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異世界の国境

 狼の唸り声が銃声に掻き消される。唸り声をまるで上から塗りつぶしたかのような轟音は、俺たちに敵意を向けていた狼の唸り声だけでなく、その肉体さえも木端微塵に砕いてしまった。


 エミリアがバレットM82A2のトリガーを引き、俺たちに襲い掛かってきていた狼たちの1頭を叩き潰したんだ。ゴーレムの肉体さえも吹き飛ばす威力のある12.7mm弾を喰らった狼が無事であるはずがない。鮮血と毛皮と肉片を日が昇り始めた森の中に撒き散らし、血の臭いを更に強くする。


「くそっ! 数が多いな………!」


「おい、エミリア。俺まだ全然寝てないぞ!?」


 飛び掛かってきた狼の首にペレット・ブレードの刃を叩きつけて首を刎ねた俺は、背後から走ってきた狼に散弾の発射口を向けて発射ボタンを押し、噛みつこうとしていた狼の口の中を穴だらけにしてやりながら叫んだ。


 フランシスカという強敵の襲撃で、その前にエミリアは少しだけ眠る時間があったけど、俺は全く眠ることが出来なかった。彼女との戦いが終わった後も、更に追っ手が来るかもしれないからと警戒して眠らずに森を離れようとしたんだけど、俺たちに襲い掛かってきたのは騎士団の追っ手ではなく狼の群れ。逃げながら戦っているうちに日が昇り始めている。


 何とか襲われる前に弾薬が補充されたから応戦できているけど、もし補充されていなかったら弾切れを起こして逃走する羽目になっていたかもしれない。いくらステータスのおかげでスピードが強化されている俺でも逃げ切るのは難しいだろう。


 狼の群れと同時に眠気と戦いながら、俺は余っていたポイントで新しく作ったソードオフのウィンチェスターM1873をぶっ放した。カスタマイズでドットサイトを取り付け、銃身と銃床を短くしたせいで、ライフルというよりは小型のショットガンのような姿になっているレバーアクション式のライフルを、俺は左手で前後に振ってスピンコックしながら右手のペレット・ブレードで応戦した。


 レバーアクション式は、ボルトアクション式のライフルがボルトハンドルを操作する必要があるように、トリガーの周りにあるループレバーと呼ばれる部品を操作する必要がある方式の銃のことだ。


 アメリカが西部を開拓していた時代に登場したこのウィンチェスターM1873の弾丸が狼の頭を貫いたのを確認すると、俺は再び銃を前後に振ってスピンコック。ペレット・ブレードを振り回して狼が接近しないように威嚇すると、俺は狼と眠気を同時に追い払うかのようにウィンチェスターM1873のトリガーを引く。


 銃声のおかげで段々と遠ざかっていく眠気。でも、狼たちは全然遠ざかっていってくれない。俺たちに返り討ちにされた仲間の仇を討とうとしているかのように、唸り声を上げながら次々に襲い掛かってくる。


「力也、また空を飛んで逃げるか!?」


「馬鹿! 俺の右肩が壊れるって!!」


 右肩が脱臼か骨折するかもしれないほどの激痛だけでも勘弁してほしいのに、落下して地面に叩きつけられるという追撃がある。もう二度とあんな逃げ方はしないつもりなんだが、もしかしたらまたやる羽目になるかもしれない。


 俺はウィンチェスターM1873に装填していた弾丸がなくなったのを確認すると、銃身の右側に用意しておいた7発分の弾丸のホルダーから俺は次々に弾丸をチューブマガジンへと装填していった。狼たちの攻撃を回避しながら再装填リロードを済ませることができた俺は、振り払った俺の剣を躱して懐へと突っ込んできた狼の眉間を銃床で思い切り殴りつけてやると、地面に叩きつけられたその狼の喉元に銃口を突き付け、トリガーを引いて止めを刺した。


「やかましいんだよ! 寝かせろ!!」


 何だかイライラしてきた。フランシスカとの戦いを終えて疲れてるっていうのに、何でそのまま眠らないでこのうるさい狼の大群の相手をしなきゃいけないんだよ!?


