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2人の心臓


 モニターに映る映像を見た瞬間、思わず僕は正気じゃなくなってしまったんじゃないかと思ってしまった。この異世界に転生してからはありえないものばかり見ていたんだけど、モニターの映像は今まで見てきたありえない光景を上回っていた。


 車長の座席の近くに用意されているモニターに映っているのは、無数のゾンビたちだった。彼らはラトーニウス王国騎士団の防具と制服を身に纏い、ついさっき僕たちに蹂躙されて戦死したままの姿で死体の群れの中から続々と起き上がると、近くに転がっていた血まみれの武器を拾い上げ、呻き声をあげながら歩き始めたんだ!


 この世界に存在する普通のゾンビならば、中には腐敗の影響で手足がなくなっているゾンビもいるけど、基本的に彼らは五体満足だ。なのに、レオパルトの車外で次々にゾンビに変貌していく死体たちは、砲弾で手足や首をもぎ取られた死体やズタズタになった死体ばかりだ。中には首がないにもかかわらず立ち上がり、肉片まみれになった地面から得物を拾い上げる死体まである。


(シン、死体が・・・・・・!)


「そ、そのまま直進して!」


 一体何が起きているんだろうか? 


 でも、逃げるわけにはいかない。まだ駐屯地には兄さんとエミリアさんが残っているんだ。エミリアさんを助けに来たというのに、彼女と兄さんを見捨ててゾンビの群れから逃げるわけにはいかない。


「Sマイン、射出!」


 僕は手元のコンソールを何度もタッチしてSマインの射出準備をすると、駐屯地に向かうレオパルトに群がり始めたゾンビたちに向かって、Sマインをお見舞いすることにした。


 砲塔に搭載されている発射管からSマインが四方に射出され、空中で爆発する。その爆炎の中から姿を現したのは、Sマインの内部にぎっしりと詰め込んであった無数の鉄球たちだった。


 爆風と衝撃波に押し出された彼らは地上に降り注ぎ、レオパルトにしがみつこうとしていたゾンビたちを次々に穴だらけにした。ゾンビたちの返り血がレオパルトの装甲を真っ赤にしていく。


 でも、中にはSマインが射出した鉄球の雨に耐えて、まだレオパルトにしがみつこうとするゾンビもいた。僕は慌てて制服の内ポケットからワルサーP99を引き抜きながらキューポラのハッチを開け、車体の後方に手をかけてよじ登ろうとしていたゾンビに銃口を向けた。


「・・・・・・!」


 ドットサイトの向こうに見えたゾンビの顔を見た瞬間、僕はぞっとした。そのゾンビはどうやら散弾かキャニスター弾で顔を抉られて戦死したらしく、顔の左半分の皮膚が削げ落ちていたんだ。肉が露出したそのゾンビの頭に照準を合わせた僕は、目を細めながらトリガーを引いた。


 9mm弾によって頭に風穴を開けられたゾンビは、まだ呻き声をあげながら手を離すと、そのまま地面に叩き付けられて動かなくなった。


「す、凄い数だ・・・・・・」


 キューポラのハッチを閉めようとしながら、僕は戦車の周囲を見渡した。まるであの駐屯地を守っていた守備隊がゾンビに変わってしまったかのようだ。何人か逃走してしまった者もいるから全員ゾンビになってしまったわけではないのかもしれないけど、数百体ものゾンビがたった1両の戦車を取り囲み、呻き声をあげながら群がってくる光景はかなりグロテスクだった。モリガンで傭兵として実戦を経験していなかったら発狂していたかもしれない。


 戦車の中に戻ろうとしたその時、駐屯地の防壁に開いた穴の近くで爆音が轟いたのが聞こえた。何かが爆発したんだろう。でも、カレンさんは榴弾を撃っていない筈だし、砲声も聞こえなかった。


 まさか、兄さんが脱出してきたんだろうか?


 僕はよじ登ろうとしていたゾンビの頭をまたハンドガンで撃ち抜いて叩き落とすと、首に下げていた双眼鏡を覗き込み、爆音が聞こえた方向を確認した。


「・・・・・・兄さんだ!」


「旦那が帰って来たのか!?」


「はい! ・・・・・・でも、誰か背負ってる・・・・・・?」


 爆炎の向こうからゾンビの群れをアサルトライフルのフルオート射撃で蹂躙しながら姿を現したのは、間違いなく兄さんだった。反動が強烈な7.62mm弾を使うSaritch308ARを片腕で撃ちながら、誰かを背負ったまま僕たちの方に走ってくる。しかも、騎士団の格好をした蒼い髪の女の人も一緒だ。


 エミリアさんではないみたいだ。あの人は、確か屋敷の庭で兄さんと戦っていたエミリアさんのお姉さんじゃないか!


