クガルプール要塞に向かうとこうなる
荷馬車の荷台の上で、私はネイリンゲンで私と戦った少年が持っていた1.7mくらいの槍のような武器を見つめていた。先端部にあるT字型の部品の下にはナイフのような部品が取り付けられているんだけど、この武器は槍ではなく飛び道具だ。
ハルバードでもガードできないような何かを放ってくる飛び道具だったわ。おそらく、騎士団の大型の盾でも防御することは出来ないでしょうね。
しかも、高熱を発する何かを射出することも出来るようだったわ。
槍のような武器の上には、望遠鏡のような部品が取り付けられていた。私は少しだけこの槍のような武器を持ち上げると、その望遠鏡のような部品のレンズを覗き込んだ。
遠距離の敵を確認するために、騎士団も望遠鏡を使っているけど、この武器に搭載されている望遠鏡のような部品は騎士団の望遠鏡よりも遠くを見る音が出来るようになっていたわ。この望遠鏡を覗きながらあの飛び道具で攻撃すれば、かなりの超遠距離から敵を狙撃する事が出来るわよ。
防御が出来ない上に、超遠距離から狙撃が出来る武器だとでもいうの!?
これがモリガンの武器・・・・・・!
「恐ろしい武器ね・・・・・・。いったい誰が作ったのかしら?」
「奴らの仲間も、このような武器を持っていました」
一緒に荷馬車に乗っていた騎士がそう言った。
「誰が作ったんでしょう? 優秀な鍛冶屋でもあの街にいたんですかね?」
「いや、ハイエルフやダークエルフの技術ではないのか?」
荷馬車の上で仲間の騎士たちが仮説を次々に建て始めるけど、明らかにどの仮説も外れているわね。
もしこの武器を作ったのがハイエルフやダークエルフならば、使う時に魔力を流し込まなければならない筈よ。でも、ネイリンゲンでこの少年と戦った時、全く魔力は感じなかったわ。
魔力を全く使わない武器ということね。
もしこの武器を騎士団の魔術師たちが解析する事が出来れば、ラトーニウス王国騎士団は世界最強の騎士団になる。ヴリシア帝国やオルトバルカ王国の騎士団を蹂躙する事が出来るようになるわ。
「エリス様、クガルプール要塞です」
荷馬車を引く馬の向こうに、巨大な防壁が見えてくる。オルトバルカ王国とラトーニウス王国の国境近くにある、クガルプール要塞だった。
高い防壁で囲まれている要塞で、ラトーニウス王国側の方には街もある。かつてこの少年がエミリアを連れ去る時にたった2人で突破し、ジョシュアの左腕を吹き飛ばしていった場所でもあるわ。
防壁の門がゆっくり開き、エミリアを連れ去ってきた私たちを迎え入れてくれる。要塞の防壁の内側では、守備隊の騎士たちが整列して私たちを出迎えてくれた。
「よくやった、エリス」
「ジョシュア・・・・・・」
荷台の上から氷漬けになったエミリアを部下に下ろしてもらっていると、整列している騎士たちの向こうから派手な防具に身を包んだ金髪の少年がやって来るのが見えたわ。
彼は氷漬けになったエミリアに近づいていくと、右手で彼女の頬を撫で始めた。
「久しぶりだね、エミリア。会いたかったよ」
「・・・・・・凍傷になるわよ。さっさと手を離しなさい」
彼がエミリアの頬を撫でているのを見たくなかっただけよ。彼が凍傷にならないように心配したわけではないわ。
「彼も連れて来たわ」
「・・・・・・へえ」
荷台の上から、氷漬けになった少年を地面に下ろす。自分の左腕を吹っ飛ばした恨めしい相手を対面したジョシュアは、気を凍っている彼の頭を踏みつけながら彼を見下ろした。
「彼の武器も一緒よ。魔術師ならば解析できるかも」
「良くやった、エリス。さすがは我が王国の切り札だな」
「それで、彼はどうするの?」
「武器とギルドの事について吐かせてから処刑する。・・・・・・司令、彼を痛めつけてやってくれ」
「はい、ジョシュア様」
ニヤリと笑いながらジョシュアに返事をしたのは、このクガルプール要塞の司令官だった。初老の司令官は部下に命令すると、少年を要塞の地下にある牢獄へと連れて行かせる。
「エミリアは?」
「ナバウレアに連れて行こう。―――その前に、僕も彼を痛めつけてから行く。エリス、君も来い」
地下にある牢獄であの少年を拷問してからナバウレアに行くつもりなのね。
私は荷馬車の荷台に再び乗せられた氷漬けのエミリアを見つめてから、ジョシュアの後について行った。
目を覚ました瞬間に流れ込んでいたのは、血と膿と黴臭い空気が混ざり合った臭いだった。まるで埃まみれの地下室で、化膿した傷口の臭いを嗅がされたような悪臭のする部屋の中で、どうやら俺は壁に両腕と両足を縛りつけられているようだった。
制服の上着は脱がされていて、身に着けていた筈の武器と端末は見当たらない。おそらく奪われてしまったんだろう。
部屋の壁にはランタンがいくつか掛けられていて、埃だらけの部屋の中を照らし出している。俺のすぐ目の前には、火のついた石炭が入っている火鉢が置かれていた。その火鉢の中には、真っ黒な金属の棒が突っ込んだままになっている。あれは焼き印だろうか?