 ウィンチェスターM1873を端末で用意した腰の右側のホルダーへと戻した俺は、左手のパイルバンカーのトリガーを展開すると、2頭の狼をまとめて杭の強烈な一撃で串刺しにした。銃声が狼の断末魔を掻き消し、その残響の陰からまた新たな狼の唸り声と遠吠えが沸いてくる。


 ボルトハンドルを引いて杭を元の位置へと戻した俺は、バレットM82A2の射撃から剣とHK45を使った近接戦闘に切り替えていたエミリアへと叫んだ。


「そろそろ逃げようぜッ!」


「そうだな。さっきよりも数は減っているし、大丈夫だろう」


 目の前から迫ってきた狼を45口径の弾丸で薙ぎ倒し、素早く振り向いて背後の狼を一刀両断するエミリア。長年訓練を積んだ彼女の剣技に、俺は次の狼が襲い掛かって来るまでの間だけ見惚れてしまう。


「よし、逃げるぞ!!」


 ハンドガンをホルスターに戻した彼女は、最後に狼を真っ二つにすると、剣を鞘に戻して走り出した。俺もペレット・ブレードに小型の散弾をもう一度装填してからすぐにぶっ放し、彼女と共に狼たちから逃げ出した。


 ちらりと後ろを振り返ってみると、唸りながら俺たちを追いかけてくる狼たちの後方には数えきれないほどの狼の死体が転がっていた。銃弾で貫かれた狼や剣で真っ二つにされた狼の死体が多かったけど、その中には散弾でぐちゃぐちゃにされた死体も転がっている。


≪レベルが7に上がりました≫


 まあ、あんなに倒したんだからな。しかもフランシスカを倒した分もあるから、またすぐにレベルが上がるだろう。俺は逃げながら端末を確認しようと思ったけど、段々とまた背後から迫ってくる狼たちの唸り声が近くなり始めていることに気付き、ステータスの確認は後回しにすることにした。


 





「や、やっと着いた………っ!!」


 狼の群れから何とか逃げ切り、森の中にあったボロボロの小屋で1時間だけ睡眠時間を取ることができた俺たちは、ラトーニウス王国とオルトバルカ王国の国境の近くにあるクガルプールという街へと到着した。狼に追いかけられたおかげで予定よりも早く到着できたのはありがたかったけど、少ない睡眠時間と走らされ続けたせいで俺たちは疲れ切っていた。このまま国境を越えられればもうジョシュアの追っ手から逃げる必要がなくなるんだが、出来るなら休みたいところだった。


 金があるなら宿に泊まって休むことができたんだけど、俺たちは全く金を持っていない。だから宿を取ることもできず、野宿するしかなかった。


 クガルプールはナバウレアよりも大きな街だった。俺が最初に行った街よりも大きいかも知れない。でもオルトバルカ王国との国境に近いせいなのか、国境側にはナバウレア並みの防壁が立っていて、騎士たちがしっかりと警備していた。街の中にも槍を構えた騎士たちが立っていて、住民たちを見張っているようだ。


 門の外から街の中を確認した俺は、端末を操作して背中のバレットM82A3とエミリアのバレットM82A2の装備を解除する。ちなみにエミリアに渡していた分の武器も俺が装備していたことになっているらしい。つまり、彼女に渡していたバレットM82A2も俺が装備していたことになっている。2丁のアンチマテリアルライフルを使ってたことになってるのかよ………。凄いな。


「騎士が多いな…………」


「だが、まだナバウレアから私たちの事は伝わっていない筈だ」


「どうしてだ?」


「もしクガルプールの守備隊にも私を連れ戻すようにジョシュアが指示を出していたのならば、守備隊の戦力を少し私たちへと差し向けてもおかしくはないだろう? それに、フランシスカと挟み撃ちにすることもできた筈だ」


