一日目 肝試し
久しぶりの更新です。
釣りシーン、全くなしです。ごめんなさい。
順番は、公正なくじ引きの結果、私と糸田が一番。二番目がナギと永沢で、三番目が由紀子ちゃんと保さんになった。
「この順番、全然、面白くないです」
由紀子ちゃんは不平たらたらである。
「どうして?」
「だって、遥先輩と糸田先輩のラブラブをこっそりのぞきたかったのにー」
「確かに」
と、保さん。
「別に、ラブラブなんて。何もしないよ?」
私の言葉に、糸田がなぜか微妙な顔をした。
「亮君は、下心いっぱいみたいだけど?」
保さんがニヤリ、と笑う。
「付き合っていますから、下心の一つや二つ、ありますよ」
「え?」
開き直った顔で爆弾投下する糸田に、私は、ドギマギする。
「それよりも、由紀子ちゃん、保さん、たらしだから。気をつけたほうがいいよ」
ニヤリと、糸田が笑いを浮かべる。
「亮君、君ね……」
保さんの顔が引きつっている。由紀子ちゃんの顔が真っ赤になった。
「今のは、完全に兄さんの負けね」
ナギがぷっと笑った。
「亮、お前、変わったな」
永沢が苦笑いを浮かべている。
「じゃあ、行くぞ、遥」
糸田は、懐中電灯をひとつ受け取って、ひとりでスタスタと歩き始めた。
「え? もう行くの?」
「なんだ。言うだけ言っても、やっぱり照れ屋ねー、糸田君は」
クスクスと、ナギが笑う。
「二人きりになったら、ちゃんと手ぐらいつなぎなさいよ」
「もう、やめてよ、ナギ!」
私は、顔を真っ赤にして、糸田のあとを追いかけた。
糸田の背中を追いかけて丘を昇っていく。日は既に落ち、空に闇が広がり始めている。道に沿って鬱蒼と茂る木々が、開けていた空を閉じはじめ、急激に周りが闇に染まり始めた。
ところどころにある民家は当然、すべて空き家であるから、木々と闇に埋もれたようになっている。しん、と静まり返っているのに、時折、聞いたこともない野鳥のような謎の鳴き声がしたりして、だんだん心細くなってくる。
「糸田、ちょっと、待ってよ」
私は、糸田を呼び止める。
「どうした?」
糸田は、不思議そうに振り返った。
「ひょっとして、怖いのか?」
意外そうな顔をする。
「怖いって言ったら、笑う?」
「笑わない。むしろ喜ぶ」
糸田は、嬉しそうに破顔して、私の手を握った。硬くて、大きな手だ。
「へ?」
「遥が、俺を必要としてくれるから」
大きな黒い瞳で見つめられて、私はドキドキが止まらなくなった。
「バカ」
胸が激しく打ち始めて、顔が熱い。糸田の手がギュッと私の手を握り締める。
「その顔、滅茶苦茶、可愛いな」
ニコッと糸田が笑う。身体さらに熱くなった。
反則だと思う。今まで、可愛いなんて、言ったことないのに。
闇への恐怖は、どこかに消え去って、心がふわふわし始めた。
「しかし、ナギちゃん、マジで剛が気にいったのか?」
糸田が首をかしげる。
暗くなってきたので、糸田が懐中電灯をともした。前方が明るくなった分、周りの闇が深くなったように感じる。
「どういう意味?」
私は、手をつないだまま、糸田を見上げた。
「だって、この組み合わせ、俺たちをくっつけようとしているように見えるけど。俺と遥が組んだ時点で、相手は決まってしまうだろ?」
「そうだけど」
それは私も少し思った。
「ナギちゃんが俺たちをずっと応援してくれていたのは事実だけど、ここまで露骨なのは初めてじゃないか?」
糸田は不思議そうだ。
「釣りクラブにわざわざ勧誘したりするし。それに、黒木さんから言われてから、ずっと見ていたけど、確かに、いつものナギちゃんじゃない気がする」
「どういうこと?」
「無人島ってことで、開放的な気分になっているだけかもしれないけど。随分、剛に心許している感じだ」
「ふむ」
確かに、ナギは永沢に好意は抱いているとは思う。それが、どういう区分の好意なのかはわからないけれど。
「永沢君は、どうなのかな?」
「剛?」
糸田は、困ったような顔で私を見る。そして唸るような声をあげて、首を振った。
「あいつはどうだろう。切り替えは早い方だから、可能性がないわけじゃないが」
「切り替え?」
糸田は慌てて「なんでもない」と言った。
「でも、よく考えたら、お似合いだよね」
もちろん見た目だけじゃなくって、ふたりとも気があっているように見える。
「ああ。盲点だったけど」
クスクスと糸田は笑った。
「剛は、いい奴だからな」
「そうだね」
なんとなく浮き立つ気持ちで、気が付いたら神社の鳥居が見えてきた。
「思ったより、近かったね」
「そうだな」
手入れされていない神社の境内は、玉砂利の少ない場所には、草が生えていて、お社も少し傾いているように見える。
「な、なんか、ここが一番、怖いかも」
樹齢の長そうな太い幹のご神木に切れかけたしめ縄がぶら下がっていたり、石灯篭が崩れていたりと、罰当たり感、満載である。
「何の神様を祀っているのかな?」
声が、無意識に震えた。
バサッと、鳥の羽音のようなものがして、私は咄嗟に、糸田の腕にしがみついた。
「大丈夫だ。この島には、肉食獣もいない。何より、人もいない」
「だって」
「この世で一番怖いのは、人間だって」
糸田は、こんな時にも正論を吐く。
「そ、そうかもしれないけど」
暗い神社というのは、ただでさえ重々しい雰囲気があるのに、荒れ果てていると、さらにおどろおどろしい。
「紙置いて、帰ろうぜ」
糸田は淡々としている。私の前だから強がっているわけでもない。
「い、糸田は怖くないの?」
私の言葉に糸田は首を傾げた。
「暗闇は怖いことは怖いぞ。前、見えないと何があるかわからないから」
それもまた、正論だ。
「幽霊や妖怪がいないとは言わないけど、会うまえに怖がっても疲れるぞ」
そーゆー問題でしょうか?