部屋の壁には拷問に使うような道具や武器がいくつもずらりと並んでいるのが見えた。
「―――久しぶりだな、余所者」
「ジョシュア・・・・・・」
壁に並んでいる道具を見渡していると、目の前から派手な防具に身を包んだ金髪の少年がやって来るのが見えた。彼の後ろには、ラトーニウス王国騎士団の防具に身を包んだエミリアにそっくりの少女もいるようだ。
「左腕の調子はどうだ?」
ニヤリと笑いながら、俺はジョシュアに言った。ジョシュアは俺を睨みつけながら、壁に掛けられている武器の中からレイピアを取り出すと、レイピアを鞘の中から引き抜いて俺の方に近づいて来る。
「お前のせいで、義手を付ける羽目になったよ。――――お前のせいだッ!」
「ぐあッ!!」
鞘から引き抜いたレイピアを、叫びながら俺の左腕に突き立てるジョシュア。細い刀身が俺の左腕に突き刺さり、少しずつ切っ先が皮膚にめり込んでいく。
やがてレイピアの切っ先が俺の皮膚を食い破り、筋肉を引き裂きながら反対側から突き抜けて行った。背後の壁からレイピアの刀身がぶつかる音が聞こえる。
「よくも僕の腕を吹っ飛ばしてくれたな。お前のせいで腕を治療してもらった後、義手が完成するまでずっと鎮痛剤を投与し続けてたんだぞ! 許婚を連れ去られた上に左腕を失ったんだ!」
「くっ・・・・・・。ははは・・・・・・。それはよかったじゃないか」
「黙れよ・・・・・・!」
ジョシュアは俺の顔を殴りつけてから、左腕に突き刺さっているレイピアを思い切り引き抜いた。レイピアが再び俺の筋肉を引き裂きながら引き抜かれていく。ジョシュアは血まみれになったそのレイピアを埃まみれの床の上に投げ捨てると、火鉢の中に突っ込んだままにされていた金属の棒を真っ赤になっている石炭の中から引っ張り出した。
先端部が真っ赤に変色しているその鉄の棒を、ゆっくりと俺の方に近づけてくる。
そして。真っ赤になった先端部をレイピアで貫かれた傷口に押し当てた!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ハッハッハッハッハッ! 熱いだろ!? でも、僕は腕を吹っ飛ばされたんだ。もっと辛かったんだよぉ! ほら、もっと押し込んでやるよ!」
「ああああああああッ!! こ、このクソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
真っ赤になった金属の棒の先端部を俺の傷口に押し込みながら笑うジョシュア。左腕を焼かれながら、俺はジョシュアの顔を睨みつけて絶叫していた。
絶対に殺してやる! エミリアを助け出したら、こいつの眼球に焼き印を突っ込んでやるからな!!
