二日目 ナギを捜して
いつもありがとうございます。
港に戻って、ナギがいないことを確認すると、私達は釣りをやめて、ナギを捜索することになった。
とりあえず、ヨウさんと保さんは、港に残って様子を見ている。
川村さんが、ナギの携帯をGPSで確認したところ、家に置いてあったナギの荷物の中から発見された。
一度、家に戻ったことは間違いない。
「おい、黒木さんの夫婦の部屋、荷物が残っていないぞ」
部屋を調べていた会長が叫んだ。
ふと、見回せば、黒木さんの姿もいない。
「ねえ、黒木さん、どこへ行ったの?」
「ゴンズイ騒ぎのあたりまで、俺たちと一緒にいたと思ったが……」
会長が首を傾げる。
「てっきり、永沢君と一緒に、様子を見に行ったものだと思っていたよ」
塩野のおじさんは顔をしかめた。ナギのことと無関係とは思えない。
家中を捜しまわり、結局手掛かりが得られないまま、私たちは台所に一度集まった。
「お嬢様は、さらわれたとみて間違いないでしょう」
川村さんが深刻な顔で、結論付けた。
「ただし、この島からはまだ出ていません。この島に、着岸できるのは、北側と南側くらい。南側は私たちがいましたし、北側の港を誰かが使用したような気配はありません。ヘリや飛行機の場合、私たちが全く気付かないことはありえませんから」
川村さんの言葉に、私達は息をのむ。
「まさか、黒木さんたちが?」
信じられない、と思った。とても優しい人たちに見えたのに。
魚釣りだって、本当に楽しそうにしていたのに。
「手際がとてもいい。プロかもしれませんね」
川村さんの目が厳しい。
「とりあえず、警察に通報します。私は、北側の港へ、船で回ります。奴らがお嬢様を連れだすとしたら、十のうち九は、北側の港からでしょう」
「では、南側の警戒は私達でしよう」
塩野のおじさまが頷く。
「ねえ、犯人は、ナギをつれて、北側まで移動するって事よね?」
「おそらくは」
「だったら、私、北側まで行ってみる!」
「おい、遥」
糸田が怒ったように私を見た。
「俺が行くよ。遥ちゃんは、ここに……」
永沢が口をはさむ。
「嫌よ。じっとなんてしていられないもの」
「ハルちゃん、落ち着いて」
会長が私の肩をポンポンと叩いた。
「島の北側から連絡を取る方法はありますか?」
糸田が、何かを思いついたようだ。
みんながポカンとした顔で、糸田に注目する。
確か、北側には携帯の電波は届かない。
「衛星携帯は、一応、三台ある」
塩野のおじさまが答えた。
川村さん、おじさま、あと、保さんが持っているらしい。
「それなら、一台貸してください。様子を見て、連絡するくらいなら俺たちでもできるハズです」
糸田がさらりと告げる。
「遥はダメといっても、目を離したら一人で行きます。それなら、一緒に行ったほうがいい」
なんか、酷いことを言われている気がする。でも、その通りだと思う。さすが糸田だ。
「それなら、こうしましょう」
川村さんが提案したのは、次のような案だった。
一)川村さんは独自行動。島の北側へ海側から向かう。
二)塩野のおじさまは、家にある島の警備システムに張り付く。
三)会長は、ようさんと、島の海岸の警戒および、南側の港の警戒。連絡係として由紀子ちゃんが残る。(おじさんふたりだと、PCの取り扱いがアヤシイというのが理由)
四)私、糸田、永沢、保さんで、島の北側まで山道を探索する。
「糸田くんたちは、定期的に連絡を入れること。それから、これを持って行って」
川村さんが渡してくれたのは、登山用のGPS。
「地図と位置情報は、これではっきりわかると思うので」
大きさは、スマートフォンくらいだ。
もともと夜釣り用に、ヘッドライト等の装備はあるから、明かりについては問題ない。
私たちは、川村さんの案に沿い、途中で保さんと合流して、島の北側を目指すことにした。
保さんと合流を果たし、山道を歩き始めた。
暗い闇の中、明かりもなく、足跡も聞こえない。この道をずっと登っていくと、昨日の神社にたどり着く。
「そういえば、昨日、神社の帰りに、ここで黒木さんたちに会ったよね?」
