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炎とエミリア


『し、心臓の一部を移植するんですか!?』


「ああ。手を貸してもらえないか?」


『む、無茶です!』


 研究室でエリクサーを作っていたフィオナは、やっぱり俺とエリスの心臓の一部をエミリアの心臓に移植するという提案に猛反対した。


 エリスはエミリアとほぼ同じ遺伝子を持つため、移植しても拒否反応を起こすことはないだろう。エミリアはエリスの遺伝子を元に作りだされたのだから、問題はない筈だ。


 でも、さっき死体を確認したけれど、思ったよりも心臓が欠けている部分が大きかった。だからその欠けた部分を全てエリスが移植すれば、今度はエリスが死んでしまう。


 だから俺の心臓も使ってくれとエリスに言ったんだ。俺とエミリアは赤の他人だから、当然ながら遺伝子は全く違う。拒否反応を起こす可能性もある。俺は賭け事はしない主義なんだが、彼女を生き返らせるにはこれしか手はない。


「頼む、フィオナ。・・・・・・俺のせいでエミリアが死んだんだ。だから・・・・・・」


『で、でも・・・・・・!』


「・・・・・・フィオナちゃん、お願い」


『うぅ・・・・・・』


 モリガンのメンバーの中で強力な治療魔術を使えるのは彼女だけだ。大きな傷を負ってしまっても、一瞬で傷を塞いでしまえるほどの魔術を自由に使う事が出来る。だから彼女に手を貸してもらえれば、移植が成功する確率は高くなる。


 彼女だって仲間を生き返らせたい筈だ。だから協力してほしい。


『わ、分かりました・・・・・・』


「すまん・・・・・・」


『では、移植の準備をするので、医務室で待っててください』


 フィオナは俺とエリスにそう言うと、薬草を調合する作業を中断し、エリクサーを作るための何かの液体が入ったビーカーに蓋をしてから扉をすり抜けて研究室を出て行った。


 エリスは今までフィオナが普通の女の子だったと思っていたらしく、彼女が扉をすり抜けたのを目の当たりにしてからずっと目を見開いている。


「あ、あの子、幽霊だったの・・・・・・?」


「ああ。・・・・・・怖いのか?」


「だ、大丈夫よ・・・・・・」


 そういえば、エミリアも初めてフィオナを見た時はかなり怖がってたな。エリスもエミリアの姉だから、やっぱり幽霊が苦手なんだろうか。


 あの時の事を思い出して思わず笑ってしまった俺は、無理矢理ため息をついて笑うのを止めてから、研究室のドアを開けて医務室へと向かうことにした。


 医務室があるのは屋敷の2階だ。研究室や会議室などの部屋も2階の空き部屋を改装して用意してある。フィオナのエリクサーや治療魔術があるから医務室は必要ないんじゃないかと思っていたんだけど、万が一のために用意してほしいとフィオナにお願いされて、残っていた部屋を改装して医務室も用意しておいたんだ。


 今まで一度も使った事のなかった医務室のドアを開けた俺は、中に置いてあった大きなベッドに腰を下ろした。ドアを閉めてから、エリスも俺の隣に腰を下ろす。


 医務室の中は、転生する前の世界にあった病院のようになっていた。でもこっちの世界には機械は存在しないし、端末でも医療用の機材は生産できないから、部屋の中にはベッドと薬品の瓶が入った棚が置かれているくらいだ。俺やエミリアが住んでいた部屋よりも少し広い医務室の中を見渡していると、メスやピンセットをトレイに乗せたフィオナが、ノックしてからドアをすり抜けて医務室の中へとやって来た。


 どうやら、持っている者や身に着けている者も一緒にすり抜ける事が出来るらしい。


「きゃっ!?」


「だ、大丈夫だ、エリス」


『そ、それではベッドに横になってください』


 俺とエリスはベッドから起き上がると、別々のベッドに横になった。


 すると、フィオナが持っていたトレイを一旦机の上に置き、部屋の外へ出て行く。おそらく、エミリアを連れてくるんだろう。


 心臓の移植が成功すれば、エミリアは生き返ってくれるかもしれない。エリスの心臓の一部を移植するのは問題ないけど、俺は彼女たちとは全く違う遺伝子を持つ他人だ。もしかしたら、移植が成功しても拒否反応が起きてしまうかもしれない。


