ナバウレアの駐屯地
木端微塵にされた城門の向こうから、迷彩模様の巨体が突っ込んで来るのが見えた。巨大な戦車砲の砲身を搭載し、砲塔の上にはセンサーと小型の砲身が装着されたターレットが搭載されている。
信也が端末で生産した、ドイツ製主力戦車のレオパルト2A6だった。
砲塔の上にあるキューポラのハッチが開き、その中から黒い軍服のような制服を身に纏った信也が姿を現す。
「兄さん、無事だったんだね!?」
「ああ、フィオナのおかげで助かったよ」
『えへへっ』
停車したレオパルトから下りて来た信也にそう言いながら、俺は命の恩人であるフィオナの頭を撫でてあげた。彼女は俺やエミリアに頭を撫でてもらうのが大好きらしい。俺は彼女のふわふわした真っ白な髪を撫でながら、戦車から下りて来た信也に礼を言うことにした。
「助かった。ありがとな」
「気にしないでよ。・・・・・・ところで、エミリアさんは?」
そういえば、信也たちと通信したのは研究室に突入する前だったな。だから信也たちは、ここにエミリアがいないということを知らない。
「・・・・・・彼女は、もうナバウレアに連れて行かれたらしい」
「ナバウレア?」
「ああ。半年前に、俺とエミリアが旅を始めた場所だ」
またあそこに戻る必要があるらしい。
俺は端末を操作して弾切れになったM249パラトルーパーとM202の装備を解除しながら説明を続けた。
「奴らは彼女を使って何かの計画を進めているようだ」
「計画?」
「ああ。どんな計画なのかは分からんが、エミリアを連れ戻したのはその計画のためだろう」
もしかすると、半年前にジョシュアが俺にエミリアを渡したがらなかった理由も、許婚を奪われないようにするためではなかったのかもしれない。彼女を奪われてしまったらその計画が頓挫してしまうから、俺を追い出してエミリアから引き離そうとしたんだろうか?
とにかく、エミリアは絶対に連れ戻す。そしてジョシュアの野郎をぶち殺してやる。
「じゃあ、次の目的地はナバウレアでいいね?」
「おう。頼むぜ、車長」
「ヤヴォール」
俺は頼もしくなった弟の肩を優しく叩くと、彼の後ろに停車していたレオパルトの砲塔の後ろに乗り込んだ。信也も再び砲塔の上にあるキューポラの中に入り、車長の座席に腰を下ろす。
どうやら砲塔の上に搭載されているターレットには、20mm速射砲が搭載されているようだ。おそらく、アクティブ防御システムだろう。散弾ではなく20mm弾を選んだのは、硬い外殻を持つ魔物や飛竜を叩き落とすためなんだろう。イージス艦に搭載されている速射砲を小型化したような代物だ。
砲塔の後ろに背中を預けながら、俺は空を見上げた。燃え上がる要塞から吹き上がる黒煙が、まるで巨大な黒い柱のように空へと向かって伸びている。かつて俺とエミリアが潜入した要塞は、数分間の戦闘であっさりと陥落していた。
私の周囲には、巨大な魔法陣が刻まれていた。巨大な魔法陣の中心に用意された金属製の柱に両腕と両足を縛り付けられているらしい。
魔法陣の外を見渡してみると、懐かしい建物がずらりと並んでいるのが見えた。騎士団に入団してからずっと世話になった宿舎や馬小屋だ。ここはナバウレアの駐屯地なんだろうか?
「・・・・・・久しぶりだねぇ、エミリア」
「ジョシュア、貴様・・・・・・!」
「やっと君に会えたよ。・・・・・・やっぱり君のような可愛い子は、あんな余所者には相応しくない」
「力也はどこだ?」
ニヤニヤと笑いながら私の頬に手を伸ばしてくるジョシュア。私は頭を振ってジョシュアの手を弾くと、睨みつけながら問い掛けた。
「ああ、あの余所者か。あいつなら今頃クガルプール要塞で拷問を受けているよ。――――そのうち処刑されるんじゃないかなぁ! あっはっはっはっはっ!!」
「な、なに・・・・・・!?」
クガルプール要塞で拷問を受けているだと!?
あいつは今も拷問され、苦しんでいるかもしれない。力也が苦しんでいるのを想像した瞬間、まるで剣を突き立てられたかのように胸が痛みだした。
「大丈夫だよ。君にはあんなやつなんて必要ないからね」
「貴様ぁ・・・・・・・・・!!」
ふざけるな、ジョシュア!
