男はつらいよ(?)
絵の具で描いたかのような鮮やかな青空に、疎らになった白い雲がふわふわ浮かんでいる。
なぜか詩みたいな表現になっているのはきっと気の所為だ。
「おっはよっす、秀司」
「ういっす。 おはよ」
校門の手前の信号で明に会った。
なんかこうやって普通に登校するのすごい久しぶりだな。
いつもはこれが当たり前だったのに最近は不良に巻き込まれたりと大忙しだっただったからな。
俺は非日常なんて望んでないし、異世界なんて興味ない。やっぱり普通が一番だな。
「秀司も朝からしけた顔してるな〜 最近イベントが多すぎて少し老けたんじゃねぇか? 」
「失敬な。自らを顧みていたと言え! 人を老人みたいに言いやがって……! 」
まったく…… まぁいい。久しぶりの日常だしのんびりやっていこうじゃないか。
「せーーんぱーーい! おっはよーーございまーーす! 」
日常が三秒で崩れた。猛ダッシュで昨日の美少女後輩がこちらに突っ込んで来る。「頑張る」とか言ってたけど、気が早すぎるだろ。
「え!? 秀司いつからこんな美少女と知り合いになったんだよ! 俺に紹介してくれよ〜 」
「滝島先輩、おはようございます。ワタシは上堂美咲と申します。シュウ先輩のお嫁さんを目指していますのでよろしくお願いします! 」
つんつん
ん?
「なあ、秀司あの子は一体何なんだ?
ひょっとして昨日の呼び出して…… 」
「しーーっ! 声が少しでかいぞ」
「はい、そうです。滝島先輩がおっしゃる通りワタシは昨日シュウ先輩に告白して振られました。でも! まだワタシは諦めてません!! 」
「おはよう、上堂さん。その気持ちはすごい嬉しいけど是非声のボリュームを落としてもらえないだろうか」
明からも含めて周りの人の視線が痛い。特に男子からは殺気もたっぷり込めて、恨めしそうにこちらを睨んでいる。
やめてくれ。男子に見つめられても全然嬉しくないぞ。
「そう言えば気になってたんですけどーー。「 上堂さん」って呼ぶのやめて頂けませんか? 」
「え……? じゃあ、上堂さ……ま……? 」
「ちーーがーーう! 「美咲」って呼んでください!さん、はい! どうぞ! 」
「えっと……美咲……? 」
「そうです! わかりましたね! ちなみにワタシも先輩のことはシュウ先輩と呼ぶので覚えといてくださいね〜!
では〜! 」
それだけ告げて彼女は走り去ってしまった。まるで嵐のような子だな。
「秀司マジでふざけんなよ……! あんな可愛い子振っといてなに名前で呼びあってんだよ……! 」
周りも同調するかのようにうんうんと頷く。 そんなの俺だって聞きたいよ。
「リア充死ねーーーー! 」
いや、付き合って無いし。リア充じゃないし。
そんな俺の弁解も虚しく、男子に追い回されることになった。
なんやかんやあったけどなんとか教室についた。今日は百人一首の暗唱テストだったはずだ。 ちらほらと教科書を出して勉強しているやつを見かける。
追いかけるのを止めた明が両手を挙げて降参の意を表し、こちらに向かってきた。
「城宮さんいつも一人だよな 。彼女は自分から話しかけないのか? 」
「わからん 。話しかける必要を感じないんじゃないか? 」
そう、姫は教室でいつも一人なのだ。まれに話しかけようと試みる勇者がいるのだが、彼女の近寄りがたい高貴なオーラの前に蛇に睨まれた蛙のように固まってしまうのだ。
それは男子に置いても同じで、姫と話したいやつは多くいるのだが誰も近寄れない。何故かダメなのだ。
姫が美人で完璧ないわゆる才色兼備なのに彼氏が居ないのはこのためだ。
姫は最近ドラマ化された推理小説を読んでいた。 集中して気づいていないのか、ブックカバーが外れかけている。
綺麗に整えられた長い黒髪は煌びやかに仕上がっていて、椅子に掛かって艶 を出している。
「秀司もストーカーなんて止めて話しかけてみればいいじゃん。何か変わるかもしれないぞ。」
「無理。出来たらとっくにやってる。あとストーカーなんてとか言うなよ。ストーカーにも醍醐味あるぞ……! 」
ストーカーは愛でるべき対象である姫の行動を観察することで趣味嗜好を本人にバレることなく学ぶことができ、それでいて自分という存在が相手に認識されないからバレない限り自分のイメージを損なうことはあり得ない(そもそも姫が俺に対してイメージを持っているかは微妙だけど……)。
簡単に言えばローリスクハイリターンなのだ。こんな美味しい体験を自ら辞退するなんて絶対するもんか。
「お前心の底からゲス野郎だな…… 大体それ犯罪だし……。それにローリスクハイリターンって格好付けてるけどただのヘタレだよな」
黙れ!ストーカー未経者のお前にストーカーの魅力なんて分かるもんか!