 賭け事はしない主義だが、賭けるしかなかった。


 しばらくベッドの上で横になりながら待っていると、医務室のドアがゆっくり開いた。そのドアの向こうから部屋の中に入ってきたのは、エミリアの亡骸を抱えたフィオナだった。彼女はエミリアを空いているベッドの上に横たえさせると、机の上にあるトレイから注射器を拾い上げ、俺が横になっているベッドの近くへとやって来る。


『では、麻酔を打ちます』


「頼む」


 俺は横になったまま、移植が終わった後に拒否反応が起こりませんようにと祈りながら目を閉じた。









「あれ・・・・・・?」


 いつの間にか、俺は屋敷の前に立っていた。


 外はもう夜になっていた筈なのに、頭の上には蒼空がある。確か俺はエミリアに心臓を移植するために、フィオナに医務室で麻酔を打ってもらっていた筈だ。なのに、なんで屋敷の外にいるんだ?


 周囲を見渡してみると、草原と道の向こうに見える筈のネイリンゲンの街が見当たらない。屋敷の塀の外を草原が取り囲んでいるだけだ。


 蒼空と草原と屋敷しか存在しない、シンプル過ぎて殺風景な世界の中に、俺は突っ立っているようだった。よく見ると、俺が身に着けていた服はモリガンの制服ではなく、この世界に転生した時に来ていたジーンズとパーカーに変わっている。


 これは夢なんだろうか?


 パーカーのポケットに手を突っ込み、転生者に与えられる端末を取り出す。電源をつけて何か武器を装備しようとしたんだけど、電源のボタンを押しても端末の画面は暗いままだ。


 故障したのか?


 これでは武器を装備できない。俺の体はステータスで強化されているんだろうか? もし強化されていないのならば、敵に襲われたら間違いなく殺されてしまうだろう。


 ため息をつきながら端末をポケットに戻すと、いつの間にか屋敷の玄関の前に、蒼い髪の幼い少女が立っているのが見えた。水色のワンピースを身に纏ったその幼い少女は、エミリアやエリスに似ているような気がする。


 彼女は楽しそうに微笑みながら手招きすると、玄関のドアを開けて屋敷の中へと消えて行った。


 ついて来いということなんだろうか。


 俺はまたため息をつくと、パーカー姿のまま屋敷の中に足を踏み入れることにした。


 屋敷の中は、俺たちがいつも住んでいる屋敷とあまり変わらないようだった。でも、壁に掛けられているランタンの明かりは橙色ではなく蒼い光を放っていて、階段や床が蒼白く染まっている。


 いつもとは違う色で照らし出された屋敷の中を見渡していると、さっきの幼い少女が階段を上りながら手を振っているのが見えた。上がって来いということなんだろうか?


 俺は彼女の後について行くことにした。左側にある階段を上って2階へと上がり、そのまま3階へと上がっていく。


 あの少女は俺をどこに連れて行こうとしているんだ? 3階にはメンバーの部屋と風呂くらいしか部屋はない筈だ。


 すると、蒼い髪の少女は俺たちの部屋の前で立ち止まると、俺の方を振り返って微笑んだ。彼女が微笑んだ瞬間、いきなり身に纏っていた水色のワンピースが蒼い炎を噴き出して燃え上がり始めた!


 俺は慌てて少女を助けようとしたけど、蒼い炎に飲み込まれた少女はまだ微笑んでいた。そしてそのまま、蒼い炎と一緒に火の粉を残して消滅してしまったんだ。


「何だ・・・・・・?」


 少女が残した蒼い火の粉を掴み取りながら俺は呟いた。彼女は俺をここに連れて来たかったんだろうか。この部屋の中に誰かいるのか?


