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領主と試練

第八章スタートです。よろしくお願いします!

 鞘から刀が引き抜かれる音を聞いた僕は、冷や汗を制服の袖で拭い去りながら目の前の少年を睨みつけた。僕はモリガンのメンバーの中で一番弱いため、あまり実戦を経験したことはない。依頼を引き受けても、後方で味方に指示を出したり、敵の背後で破壊工作を行う事が多いんだ。だから、敵と睨み合った時の威圧感にはあまり慣れていなかった。


 汗を拭い去るのを止めた僕は、袖の中に隠していた2本のスペツナズ・ナイフを取り出して逆手に持つと、息を吐きながらナイフを構える。僕の目の前に立っているのは、フードの付いた漆黒のオーバーコートを身に纏った僕にそっくりの少年だ。フードには、ハーピーの真紅の羽根が飾られている。


 彼は僕の兄の速河力也。半年前に車上荒らしに殺されてこの世界に転生してきた転生者で、他の転生者を何人も葬っていることから『転生者ハンター』と呼ばれている猛者だ。このモリガンという傭兵ギルドのリーダーでもある。


 転生する前は24歳だったんだけど、転生した後は僕と同じ17歳まで若返っていたんだ。だから、僕たちの顔はまるで双子のようにそっくりだった。


「―――準備はいいか?」


「―――うん」


「よし」


 兄さんは左手の小太刀を逆手に持ち、右手に持っている日本刀を構える。でも、あの日本刀はただの日本刀ではない。レリエルとの戦いで破壊されたアンチマテリアルソードをアップグレードしたことで形状が変化した『アンチマテリアルブレード改』という名称の刀だ。ライフルのような形状から刀のような形状に変化していて、ライフルの銃床とマガジンは見当たらない。でも、鍔の代わりにボルトアクション式のライフルに装備されているボルトハンドルが用意されていて、その近くからは再装填リロードの際に掴むためのキャリングハンドルが突き出ている。更に、照準を合わせるためのドットサイトも搭載されている。


 今から始まるのは、兄さんとの模擬戦だ。だからさすがにあの刀が持つ機能は使って来ないだろう。兄さんの右手の指は柄にあるトリガーから離れていた。


「行くぞ」


「ああ!」


 兄さんはそのまま腰を低くし―――踏ん張った場所から土煙を爆炎のように吹き上げながら、凄まじい速度で正面から突っ込んできた!


 今の兄さんのレベルは187。僕の今のレベルは24のままだ。ステータスは当然ながら兄さんが全て上回っているし、兄さんは何度も実戦を経験している。


 確か、兄さんのスピードのステータスは20000を超えていた筈だ。まだスピードが983の僕では絶対に追いつけない。


 僕はナイフを構えながら、正面から突っ込んで来る兄さんを睨みつけていた。この攻撃はガードするべきだろうか? でも、兄さんの攻撃力ならば簡単にガードは弾き飛ばされてしまうに違いない。それに、ステータスが20000を超えている転生者の剣戟を見切ってガードするのは不可能だろう。


 だから、僕は右に回避した。兄さんが振り下ろしたアンチマテリアルブレード改の漆黒の刀身は僕の左肩を掠めると、僕の足跡が残っている地面を蹂躙した。


「て、手加減してるんだよね!?」


「当たり前だろ!」


 舞い上がった土煙と小石を小太刀で引き裂き、土煙の中から兄さんが飛び出してくる。僕は左手のスペツナズ・ナイフを振るって兄さんの小太刀を受け止めると、右手のスペツナズ・ナイフで兄さんの刀を何とか受け止めた。


 でも、この攻撃も回避するべきだったのかもしれない。もちろん攻撃力のステータスも兄さんの方が上で、鍔迫り合いになれば兄さんが必ず勝つことになる。しかも、その強烈なパワーを受け止めなければならないから僕は動く事が出来ないんだ。


 兄さんの刀を必死に受け止めていると、突然兄さんの左足が浮き上がった。そのまま左足の膝が、鍔迫り合いをしている最中の僕の腹に向かって撃ちあがって来る。


「ぐぅッ!?」


「回避するべきだったな、信也」


 強烈な膝蹴りが、僕の腹にめり込んだ。僕はスペツナズ・ナイフを手放すと、そのまま腹を押さえて地面に崩れ落ちてしまう。


 兄さんは崩れ落ちた僕に右手の刀の切っ先を向けて「ここまでだ」と言うと、両手の刀を鞘に戻した。


「ま、また負けた・・・・・・・・・」


「何言ってんだ。お前も強くなってるんだぞ?」


 確かに、最初のあの攻撃を避けることは出来たけど、たった3回の攻撃でやられたんだよ?


 兄さんは呻き声を上げている僕に手を伸ばすと、そのまま僕の手を握って立たせてくれた。僕は膝蹴りを叩き込まれた腹を左手で押さえながら、さっき手放してしまったスペツナズ・ナイフを何とか拾い上げる。


「エミリアにも褒められたんだろ? 素早くなってるってさ」


「そうだけど・・・・・・」


「エミリアは手加減しないからなぁ」


 ちなみに、昨日はエミリアさんと模擬戦をやった。もちろん僕の惨敗だったよ。エミリアさんの剣戟は強烈な上にかなり素早かったから、ずっとガードしてた。反撃できたのはたった4回だけで、全部ガードされっちゃったけどね。


「みんな強過ぎるんだよ・・・・・・」


「傭兵ギルドだからな。・・・・・・とにかく、お疲れさん。あとは自分で訓練するか休んどけよ?」


「うん。ありがと、兄さん」


「おう」


 僕はナイフを袖の中に用意している鞘に戻すと、まだ左手で膝蹴りを喰らった腹を押さえながら屋敷の中へと向かった。


 かなり強烈な蹴りだったんだけど、肋骨は1本も折れていないようだ。やっぱり兄さんは手加減してくれていたらしい。攻撃力のステータスが20000を超えている兄さんが本気で僕を蹴ってきたら、きっと爆弾で吹っ飛ばされたみたいにバラバラにされてしまうだろう。


 階段を上った僕は、まだ腹を押さえながら自室の部屋のドアを開けた。


(シン、お帰りっ!!)