「いや、ストーカーっていうのはな……」
ガラガラ
「よし 、朝の会始めるぞ〜 みんな席に付けー」
ストーカーの是非について話し合っている間にずいぶんと時間が経っていたようだ。仕方ない、戻るか……
◆◇◆◇
何度欠伸したか分からない退屈な午後の授業を終えて、俺は帰路に着こうとしていた。
春の代名詞とも言える桜はすっかり舞い散ってしまって、なんだかわびしい。
ちなみに部活には入っていない。何が悲しくて集団に入って時間を拘束されねばならんのだ。
今日は帰って久しぶりにゲームでも進めようかな。
「シュウ先輩〜! 一緒に帰りましょー!」
またお前か。今日はよく会うな。
「せーんぱい! どうしたんですか? 陰気臭い顔して」
「いや、付きまとう後輩をどう対処しようか考えていて」
「やだな〜。先輩じゃあるまいし、ストーカーなんてしませんよ〜」
やめなさい。先輩それがばれてから本気で悩んでるんだぞ。
「ところで上堂さ……美咲は部活に入ってないのか? 」
危うく言いかけたところ恐ろしい形相で俺を睨んできた。めっちゃ怖いです。
「ワタシはソフトテニス部に入ってます! 小さいころからテニスをやってきたので! 」
「あれ? 今日は部活休み? 」
「はい! なんでも委員会があるみたいで」
だから今日は校庭に人影があまり無いのか。
「シュウ先輩は部活入ってないんですか? 」
「ああ、めんどくさくてな」
「そうですか……。そうだ! 今度のゴールデンウィークにうちのテニス部が他校と練習試合するので観にきていただけませんか? 」
「別に構わないけど」
特に予定は無いし、観戦だけなら男子でも大丈夫だろう。明のような下心丸出しのやつは門前払いをくらいそうだけど。
「やった! ワタシ頑張りますね! 」
「一年生なのに試合に出るのか? 」
「はい! 部内戦を行ったら先輩たちにたまたま勝っちゃって……。それで部長がワタシを一度試合に出してみようかって話になって……」
照れくさそうに目を伏せている。
相当上手いらしい。
「分かった。観に行くから頑張れよ。それと日程はまた後日教えてくれ」
「はい!……あ、そうだ。先輩メアド交換しましょうよ! すぐ連絡出来る様に」
流されるかのようにメアド交換までされてしまった。
美咲は自分のスマホを力強く見つめて「ふふふ」とか言ってるし。
こんな変な行動でも美少女がやると様になるから悔しいよな。
「では、先輩! また明日! ごきげんよう〜」
曲がり角に差し掛かったところで美咲と別れた。
スキップしながら遠ざかって行く美咲を見ると俺は自然と笑みがこぼれていた。
高校入学したので更新ペース落ちそうです。なるたけ週一更新出来るようにします。