 火の粉を握りしめていた右手を開き、そっとドアノブに触れた。そのままドアノブを捻ってドアを開き、幼い少女が案内してくれた自室へと足を踏み入れる。


 扉の向こうにあったのは、俺の知っている部屋の光景ではなかった。


 いつも俺がベッド代わりにしているソファも、ティーセットが置いてあるテーブルもない。それどころか、扉の向こうにあったのは部屋の中ですらなかった。


「ここは・・・・・・?」


 目の前にあったのは、屋敷の外に広がっているような草原だった。後ろを振り返ってみると、いつの間にか俺が開けたドアも消滅している。


 緑色の草原と蒼空しか存在しない世界。その中に入り込んだ俺は、2つの色しか存在しない開放的で殺風景な世界を見渡した。さっきの少女は俺をこんなところに連れて来たかったのか? 何故俺を連れて来た?


 その時、草原の向こうに人影が見えた。


 真っ黒なドレスのような制服を身に纏った、蒼い髪の凛々しい少女だった。


「あ・・・・・・」


 俺は彼女に向かって走り出した。


「あぁ・・・・・・!」


 会いたかった。


 間違いなく、あの後姿は彼女だ。


 この異世界で、俺が初めて出会った大切な仲間だ。


 俺のせいで死んでしまった愛おしい彼女が、草原の向こうに立っていた。


「エミリア・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・?」


 蒼い髪の少女が、ゆっくりと俺の方を振り向く。


 やっぱり、エミリアだった。ジョシュアに胸を貫かれ、魔剣を復活させるために利用されてしまった彼女が、この草原にいたんだ。


 でも、彼女は俺の姿を見た瞬間、まるで怯えたような顔になった。


「く、来るなッ!」


「え・・・・・・・・・?」


「来ないでくれ、力也!」


 どうしてだ? 何で怖がってるんだよ・・・・・・?


 おい、エミリア・・・・・・。


 彼女は俺に向かってそう叫ぶと、草原の奥へと向かって走り出してしまった。


 追いかけた方がいいだろうか? でも、エミリアは俺を怖がっているようだし、追いかけない方がいいんじゃないだろうか?


 彼女を追わずに引き返そうと思ったけど、俺は踵を返さなかった。


 彼女は、俺が貰ったんだ。一緒に旅をして、傭兵ギルドを作った。今まで一緒に強敵と戦ってきた仲間じゃないか。


 確かに彼女は死んでしまったけど、もしかしたら彼女を生き返らせる事が出来るかもしれない。だから俺はエリスと一緒に、彼女に心臓の一部を移植することにしたんだ。


 彼女を連れ戻すために!


 追いかけろ! 俺が貰うって言って連れ出した女だろうが!!


「エミリア、待ってくれ!」


 俺は草原を走り出し、エミリアを追いかけ始めた。


 どうやらステータスで身体能力は強化されているらしく、段々とエミリアに追いついていく。


 初めて彼女と出会った時、彼女は行く当てのない俺を受け入れてくれた。それに、強敵と戦う度に彼女を心配させてしまったし、何回か泣かせてしまった。


 まだ彼女に恩を返していない!