ジョシュアは俺の左腕の傷口からゆっくりと真っ赤になった金属の棒を引き抜いた。真っ黒になった皮膚があらわになる。
フィオナのエリクサーがあれば治療する事が出来るんだが、そのエリクサーも敵に奪い取られてしまっている。つまり、この傷を塞ぐ方法はない。
「では、後は頼んだぞ」
「はい、ジョシュア様」
ジョシュアはその金属の棒を再び火鉢の中に戻すと、腕を組みながら下を向いて俺が左腕を焼かれているのを見ないようにしていたエリスを連れ、部屋の奥にあるドアの向こうへと向かった。
エリスは、俺が左腕を焼かれていたところを見ていなかったようだった。まるで見たくなかったかのようだ。
2人がいなくなった後、残った1人の騎士が腕を焼かれたばかりの俺を見ながらニヤリと笑った。どうやらこいつが、今から俺に拷問をする騎士らしい。
「おい、ガキ。お前の持っていた武器とギルドの事について吐いてもらうぞ」
「言うわけないだろ、馬鹿・・・・・・!」
「そうか」
騎士は楽しそうに笑いながら、壁に立て掛けられていた金属製の棍棒を拾い上げた。
弾薬がどっさりと入った箱をいくつも詰め込み終えた僕は、屋敷の裏庭に鎮座している戦車の車長の席に腰を下ろし、端末で戦車の装備を整えながら仲間たちが出撃の準備を終えるのを待っていた。
今まで全くカスタマイズがされていなかったこのレオパルト2A6には、様々な装備が追加されていた。まず、砲塔の上にイスラエル製の戦車が搭載しているアクティブ防御システムのトロフィーが追加された。本来ならば迎撃に散弾を使うんだけど、この世界の騎士たちは投石器なども使用することがある上に遠距離から魔術で攻撃してくるため、散弾ではなく大口径の20mm速射砲を搭載したターレットを装備している。この20mm速射砲は迎撃用の通常弾だけではなく、対人用のエアバースト・グレネード弾も射出できるようになっていて、切り替えは車長が座席の脇にあるコンソールで行うようになっている。
他にも、接近してきた敵兵を迎え撃つために、砲塔の両脇にSマインの発射管が追加されている。Sマインというのは第二次世界大戦の頃にドイツ軍が開発した地雷だ。このレオパルト2A6に追加したのは、そのSマインを改良したものだ。グレネードランチャーのように発射管から射出して炸裂させ、接近してきた敵兵を頭上から無数の鉄球をばら撒くようになっている。つまり、このレオパルト2A6に接近した敵兵は、頭上から無数の鉄球に襲われることになる。彼らが身に着けている防具すら貫通するため、防具で防御するのは不可能だ。
今回の相手は魔物ではなく人間の騎士たちであるため、対人用の装備をいくつも追加していた。
「やっとこいつが実戦で戦うんだな」
「はい、ギュンターさん」
最後の弾薬の箱を車内に運び終えたギュンターさんが、額の汗を拭いながらそう言った。彼には装填手を担当してもらうことになっている。
彼の隣には砲手の座席があって、そこには既にカレンさんが腰を下ろしていた。照準器の点検を終えたカレンさんは、ホルスターの中に納めていたイタリア製ハンドガンのベレッタM93Rをチェックし、すぐにホルスターに戻す。
2人の前の方の座席に座って操縦用のレバーを握っているのは、操縦士を担当するミラだ。今まで何回かこの戦車に皆で乗ったことがあったけど、いつも彼女はこの戦車を操縦したがっていた。皆で温泉に行った時は楽しそうに操縦士の座席に腰を下ろしていたんだけど、今の彼女は全く笑っていない。
今から僕たちは、兄さんとエミリアさんを助けるために、オルトバルカ王国の国境を超えてラトーニウス王国にたった1両の
主力戦車で殴り込みをしに行くんだ。
「照準器、オールグリーン。射撃管制装置も異常ないわ」
「各種砲弾も準備よしだ。ミラ、そっちは?」
(エンジンに異常なし。キャタピラにも問題ないよ。いつでも行ける)
「アクティブ防御システム、正常。対人装備も問題なし。――――ミラ、フィオナちゃんからの連絡は?」
フィオナちゃんには、実体化を解除した状態で敵の騎士たちの尾行をお願いしていた。彼女は幽霊だから、壁をすり抜けたり姿を消す事が出来る。だから、彼女にラトーニウス王国騎士団を尾行してもらっているんだ。
(力也さんはクガルプール要塞にいるみたいだよ)
クガルプール要塞か。確か、ラトーニウス王国との国境にある大きな要塞で、兄さんとエミリアさんがこの国に逃げて来た時に突破してきた要塞だった筈だ。
きっと兄さんは、そこで拷問を受けているに違いない。早く2人を救出しなければならない。
「分かった。・・・・・・では、今から僕たちは、ラトーニウス王国に向かって進軍を開始します。目的地はクガルプール要塞。そこで兄さんとエミリアさんを救出し、要塞を守っている守備隊を殲滅します」
これはクライアントから受けた依頼ではない。仲間を助け出すための、モリガンというギルドとしての戦いだ。
「捕虜を取る必要はありません。投降してきても関係なく殲滅します」
「はははっ。信也も容赦なくなったな! 旦那みたいだ」
装填手の席でギュンターさんが笑う。
確かに、兄さんも敵には全く容赦はしない。でも、あの騎士団は僕たちの大切な仲間を連れ去り、痛めつけているんだ。だから報復しなければならない。
僕はメガネをかけ直すと、車長の席に腰を下ろしながら叫んだ。
「――――レオパルト、出撃ッ!」
(ヤヴォール!)
ネイリンゲンの屋敷の裏庭に、レオパルト2A6のエンジンとキャタピラの音が響き渡った。
今からこのドイツ製主力戦車はたった1両で国境を超えて、敵の騎士団と要塞に戦いを挑むんだ。
僕はキャタピラとエンジンの轟音を聞きながら、ラトーニウス王国の国境のある方向を睨みつけた。
ついにレオパルトの出番です!