 そういえばこの世界には無線とか電話はないんだよな。もし無線があったら、本当にフランシスカとの戦いの最中に挟み撃ちにされていたかもしれない。


 エミリアから聞いたんだが、騎士団では離れた位置にいる味方に情報を知らせる時は、伝令が飛竜に乗って伝えに行くらしい。飛竜ってドラゴンのことだよな? 確かにドラゴンに乗ってれば撃墜されることもないだろうし、安全な情報の伝え方なのかもしれない。


「なら安心だな」


「ああ。だから今のうちに街を通り抜けてしまえば――――」


 目の下にクマを浮かべながら言うエミリア。国境さえ越えればオルトバルカ王国でゆっくり眠ることもできるさ。金も稼げるようになるだろうし、野宿をすることもなくなるだろう。


 彼女の言葉を聞きながら空を眺めていた俺は、空を舞っていた飛竜がゆっくりと高度を落とし始め、防壁の方にある騎士団の要塞へと降り立ったのを見て、安心が一気にぶち壊されるんじゃないかと思った。


「………エミリア。今の飛竜ってさ、まさか俺たちの事を伝えに来た伝令のやつじゃないよね?」


「…………」


 降り立った飛竜から飛び降りた伝令が、迎えに出てきてくれた騎士に書類のような紙を手渡すと、何かを話してから再び飛竜の背中に跨る。その様子を門の外から眺めながら目の下にクマが浮き出たエミリアに俺は問いかけたけど、エミリアは口を開けたままその光景を眺めているだけで答えてくれなかった。








「うわ………」


 森の中に伏せながらバレットM82A3のスコープを覗き込んだ俺は、クガルプールを警備する騎士たちの数に驚いていた。狙撃補助観測レーダーによると、クガルプールを警備している騎士たちの数は200人以上。さっきまで俺たちが要塞の様子を覗いていた門の周囲には騎士たちの検問所があり、上空には騎士を乗せた飛竜が何体も飛行している。街の中を警備する騎士の人数も増員されているようだ。


 このままクガルプールの中に入るのは危ないと判断した俺たちは、様子を見るために1.8㎞も道を引き返し、森の中から街を見張っていた。守備隊の騎士たちもそこから見張られているとは思わないだろう。


 あんなに警備が厳重になったのは間違いなくあの伝令の情報のせいだ。そしてその情報は、間違いなく俺たちの事だろう。


 敵の数を確認した俺は、ため息をついて目を擦った。俺の隣では、俺と同じくなかなか睡眠時間が取れなかったエミリアが眠っている。俺も出来れば寝たいんだけど、俺まで寝てしまったらその間に2人とも魔物に襲われてしまうかもしれないし、騎士団がこっちまで来るかもしれない。


 エミリアが目を覚まして見張りを交代してくれるまでの我慢だ。それまで俺は街を見張り、国境を越えるための作戦を考えなくちゃいけない。


 200人の騎士と飛竜の警備をどうやって突破し、オルトバルカ王国へと逃げ込むか。強行突破すれば街が火の海になるし、こっちも危険だ。見つからないように国境を越えるのも難しいだろう。


 フランシスカが俺たちを襲撃してきたということは、俺たちがオルトバルカ王国を目指して逃げているということはもうジョシュアも知っているということになる。さすがにオルトバルカ王国まで俺たちを追いかけていくわけにはいかないからな。


 スコープとレーダーを活用して要塞を見張っていると、俺たちの頭上を1体の飛竜が通過していくのが見えた。野生の飛竜ではなく騎士団のものだろう。背中に誰かが乗っているのも見えたからな。


 また伝令か? 俺はアンチマテリアルライフルのスコープをその飛竜の背中へと向け、背中に乗っている奴を確認する。スコープの向こうに見えたのは、黄金の装飾が付いた白銀の鎧を身に纏った金髪の男だった。


「ジョシュア…………!」


 ナバウレアで俺に惨敗し、しかも許嫁であるエミリアを連れ出された男。俺を殺してエミリアを連れ戻すためにわざわざナバウレアからここまで来たのか。


 俺はスコープから目を離すと、要塞へと降り立っていくジョシュアの飛竜を睨み付けた。




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