「わぁッ!?」


 ドアを開けた瞬間、ミラがいきなり部屋の中から僕に向かって飛びついてきた! しかも飛びついてきたのはさっき膝蹴り喰らった場所だ。再び呻き声を上げながら後ろに倒れると、僕に飛びついたミラが僕の胸に頬ずりを始める。


(訓練お疲れさま。会いたかったよ、シンっ!)


「み、ミラ・・・・・・。部屋に入りたいんだけど・・・・・・」


(ん? ああ、そうだね!)


 ミラはそう言って僕の胸から頬を離すと、起き上がったばかりの僕を部屋の中へと連れて行き、部屋のドアを閉めた。


 僕はため息をつきながら制服の上着を脱いでYシャツ姿になると、赤いネクタイを外してから頭にかぶっていた黒い軍帽を壁に掛ける。


 壁に掛けた軍帽から手を離した瞬間、僕が制服を脱ぐのを待っていたミラが再び横から飛びついてきた。僕は「ぎゃっ!?」と声を上げながら横に倒れ、床に側頭部を強打してしまう。


 そして、ミラは倒れている僕にのしかかってくると、再び僕の胸に頬ずりを始めた。


「み、ミラ・・・・・・? ちょっと離れてくれる?」


(やだっ!)


「えぇッ!?」


 出来れば離れてほしいんだけどなぁ・・・・・・。僕は両手で彼女の肩を掴んで引き剥がそうとするんだけど、ミラはなかなか僕から離れてくれない。


「ミラ、お願いだから・・・・・・!」


(やだぁ・・・・・・!)


 彼女を引き剥がそうとしていると、ミラはハーフエルフの長い耳を垂らし、涙目になりながらすぐ近くで僕の顔を見つめ始めた。


 涙目になった彼女を引き剥がせるわけがない。思わず彼女の肩から両手を離してしまった僕は、その離した両手で僕の上にのしかかっているミラを抱き締めてしまう。


「・・・・・・分かったよ」


(やった!!)


 僕に抱き締められたまま頬ずりを再開するミラ。僕は少し顔を赤くしながら彼女を抱き締め続けた。









 草原の向こうに見えてきたのは、巨大な防壁だった。


 魔物が狂暴化したせいで世界中の都市や村は魔物の攻撃を受ける危険性があるため、魔物に頻繁に襲撃される街では周囲に防壁を建造していることが多い。ネイリンゲンは周囲の草原に魔物があまりいないから、防壁が建造されることはなかった。


 ここは私の実家がある『エイナ・ドルレアン』という街だった。ネイリンゲンから北に向かって草原を馬で走っていれば、半日くらいで到着する事が出来る。


「お嬢様、お久しぶりです」


「ええ、久しぶりね。様子はどう?」


 防壁の門の前で警備をしていた騎士に尋ねると、彼は左手を腰に当てながら笑った。


「最近は魔物があまり襲って来ないので、退屈です」


「良い事よ。・・・・・・父上は?」


「はい。屋敷でお待ちになられています」


「ありがと。警備頑張ってね」


「はい!」


 私は警備していた騎士に手を振ると、街の中へと続く門を潜った。


 私がこの街に戻ってきたのはネイリンゲンの屋敷に実家から手紙が届いたからで、その手紙を送ってきたのはドルレアン家当主の私の父だった。


 手紙には、そろそろ私を領主にするための試練を行うと書かれてあったわ。その試練を終えれば、私は父の後を継いで領主になるということね。


「全く変わらないわね・・・・・・」


 門を潜って生まれ育った街の光景を眺めた私は、そう呟いた。


 すぐ目の前にある大通りには相変わらず露店がずらりと並んでいて、街の人々が集まっている。大通りの入口の近くには鍛冶屋があって、これから防壁の外に出ていく傭兵たちや騎士たちが武器や防具をそこで購入していた。幼少の頃によく他の貴族の子供とここまで追いかけっこをしてきたことがあったけど、この光景はあの頃からずっと同じだった。


「おう、お嬢様!」


「おじさん、お久しぶり!」


 街並みを眺めていると、鍛冶屋のカウンターの奥にいたおじさんが私に声をかけてきた。


「ネイリンゲンの傭兵ギルドに入ったらしいじゃないか。どんなところだ?」


「メンバーは少ないけど、みんなかなり強いわよ。それに仲間はみんな優しいし、良い所ね」


「ガハハハッ! そうか! ところで、今日は何で帰ってきたんだ?」


「父上に呼ばれたのよ」


「へえ、ウィリアム様にね」


 おじさんは顎髭を指先で弄ると、腕を組んだ。


「じゃあな、お嬢様!」


「ええ。仕事頑張ってね!」


「おう!」


 おじさんに手を振った私は、目の前の大通りに向かって歩き始めた。私の実家はこの街の中心にあるから、早く到着するにはこの大通りを通過して行かなければならないの。


 父上から渡された手紙には、試練の内容は全く書かれていなかった。きっと、家に到着してからどんな試練なのか教えられるのね。


 一応愛用のマークスマンライフルとSMGサブマシンガンは持ってきたわ。もしかしたら強力な魔物を倒して来いって言われるかもしれないからね。銃があれば、魔物は簡単に倒す事が出来るわ。


 私は変わらない光景を眺めながら、街の中心へ向かって歩き続けた。



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