出会いは突然やって来る
次の日。俺は昨日とはうって変わってかなり時間に余裕を持って登校することが出来た。
俺は朝食を食べながら優雅にテレビをつけて今日の星座占いを確認した。「見知らぬ人や物に注意」らしい。 まぁいつも通り過ごせばなんら問題は無いだろう。
「今日は、英語の小テストだっけ……」
俺は成績こそそこそこ優秀だが、昨日は忙しくてテスト対策の勉強をやっていない。 あとで明にノートを借りて勉強しよう。
そんなことを考えながら教室へ向かおうとしたのだが……
「ん? こ、これは……!」
下駄箱の中に綺麗に封をされた一通の手紙が入っていた。裏は丁寧にハートのシールで閉じられていた。ま、まさか この展開は……!
「おっす、秀司。おはよ……どうした?
いつも以上に笑顔が気持ち悪いぞ」
俺の顔は頰が緩んでいて、だらしなくなっている。ニヤニヤが止まらない。
「ふっふっふっ……! でへへへへ」
「お前ほんとほんと大丈夫か⁉︎ 救急車呼ぼうか⁉︎」
明がスマートフォンを取り出した。余程酷い顔らしい。
「明! これを見るがいい‼︎ 」
俺は誇らしげに勝者の証を見せた。 さぞ驚くだろう。
「何だこれ? 手紙……?中は見たのか? いたずらの類かもしれんぞ」
しまった!その可能性は考えてなかった……!くっ……!悔しいが否定出来ないっ……!
急いで中を確認すべく、俺と明は理科室や音楽室などの教科ごとの教室が集まっている特別棟に移動した。
朝から特別棟に来る生徒なんてそうそういないだろうし。
「ここなら大丈夫だろ 。 さっそく開けてみようぜ」
「ああ、開けてみるぞ」
開け口にはってあるハートのシールを慎重に剥がして、中を覗いてみる。
中には三つ折りにされた紙が一枚。問題なのはその紙の内容だ。どれどれ。
「秀司〜 どうだった? やっぱり脅迫状かそのあたりだろ〜? 不良なんかに喧嘩を吹っかけるから、そうな……」
「ハッハッハッハー! 俺の予想通りだぜ! 残念だったな、明!」
開けた手紙にはかわいらしいまる文字で、「大切な話があります。 放課後に学校の屋上に来ていただけませんか?」と記されていた。
これはもう告白しかあり得ないでしょ!
「ちくしょう……! 秀司なんかに告白する物好きも世の中にはいるか……!」
失礼な。 それ、相手の人にもすごい失礼だぞ。
「まぁこれは放課後までのお楽しみってことで! 教室戻ろうぜ」
明は納得がいかないという表情で何かぶつぶつ言ってるが華麗にスルーした。
◆◇◆◇
その日はずっと朝のことが気になって、授業が上の空だった。数学の先生が必死に公式を教えているが、呪文のように左から右に流れていく。
英語の小テストも朝の興奮が抜けず、頭が回らなかった。 点数は覚悟して置いた方がいいかも知れない。
やっぱり告白して来る可能性のある女子と言ったら昨日の女子なのか……?普段の学校生活で女子との関わりが皆無である以上それしか考えられない。
「桐谷。 この英文を和訳してみなさい。」
確か神奈川さん、だったっけ?でも、そんな漫画みたいな都合良すぎる展開が果たして許されるのか。
不良に絡まれた美少女を助けて告白される。本当にそんなことがありえるならいずれ誰かに恨まれて刺されても文句は言えないじゃないか。
「桐谷。どうしたんだ? 早く和訳してくれ。」
でも、それが本当なら俺は英雄で、しかもあんな可愛い子に告白されるのか。 そう考えると、ワクワクが止まらない。やばい、顔が綻んできた。
「桐谷ぁぁーー‼︎ いい加減に答えなさい! 」
先生が声を張り上げて、クラスの視線が俺の席一点に集まっていた。俺は早速指されたんだな。違う意味でだけど。
「へ? あっ、はい!えーっと……」
「もういい……。 座りなさい。 えー次は……」
もう考えるのはやめよう。楽しみは放課後に残して置こう。放課後にすべて分かるのだから。