まだ私の頬に手を伸ばそうとしてくるジョシュアを睨みつけてると、彼の後ろから女の騎士が歩いて来るのが見えた。頭の両側はお下げになっている。あのお下げは、幼少の頃から全く変わっていない。
姉さん―――。
「ジョシュア、儀式の準備は整ったそうよ」
「そうか。・・・・・・あとは少し待つだけだ」
ジョシュアに報告した姉さんは、ちらりと私の顔を見てから私を取り囲んでいる魔法陣を見つめた。私の顔を見てきた姉さんの顔は、悲しそうな顔に見えたような気がした。
どうして悲しそうな顔をしたんだろうか? 昔は優しかったのに、姉さんはもう両親のように冷たくなってしまった。なのに、なんで悲しい顔をして私を見たんだ?
「じゃあ、僕は執務室に戻るよ」
ジョシュアはそう言うと、ニヤニヤと笑いながら手を振って駐屯地の方へと歩いていく。姉さんは彼に手を振り返さず、無視するように黙って魔法陣の模様を見つめていた。
「・・・・・・姉さん」
「もう姉さんって呼ばないでって言ってるでしょう・・・・・・?」
姉さんは小さな声で言うと、私の顔を睨みつける。ネイリンゲンの屋敷でそう言われた時も睨まれたけど、今の姉さんの顔はやっぱり悲しそうな感じがする。
そういえば、姉さんはどうして冷たくなってしまったんだろうか? 昔は私に優しくしてくれた姉さんは、騎士団に入団してから冷たくなってしまった。
騎士団で何かあったのだろうか?
「姉さん、なんで冷たくなってしまったんだ・・・・・・?」
「・・・・・・」
姉さんは答えてくれない。悲しそうな顔のまま俯いてしまう。
「姉さん・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
歯を食いしばってから俯くのを止めた姉さんは、再び私を睨みつけてから踵を返し、宿舎の方へと歩いて行ってしまった。
キャタピラとエンジンの音を聞きながら、俺は森の中を見渡していた。かつてエミリアと2人でナバウレアから逃げ出した時に通った道だ。2人とも金を持っていなかったから、魔物を必死に倒しながら野宿を繰り返し、何とかさっきのクガルプール要塞に辿り着いたんだ。
あの時は逃げようとしていた。でも、今は仲間たちを連れて、彼女を助けるためにナバウレアに攻め込もうとしている。
確か、ジョシュアが送り込んできたフランシスカと戦ったのもこの森の中だったような気がする。よく見ると木々が何本かへし折れ、地面が抉れている場所が見えた。
おそらく、フランシスカにぶっ放した対戦車ミサイルはあそこで爆発したんだろう。つまり、あそこがフランシスカが死んだ場所だ。
この森を越えれば草原がある。その草原を進んでいけば、ナバウレアがある筈だ。
俺は久しぶりに装備したパイルバンカーを確認し始める。ジョシュアとの戦いであいつの剣をへし折った強烈な杭はガントレットのようなカバーの中に収納されていて、そのカバーからは7発入りのマガジンとボルトハンドルが伸びている。
このパイルバンカーはボルトアクション式だ。スナイパーライフルと同じように、杭をぶっ放したらボルトハンドルを引く必要がある。
使用するにはグリップを展開しなければならないんだけど、使用しない時はグリップを折り畳んでおくだけでいいから、邪魔になることはないだろう。それにパイルバンカーの破壊力は役に立ってくれるに違いない。
「森を抜けたよ」
「おう」
キューポラのハッチから顔を出し、信也が報告してくる。
ナバウレアは要塞ではなく駐屯地だから守備隊の戦力はクガルプール要塞と比べるとかなり少ない筈だけど、ジョシュアの計画のために戦力が増強されている可能性もある。
俺はホルスターから取り出した2丁の水平二連ソードオフ・ショットガンをいじりながら、信也が立ててくれた作戦をもう一度確認することにした。
まず、レオパルトが砲撃で駐屯地を攻撃してナバウレアの防壁を破壊する。あとはフィオナに戦車の護衛をお願いし、俺が単独で駐屯地に突入してエミリアを救出する。
問題は、その守備隊の中に確実にエリスがいるということだ。俺の早撃ちを見切った上に接近戦では俺よりも手強い強敵で、俺とエミリアはネイリンゲンの屋敷での戦いで彼女に敗北してしまっている。
彼女の相手をせずにエミリアを救出するのは難しいだろう。もしエミリアを救出できても、また氷漬けにされてしまう可能性がある。やはりエミリアを救出する前に倒す必要があるだろう。