『信也くん、力也さんがエミリアさんを背負ってます!』


「え!?」


 戦車によじ登ろうとするゾンビをPDWのフルオート射撃で片っ端から叩き落としていたフィオナちゃんが言ったのが聞こえた。僕は双眼鏡で兄さんが背負っている人を確認する。


 確かに、兄さんが背負っているのはエミリアさんのようだった。身に着けているのは黒いドレスのような制服だし、蒼いポニーテールも見える。重傷を負っているんだろうか?


 僕は必死にゾンビを迎撃しているフィオナちゃんをハンドガンで援護しながら、腰のホルスターからワルサー・カンプピストルを引き抜いた。装填されているのは攻撃用の榴弾ではなく、信号弾だ。


 ワルサー・カンプピストルを空に向け、トリガーを引いた。天空に向かって真っ白な信号弾が打ち上げられ、そのまま白く煌めき続ける。


「ミラ、停止して!」


(了解!)


「兄さん、こっちだッ!!」


 どうして兄さんがエミリアさんのお姉さんを連れて来たのかは分からないけど、早く兄さんたちを連れてここを逃げなければならない。


 兄さんはエミリアさんを背負ったまま7.62mm弾をばら撒いて次々にゾンビをヘッドショットで仕留めると、エミリアさんのお姉さんと一緒にジャンプしてゾンビたちを飛び越え、返り血で真っ赤になったレオパルトの砲塔の上に着地した。そして、背負っていたエミリアさんを静かに砲塔の上に下ろす。


 彼女の体を見た瞬間、僕は目を見開いた。


 兄さんがエミリアさんを背負っていたのは、彼女が重傷を負っていたからではなかったんだ。彼女の胸には大きな穴が開いていて、エミリアさんは目を瞑ったまま動かない。頬には血涙を拭い去った跡が残っている。


 その時、ゾンビを叩き落としていたフィオナちゃんの銃声や、戦車を取り囲んでいるゾンビたちの呻き声が全く聞こえなくなったような感じがした。


 まさか、エミリアさんは・・・・・・死んでしまったの・・・・・・!?


 僕は無言でキューポラから兄さんを見上げた。彼女を横たえさせた兄さんは、悲しそうな顔をしていた。


「・・・・・・そんな」


「・・・・・・信也、撤退を」


「りょ、了解・・・・・・」


 なんてことだ。エミリアさんが死んでしまうなんて・・・・・・。


 凛々しくて優しい人だったのに・・・・・・!


「・・・・・・ミラ、撤退しよう」


(う、うん・・・・・・)


 操縦士を務めるミラに指示を出した僕は、キューポラのハッチを閉めてから座席に腰を下ろし、頭を抱えながらモニターを睨みつけた。









 返り血で迷彩模様が所々紅くなっている砲塔の先には、ネイリンゲンの屋敷が見えた。夕日はもう沈みかけていて、空は赤黒く変色してしまっている。


 ミラが操縦するレオパルトが、屋敷の塀の近くで停車した。エンジンの音が聞こえなくなり、装甲に包み込まれた車体が全く振動しなくなる。俺は砲塔の後ろから立ち上がると、エミリアの死体を背負い、戦車の上から飛び降りた。


 俺の隣に乗っていたエリスも、無言で戦車の上から飛び降りる。


「・・・・・・彼女まで、ゾンビにならなくてよかった」


「そうね・・・・・・」


 他の騎士たちの死体は次々にゾンビに変貌していたんだが、エミリアの死体だけはゾンビにならなかった。もし彼女がゾンビになって襲いかかってきたら、俺は彼女を撃てないだろう。


 彼女を撃つ羽目にならなくてよかったと安心した瞬間、彼女が殺された悲しみと憤怒が再び俺の心を蹂躙し始めた。俺のうなじの辺りに頬を押し付けている彼女の顔を優しく撫でながら、俺は何とか悲しみと憤怒を抑え込む。