小さな分かれ道で、私はふと立ち止まった。
「ああ。あの廃屋に落とし物をしたとか、言っていたな」
糸田が頷く。
「落としものねえ?」
保さんが疑わしそうな顔をする。今思えば、確かに変だ。
「見に行こう」
永沢が先導する形で、私達は廃屋に近づいていく。
人が住まなくなって何年も放棄された家は、よく見るとあちこちが壊れていた。建築された年代は、昭和よりもずっと前のものであろう。
灯りもなく、物音もしない。とりあえず、今、ここには誰もいないようだ。
「この辺に入っていったように見えたよ?」
私が指さすと、永沢がそっと引き戸に手をかけた。
ガラリ、と玄関の扉が開いた。少しだけ、湿気臭い。
広い土間。土間の片隅には、炊事場が作られている。かまどのあとがあった。
奥の部屋は埃をかぶり、あきらかにガラクタっぽいものが転がっている。
よく見ると、広い土間に、釣り竿のケースが置いてあった。
かなり大きいケースで、オシャレなデザインのものだ。
「これ、黒木さんのだ」
永沢が、そっとそのケースに触れる。
「おい、剛」
糸田が止めようとしたが、永沢は、そっとそのケースを持ち上げた後、迷いなく、ケースを開けた。
中身は空だった。
「そういえば、今日のお昼、黒木さん、これ担いで歩いていたな」
糸田は顎に手をあて、顔をしかめた。
「ああ。確か、塩野さんが、釣れる場所がないのにどこへ行くのかな? みたいなことを言っていた気がする」
永沢が頷く。
保さんの顔が厳しくなった。
「釣竿以外のものを、ここに運び入れていたのかもしれない」
釣り竿のケースだったら、担いで歩いていても誰もなんとも思わない。中に何が入っているとか全く疑うこともないだろう。
「この土間の埃と、足跡の付き方から見て、最近、ここには人が入った形跡がある。ナギのことは別として、ここで、黒木さんが何かをしていたのは間違いない」
奥の部屋をライトで照らしてみたものの、奥のたたみには、真っ白な埃が降り積もっていて足跡は見当たらなかった。
「何にしても、先を急ごう。ここにはもう何も残っていない」
保さんは念のため、塩野のおじさんに報告をすませ、私達は廃屋を後にした。
昨日の神社の辺りまでやってきたものの、人影は全く見えない。
「もし、ナギがさらわれたのだとしたら、この山道を、ナギを背負うかどうにかしないといけない。この島には車がないから、ナギが自由意思で歩いているのでなければ、必ず追いつけるはずだ」
保さんは、闇の中に目を凝らしている。
「ナギをさらって、どうするのかな?」
ナギは、塩野コンツェルンのお嬢様で、過保護なほどボディガードの川村さんがいつも守っている。
やりすぎ、って思っていた部分もあったけど、こんなことがあると、全然、やりすぎではなかったのだと思う。
「最近、ある企業を傘下に入れるっていう話があってね」
苦い顔で、保さんが口を開く。
「その企業さん、とても技術力がある会社さんで、うちだけじゃなくて、別の企業さんも、その会社を狙っている」
保さんが首をすくめる。その表情が、とても大人びていて、なんだか、すごく遠い人になった気がした。
「では、犯人はその別の企業さんですか?」
糸田が、声を潜めながら保さんに質問する。
「わからない。でも、その可能性もあるね」
暗い夜道を、私達四人は、最低限の会話で進んでいく。
山は、険しくはないけれど、神社を越えたあたりから、道が荒れ始めた。時々、倒木が道を塞いでいたりする。
「北側は、まだ、ほとんど手入れをしていないんだ」
保さんが首をすくめた。
「この状態の道を、高校生の女の子を一人抱えて歩くのは、訓練していても大変でしょうね」
永沢は倒木をよじ登り、私たちを先導する。糸田も身軽なほうだが、永沢は本当にサルみたいに身軽だと思った。
私が苦労して大きな倒木をよじ登っていると、糸田が無言でぐいっと手を貸してくれた。
下り坂に差し掛かったところで、先導していた永沢が、明かりを消して、そっと戻ってきた。
私達は、足音を潜めて下り坂の道の向こうを見る。
折れ曲がった道の木々の向こうに、ぽつんと、移動する灯りが見えた。