半年ぶりにラトーニウスの草原を眺めた俺は、静かにフードをかぶった。
エミリアを助け出したら、今度こそジョシュアの奴をぶっ殺してやる。最初に戦った時は止めを刺さなかったし、クガルプール要塞の時も片腕を吹っ飛ばしただけだったけど、今度は絶対に殺してやる。
「・・・・・・」
黒光りする武骨なソードオフ・ショットガンの銃身に、俺の顔が映った。拷問で受けた傷は全てフィオナに治療してもらったから傷痕すら残っていないんだけど、今の俺の顔つきは転生してきたばかりの頃よりも恐ろしい顔つきになっているように見えて、ぞっとしてしまった。
ああ、俺まで怪物になっちまった。
俺はソードオフ・ショットガンを腰の後ろのホルスターに戻すと、ため息をつきながら草原を眺める。
すると、草原の向こうにいきなり巨大な防壁のような建造物が見えた。クガルプール要塞の防壁よりは粗末だけど、明らかにあれば魔物の襲撃を防ぐために建てられている防壁だろう。
「ナバウレア・・・・・・」
俺とエミリアの旅が始まった場所だ。
呟きながらナバウレアを見つめていると、俺は防壁の近くに見慣れない建造物が建てられていることに気がついた。
10mほどの高さの柱のようだ。まるでリボルバーのシリンダーの中に装填されている弾丸のように6本の柱が配置されていて、表面は紅色に発光している。
あれは何だ? 俺は背中からOSV-96を取り出してスコープで確認しようとしたけど、長い銃身を展開する前にその6本の柱の上に真紅の光が出現し、柱たちの中央へと集まって巨大な球体を形成し始めたのが見えて、俺はすぐにアンチマテリアルライフルを背中に背負った。
『あれは・・・・・・! し、信也くん! 回避してください!』
俺の隣に乗っていたフィオナが、キューポラのハッチをすり抜けて中にいる信也に言った。やはりあれは、ナバウレアからの攻撃なんだろう。
「ミラ、回避!」
(了解!)
ナバウレアへと直進していたレオパルトが右へとカーブを開始する。俺は砲塔にしがみつくと、その真紅の光を睨みつけていた。
レオパルトがカーブを終えて草原をL字型に抉ったその時、6本の柱たちの中心に浮遊していた真紅の光がいきなり収縮したかと思うと、再び膨張して俺たちの方へと向かって飛んできた!
恐ろしい弾速だった。でも、それに相応しい砲弾のような音は全く聞こえない。ただ紅い光をまき散らしながら俺たちに向かって飛んで来るだけだった。
でも、発射される前にフィオナのおかげで回避を始めていたから、その紅い光がレオパルトの車体に飛び込んでくることはなかった。紅い光をばら撒きながらレオパルトが排出した排気ガスの真っ只中を突き抜け、森の方へと向かって飛んで行く。
「ありゃ何だ!?」
装填手の座席の方から、ギュンターが叫んだのが聞こえた。多分車内のモニターで今の攻撃を見ていたんだろう。
『今のは・・・・・・ゲイボルグ・・・・・・!?』
「ゲイボルグ?」
『はい。私が生きていた頃、オルトバルカ王国の魔術師が提唱した遠距離攻撃用の魔術です!』
フィオナが生きていた頃ということは、100年前ということになる。そんな大昔に提唱された魔術を、なんで魔術師の戦力に乏しいラトーニウス王国騎士団が所有してるんだ?
『今のうちに接近してください! 狙い撃ちにされちゃいます!』
「了解! ミラ、接近して! カレンさんは砲撃準備! 砲弾は徹甲弾! 目標、ゲイボルグ!」
「ヤヴォール!」
(ヤヴォールッ!)
まずは、あのゲイボルグを砲撃で破壊しなければならないようだ。
「兄さんは突撃準備を!」
「おう!」
カレンがあのゲイボルグを徹甲弾で吹っ飛ばしてくれたら、すぐに突撃しよう。ナバウレアに突入してエミリアを救出し、ジョシュアをぶち殺す。
間違いなくエリスと再び戦う羽目になるが、彼女を倒すしかない。彼女を無視してエミリアを救出しようとすれば、確実にまた氷漬けにされちまう。
「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「発射!」
信也が絶叫した瞬間、俺は隣にいたフィオナを抱き抱えながら両耳を塞ぐ。その直後、強烈なマズルフラッシュと砲声が俺とフィオナを飲み込んだ。