 これを叩き付ける相手は、ジョシュアの野郎だ。


「おい、旦那! なんでその女まで連れて来てんだよ!?」


 エミリアの死体を撫でていると、戦車から下りて来たギュンターが俺とエリスに怒声を叩き付けた。確かにエリスは俺たちと戦ったが、彼女はエミリアを助けようとしたんだ。悪い奴ではない。


 彼の顔を見てから俯いたエリスの肩を優しく叩いた俺は、彼女の前に立ってギュンターに言った。


「彼女は悪い奴じゃない。確かにエリスはジョシュアの計画に手を貸したが・・・・・・・・・彼女はエミリアを見捨てなかったんだ」


「信じられるか! そいつが旦那の邪魔をしたせいで姉御が死んだんだろうが!」


「やめなさい、ギュンター・・・・・・!」


 確かに、彼女がジョシュアの計画に手を貸さなければエミリアは死ななかった。簡単にジョシュアの野郎をぶっ殺して、エミリアと一緒にこの屋敷に帰って来る筈だったんだ。


 それに、ジョシュアに俺が止めを刺していればこの計画はとっくに頓挫して、エミリアも死なずに済んだんだ。


「・・・・・・俺にも責任がある。転生したばかりの頃、ジョシュアに止めを刺していればあいつの計画は滅茶苦茶になってたんだ。・・・・・・ギュンター、あまりエリスを責めないでくれ」


「旦那・・・・・・。分かったよ」


「すまない、みんな・・・・・・」


 戦車から下りた仲間たちに頭を下げた俺は、エミリアの亡骸を背負って裏口へと向かった。


 どうしてあの時、ジョシュアに止めを刺さなかったんだろうか。甘かった俺を問い詰め、滲み出そうとした言い訳を踏み潰す。俺が止めを刺さなかったせいでエミリアが死ぬ羽目になってしまったんだ。言い訳をするわけにはいかない。


 裏口のドアを開けて屋敷の中へと入った俺は、エミリアを背負ったまま階段を上り始めた。エリスが襲撃してくる前、彼女は確かこの階段で俺にエリスの事を教えてくれたんだ。


 優しかった彼女が冷たくなってしまった理由は、エミリアが本当の妹ではなく自分の遺伝子から作られた偽物の妹で、本当の妹に名付けられる筈だった名前を付けられていたからだった。きっとエリスは、小さい頃から仲の良かった妹の正体を信じられなかったんだろう。そして、憎悪を持ったままジョシュアに手を貸してしまったんだ。


 でも、エリスはエミリアを助けようとした。やっぱりエミリアはエリスの妹だったんだ。もしエミリアが生きていたら、きっと仲睦まじい姉妹に戻っていたに違いない。


 俺がジョシュアに止めを刺さなかったせいで、エミリアは殺されてしまったんだ・・・・・・。


「・・・・・・くそったれ」


 エミリアが死んでしまったのは、俺のせいだ。


 左手で頭を押さえながら階段を上り続け、自室のドアを開ける。部屋の中に入ってランタンに明かりをつけ、エミリアをそっとベッドに寝かせた俺は、ベッドにそっと腰を下ろすと、目を開けてくれと祈りながら彼女の冷たくなった頬を撫でた。


 涙を返り血で汚れた制服の袖で拭い去ってから、エミリアの頬から手を離して立ち上がる。端末を操作して装備していた武器をすべて解除した俺は、もう一度エミリアの頬に触れてから自室を後にした。


 廊下に出てから階段を下り、1階にあるキッチンへと向かう。


 他のみんなは自室に戻ったらしく、もう裏庭にはいないようだ。そのまま1階まで下りてキッチンに入り込んだ俺は、棚の上に置かれていた酒瓶を拾い上げ、真ん中にあるテーブルの上に置いてから椅子に腰を下ろした。確かこの酒瓶は前にフランツさんが持って来てくれたラム酒だった筈だ。飲むことはないから誰かにあげようと思っていたその瓶を掴み上げて栓を抜き、口へと運ぶ。


 ラム酒を流し込んだ瞬間、彼女と一緒に初めて依頼を受けた時のことを思い出した。農場を襲撃している魔物の群れを2人で壊滅させて、モリガンが有名になったんだ。そして屋敷に戻ってから幽霊のフィオナと出会って、彼女を怖がっていたエミリアはすぐにフィオナと仲良くなった。