顔の緩みを必死に正して、溢れそうな興奮に蓋をして残りの授業に臨んだ。
──そして放課後。
胸を躍らせながら屋上の扉の前まで来た。心臓がバクバク鳴っている。 落ち着け、俺。一度深い深呼吸をしてから扉を開けた。
そこに、人は居た。けれども昨日俺が助けた少女、神奈川さんではなかった。 俺には全く面識の無い 、美少女が凛々しくフェンスのそばに立っていた。
「先輩……。来てくれたんですね。」
「ああ、俺も人の呼び出しを訳もなく無下にするわけにいかないからな。」
君は誰なんだ? 俺はそう尋ねたかったが、金縛りにあったかのように口がそれを発することを許さなかった。
沈黙する俺と彼女の間を冷たい風が吹き抜ける。
少女は何かを決意したかのように顔を向け、その強い瞳で俺の瞳孔を捉えた。
「先輩……! 好きです……! ワタシと、付き合ってください‼︎ 」
「えっと、ごめん。 君はだれかな? 初対面だと思うけど……」
やっと俺の口から出た言葉は彼女の雰囲気に圧倒されてか、随分と歯切れが悪かった。
「あれ? あ、そっか。先輩は私に会うのは初めてですよね! うっかりしてたな〜」
空気を和ませるためか、少しおどけて見せると彼女は俺に自己紹介を始めた。
「ワタシは一年二組の上堂美咲と申します! 先輩が、昨日お兄ちゃんをボコボコにして女の子を助けてあげるところを見て惚れました! お願いします! 」
ん?ちょっと待って?
「え? 今、不良のこと「お兄ちゃん」って呼んだ? 」
「はい! 昨日先輩が倒したデカブツはうちのバカ兄貴の上堂剛です。 ご迷惑おかけしました。」
兄妹にしては全然似て無いな。昨日の不良はいかつくて小者って感じだったけど、この子は茶色掛かった黒髪のポニーテールに、大きくてくりっとした瞳。
少しあどけなさを感じるが快活で明るく、部活のキャプテンでもこなしてそうな美少女だ。
それにしても、こんな美少女が俺なんぞに一目惚れするもんなのか?
ひょっとして俺が了解したら「兄の仇ーー‼︎」とか言って刺してくるのかもしれない。それなら道理が合うし。
「あ、別に兄の敵討ちをしてやろうとかは考えてませんからね⁉︎ 先輩のことは純粋に好きですから! 」
顔をりんごみたいに真っ赤に染めあげて、恥ずかしげにこちらの様子を伺ってる。
さて、こんな美少女に告白されたのは嬉しいが、申し訳ないが付き合う気は無い。
告白なんて今まで縁が無かったから返答に苦労するな。
「ありがとう。嬉しいよ。 でも、俺は初対面の人といきなり付き合えるほど度量が大きく無いっていうか……。それに……」
「知ってます。先輩、城宮先輩が好きなんでしょ。 よくストーカーしてるし」
「え⁉︎ なんでそれを知っているんだ⁉︎ 本当に2人で会話したの初めてだよな⁉︎ 」
もう俺の精神はズタボロだよ。
「はい、モチのロンです! でも、兄を通じて裏の情報網から調べましたから! 」
いや、今さらっと怖いこと言ったよこの子! この子を怒らせたら社会的に抹殺されるかもしれない。
「やっぱり城宮先輩なんですね…… 先輩の返答は分かってます。でも、ワタシは諦めません! いつか先輩のことを必ず振り向かせてみせますから‼︎ 」
そう言って彼女──上堂さんは俺には眩し過ぎるぐらいの笑顔を向けてきた。
そんな顔俺に向けないでくれよ。このままでは、俺が彼女の思惑通りになる日はそう遠くないかもしれない。
それにしても、倒した不良の妹から告白されるなんて考えもしなかったな。
今考えれば、神奈川さんは高校が俺と違うのだから、待ち合わせ場所に学校の屋上を設定している時点でありえないんだけどね。
俺はこれから先、どれだけこの活発な後輩に振り回されるのだろう。そんなことを考えて、未来が少し憂鬱になる反面、俺はまんざらでもないような気がししていた。