糸田は、徹底した現実主義で、神秘系にあまり興味を示さない人間なのだ。
「それより。俺の理性が持つかどうかの方が、俺は怖い」
「へ?」
私は糸田の顔を見上げる。暗闇でわかりにくいけど、顔が真っ赤だ。
「……おっぱい、押し付けすぎだ」
プイッと横を向く。
私は、糸田の腕にギュッと抱き付いている状態だ。言われてみれば、糸田の逞しい腕を胸に押し付けている。
「ば、バカッ!」
私は、慌てて糸田の腕から離れた。
「エッチ」
急に恥ずかしくなって糸田に背を向ける。
「俺が触ろうとしたわけじゃないだろ?」
糸田が肩をすくめて、紙を賽銭箱があったと思われる位置に、置いて重しをのせる。
そして、くぃっと、私の肩に腕をまわした。
「そ、そうだけど!」
なされるがままに、肩を抱かれた状態で私は帰路を歩き出す。先ほど来た道とは別の道だ。
糸田が話をそらしてくれたおかげで、胸はドキドキしているが、それは闇への恐怖ではなく、もっとフワフワしたものに変わった。
ひょっとして、そこまで計算しての言動なのかもしれない。そうだとしたら、糸田って凄すぎる。
丘を下っていくと、空が開けてきて、満天の星が広がる。闇の向こうに、ポツンと、灯りが見えた。
糸田がちらりと時計を確認する。
「今、ちょうど剛たちが神社についたころかな?」
「大丈夫かなあ?」
私が首を傾げる。糸田が、周りをキョロキョロと見回した。
「どうしたの?」
「いや、ハメられてないかな? と思ってさ」
「何?」
「いや、何でもない」
糸田は急にギュッと私の身体を自分に引き寄せた。
そして、私の顎に手をかけ、唇にキスをした。
え?
驚く間もなく、糸田はスッと私の身体を離す。
「今日は、これで我慢する」
ニコッと、糸田は笑った。
私は、何が起こったか把握できずに、ぼうっと糸田を見上げる。
「え?」
私は、自分の唇に手をあてた。一瞬だけだったけれど、糸田の唇の感触が残っている。
私、糸田に、キスされた……。
ゆっくりと糸田に肩を抱かれて歩きながら、頭の中で事態を理解していく。
見上げた糸田の顔は、暗闇の中でもわかるほど真っ赤だ。私の心臓は、うるさいくらいに音を立てつづけている。
初めてのキス。
それは、ほぼ、不意打ちだった。でも、もちろん、嫌では全然なくて。
生まれて初めて、大好きな人と交わしたキスは、あまりにも一瞬だったけど。頭の中がふわふわして、幸せすぎて、何を話せばよいかわからない。釣りのことも、ナギたちのことも、全て吹っ飛んでしまった。
抱かれた肩に糸田の体温を感じながら、私たちは無言で別荘へと歩いていく。
「あれ? あれは黒木さんたちか?」
私たちの帰り道から分かれていく道の向こうの廃屋へと入っていく二つの人影が見えた。
「どうしたのかな?」
あんな廃屋に何の用だろう? 足を向けようとした私を、糸田が止める。
「野暮になるといけないから、やめとけ」
「でも、変じゃない?」
糸田は首を振った。
「確かに変だけど。単純にイチャイチャしたいだけかもしれないし」
「え? でも、ご夫婦だよ? 最初から部屋も一緒だよ?」
私は首を傾げる。
「それは、そうだけど」
糸田も首を傾げる。
ほどなくして、廃屋から二人の人影が出てきた。ザクザクと音を立てながら、こちらに歩いてきて、私たちに気が付いたようだった。
「どうなさいましたか?」
糸田が、黒木さんに声をかけた。
黒木さんは、私たちを見ると、恥ずかしそうに笑った。
「いや、探検した時に、落とし物をしてね。捜しに来たんだ」
そういえば、私たちが海岸で遊んでいる時、ひとりで散歩に出かけていた。
「見つかりましたか?」
「ええ。もう、この人ったら、わざわざ、あんな廃屋に上がり込んで。不法侵入よね」
くすくすと、梓さんが笑う。
「不法侵入した上に、物的証拠を落とすなんて、マヌケだった」
ニコリ、と冗談めかして、黒木さんが微笑んだ。
「何を落としたんですか?」
黒木さんはポケットから、小さな銀色のペンダントヘッドを取り出した。キラキラとした銀のイルカと小さな輝石がついたものだ。
「たいしたものではないけどね……その、初デートの時、ペアで買ったものなんだ」
黒木さんはそう言って、大切そうにそれをポケットにしまった。
「わ。愛されていますね、梓さん」
「そ、そうかしら?」
梓さんはちょっと戸惑ったようにうつむいた。
イチャラブをめざして、撃沈しました。