 そしてカレンから依頼を受けて、ネイリンゲンに戻ってきてから暗殺者に襲撃された。そしてその後に王都で彼女を守るために無数の暗殺者たちと戦ったんだ。


 もう一口ラム酒を口の中に流し込んでから涙を拭う。


 カレンが仲間になってから、ギュンターがボロボロになってこの屋敷を訪ねて来た。そして、ボロボロの袋にぎっしり入った銅貨を俺たちに差し出して、自分の町を占領した人間たちを殲滅してくれと依頼してきたんだ。その人間たちのリーダーは、俺が異世界で初めて出会った他の転生者だった。レベルの差があり過ぎるせいで苦戦して、俺は宇宙空間まで吹っ飛ばされる羽目になったんだ。でも、フィオナが力を貸してくれたおかげで何とか倒す事が出来た。俺が戻ってきた時、エミリアの頬には泣いた跡があったっけな。


 そしてギュンターとミラが仲間になってから、信也までこの世界に転生して来てしまった。あいつはまだ未熟だけど、作戦を立てることと戦車やヘリを使った戦いは得意だ。今回の戦いも、戦車に乗ってみんなで俺たちを助けに来てくれた。


「エミリアぁ・・・・・・・・・」


 せっかくジョシュアの所から連れ出して、一緒に傭兵を始めたのに。


 俺のせいで死んでしまったんだ。ジョシュアに止めを刺さなかったせいで、エミリアはあいつに心臓から魔剣を取り出されて殺されてしまった・・・・・・。


 エミリアを貰うって言って連れ出して来たくせに、彼女を守れなかった・・・・・・。


 情けないなぁ・・・・・・。


「・・・・・・酒に溺れるつもり?」


「エリス・・・・・・」


 口の周りを制服の袖で拭いながら、キッチンの入口に立っているエミリアにそっくりな少女を見つめた。彼女の姿が一瞬だけ出会ったばかりの頃のエミリアに見えたけど、彼女はもう死んでしまったんだ。あそこに立っているのは、彼女の姉だ。


 もう一口ラム酒を飲んでから酒瓶をテーブルの上に置き、俺は「何か用か?」と彼女に問い掛けた。彼女はモリガンのメンバーではないから、当然ながら自室は用意されていない。おそらく俺の後をついて来たんだろう。


「・・・・・・もしかしたら、エミリアを生き返らせる事が出来るかもしれないわ」


「なに・・・・・・!?」


 酔っぱらって聞き間違っちまったか? エミリアが生き返るだって?


 俺は椅子から立ち上がると、キッチンの入口の所に立っているエリスの肩を掴んだ。


「い、生き返らせる事が出来るのか!?」


「多分ね。かなり危険だけど・・・・・・」


「どうするんだ!? どうすればエミリアが――――」


 すると、エリスはまた悲しそうな顔をしてから、そっと自分の胸に触れた。その場所は、エミリアがジョシュアの野郎の手に貫かれた場所と同じだった。


 まさか、自分の心臓を使うつもりなのか・・・・・・?


「え、エリス・・・・・・何を考えてるんだよ・・・・・・!?」


「エミリアは私の遺伝子から生み出されたホムンクルス(クローン)よ。だから、移植しても拒否反応は――――」


「馬鹿野郎ッ! そんなことしたら、今度はお前が死ぬぞ!?」


 エミリアの心臓は木端微塵に破壊されたわけではない。心臓の中に埋め込まれていた魔剣を取り出されただけだから、簡単に言えば欠けた状態になっているわけだ。


 だからエリスは、その欠けた部分に自分の心臓を切り取って移植しようとしているんだ。確かにエミリアはエリスの遺伝子を元に作られているから問題ないかもしれないけど、移植したら今度はエリスが死んでしまう。


「分かってるわ。でも、私があんな計画に手を貸してしまったからエミリアは死んでしまったの・・・・・・。だから、私があの子を助けないと」


「・・・・・・なら、俺の心臓も使ってくれ」


「え・・・・・・?」


 いくらフィオナの治療魔術でも、欠けた心臓を元通りにするのは不可能だ。明らかにエリスの心臓だけでは足りないだろう。でも、俺の心臓も使う事が出来れば、エリスも生き残る事が出来るかもしれない。


「半年前に、俺がジョシュアを殺していれば彼女は死なずに済んだ。・・・・・・頼む、俺にもエミリアを助けさせてくれ」


「力也くん・・・・・・」


 彼女の両肩を掴んだまま、俺はエリスの翡翠色の瞳を見つめていた。


 



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