」


「ああ」


 今までエリスさんに射撃を教えていたみたいだ。


 確かに彼女は兄さんとエミリアさんが2人で挑んでも勝てないほどの実力を持っている。


「―――みんな、お願い。・・・・・・私も一緒に戦わせて」


 エリスさんは会議室の席に座っている僕たちに向かって頭を下げると、そう言った。


 


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