 走りながら右手を伸ばし、エミリアの肩を掴んだ俺は、まだ逃げようとする彼女を引き寄せた。怯えながら俺を睨みつけてきた彼女の目の周りには、涙の痕があった。


「やめろ、離してくれ!」


「エミリア、何で逃げるんだよ!?」


「私は・・・・・・! 私は、人間じゃないんだろう!?」


「・・・・・・・・・」


「姉さんの遺伝子から作られた、偽物の妹なんだ・・・・・・。だから姉さんは、私の事を憎んで・・・・・・!」


 彼女は俺の手を振り払おうとしたけど、俺はまだ彼女から手を離さなかった。


「だから、私はもういなくなっていいんだ! 私なんか・・・・・・!!」


「エミリア、そんなことは――――」


「――――馬鹿馬鹿しいじゃないか! ・・・・・・私は・・・・・・お前の事が、好きだったのに・・・・・・!!」


「お前・・・・・・・・・」


 涙を流しながら、彼女は俺の胸を叩き始めた。


 自分は人間じゃなかった。だから、仲間を拒んで消えようとしているんだ。


「嫌だろう・・・・・・? こんな人間じゃない奴に好かれても・・・・・・」


「・・・・・・そんなわけないだろ」


 叩くのを止めて俯き、嗚咽するエミリア。俺は彼女の肩から手を離すと、両手で優しく彼女を抱き締める。


「――――俺も、お前が大好きだ」


「・・・・・・本当に?」


「ああ。人間じゃなくても関係ない。――――それに、お前は俺が貰ったんだ。だからいなくならないでくれ・・・・・・」


 俺の腕の中で、エミリアの嗚咽が段々と小さくなっていく。


 彼女にいなくなってほしくない。俺はエミリアとずっと一緒にいたい。彼女が人間じゃなくても関係ないんだ。俺は彼女が大好きなんだから。


 だから俺は、彼女がいなくならないように、エミリアを思い切り抱き締めた。


「力也ぁ・・・・・・」


 涙声で、エミリアが俺の名前を呼ぶ。


 すると、彼女を抱き締めていた俺の体が、いきなり燃え上がり始めた。火達磨になった俺の体が、炎を纏いながら少しずつ消滅していく。


 でも、全く熱くはなかった。炎の中で俺の皮膚は本当に焼けているように真っ黒になっていくけど、全然熱くなかった。


「力也・・・・・・?」


 エミリアには、この炎は燃え移っていないようだった。


 少しずつ、俺の体が消えて行く。炎に包まれた両腕が燃え落ち、草原の上で火の粉になって消滅してしまう。


 すると、両腕がなくなった俺の代わりに、今度はエミリアが俺を抱き締めてくれた。段々と真っ黒になっていく背中を押さえ、燃え上がる俺の胸に顔を押し付ける。


 そろそろ戻って来いということなんだろう。確かに、まだぶっ殺さなければならない奴が残っている。このまま彼女と一緒にいるわけにはいかない。


 仲間たちの所に戻って、あのクソ野郎に復讐しなければならない。


「また会おうな、エミリア」


「ああ」


 彼女の声が聞こえた瞬間、俺の体は燃え尽きた。









 俺を焼き尽くした炎が消え去ったかと思うと、俺はベッドの上で横になっているようだった。ゆっくりとベッドから起き上がり、部屋の中を見渡してみる。


 どうやらここは医務室のベッドの上のようだ。向かいのベッドではエリスが眠っていて、俺の隣のベッドにはエミリアの死体がある。傍らにある金属のトレイの上には血まみれになったメスとピンセットが置かれていて、その近くには空になった注射器が何本か放置されていた。


 移植は終わったんだろうか? いつの間にか上着を脱がされていた俺は、そっと右手で自分の胸に触れた。心臓がある辺りには、切り開いた後にヒールで塞いだような痕がまだ少し残っていて、そこだけ胸板が盛り上がっている。


 フィオナが移植を終わらせてくれたんだろう。ということは、今の俺は心臓が少しだけ欠けているということか。でも、エミリアを生き返らせるためならば問題ない。


 ベッドから起き上がって上着を羽織り、エミリアの様子を確認しようとしたその時だった。廊下の方から誰かが走ってくるような足音が聞こえたかと思うと、いきなり医務室のドアが開いたんだ。


「兄さん、大変だ!」


「信也?」


 大慌てで医務室のドアをいきなり開けた信也は、メガネをかけ直してから俺を見つめた。何があったんだろうか?


「――――ラトーニウス王国が、オルトバルカ王国に宣戦布告した!」


「なに!?」


 馬鹿な。ラトーニウス王国が宣戦布告したのか?


 オルトバルカ王国は、参戦した戦争で殆ど勝利している大国だ。そんな大国が隣にあるから、ラトーニウス王国は今まで全く手を出さなかったんだ。だが、今のラトーニウス王国には、魔剣を手に入れたジョシュアの野郎がいる。


 おそらくあいつが魔剣を手に入れたことで、ラトーニウス王国はオルトバルカ王国に喧嘩を売ることにしたんだろう。手始めに世界最強の大国を潰して世界中に魔剣の力を見せつけ、一気に征服するつもりらしい。


「信也、戦闘準備だ。武装したドローンやターレットをありったけ生産して、草原に配備しろ」


「了解!」


 ネイリンゲンはラトーニウス王国との国境に最も近い街だ。彼らがオルトバルカ王国に攻め込んで来るならば必ずここを陥落させるはずだ。


 つまり、ジョシュアもここにやって来るということだ。


 かかって来い、ジョシュア。


 魔剣もろともぶっ殺してやる。




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