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一日目  砂浜にて 1

 ビーチといっても、海水浴場みたいに、綺麗な砂浜ではない。

 ゴミが落ちているとかではなく、きめの細かい砂浜の面積の話だ。

 防波堤があるとはいえ、外海の波が入ってくるため、大きな石がゴロゴロしている。満潮時の渚部分には、貝殻をはじめ漂流物が多い。こまめに清掃活動をしている海水浴場と違い、流木なんかもある。素足で歩き回ると、足の裏にけがをするかもしれない。

「流木アートとかできそうですねえ」

 由紀子ちゃんが楽しそうに、曲がりくねった流木を眺める。

 歩くには危ないけれど、綺麗な貝殻がたくさん落ちていて、手芸の得意な由紀子ちゃんは創作意欲を掻き立てられているようで、とても興奮した顔をしている。食用の潮干狩りより、アクセサリー用の貝殻を集めることのほうが楽しそうな由紀子ちゃんは、私と違って乙女だなーと思った。

 堤防近くには、めったに海水が来ることがないらしく、ハマヒルガオやハマボウフウが生えている。

 下草をできるだけ避けて、持ってきたブルーシートを広げた。

「後の荷物は、川村さんが軽トラで持ってきてくれるはずだから」

 保さんは飲み物の入ったクーラーボックスをシートの上に置く。

 ボディーガードの川村さんが荷物運びをするのは変だけど、おっさんたちが軒並み飲酒をしてしまっているので、仕方がない。飲酒運転を咎める警察はここにはいないけれど、やっぱり危険だ。

「私は、ちょっとその辺を歩いてくるよ」

 釣り道具をブルーシートに置いて、黒木さんは堤防沿いの道を歩いていった。たぶん、ポイントを吟味しに行ったのだろう。

「うわーっ、見て! カニがいる!」

 ナギがはしゃいだ声をあげた。

 白い渚をカニが走っている。

 それを見て、ヒョイっと永沢がカニを手で捕まえた。

「たくさんいるね、チビだけど」

 お前はいったい何者? という器用さで、あっという間に、永沢はバケツに数匹のカニを放り込んだ。

「剛、お前、すげーな」

 糸田は、呆れたのか感心したのか、どちらともいえない感じで、永沢の手元を見ている。

「お兄ちゃんは、海遊びの天才なんです」

 由紀子ちゃんは得意げだ。

「うちの家族は海が好きでさ。浜や磯で遊ぶ機会が多かったからね」

 永沢は少し照れ臭そうだ。

「俺は、海っつーと釣りばっかりだから、潮干狩りってそれほどしてないかも」

「そうだねー、磯にいっても、磯だまりで遊ばないしね」

 私は苦笑する。小学生くらいの頃は、磯だまりのアメフラシとか突っついたりしたけど、釣りの方が面白かったから、基本、スルーしていたような気がする。

「そういえば、海水浴もしたことないな」

 糸田が、なぜか私の顔を見てから、私のほうをじっとみる。

「亮君、無意識にスケベモード入っているぞ」

 ぼそっと保さんが呟く。

 え? 私は、きょとんと、保さんの顔を見た。

「海と言えば、恋ですものね」

 由紀子ちゃんがぷっと笑う。

「永沢君は、夏に海水浴とかに行くの?」

 ナギが満ち引きする波うち際で遊びながら話しかける。

「去年は、三回ほど行ったかなあ。バレー部の連中で一回、あとクラスの連中で二回かな」

「バレー部?」

 私が聞き返すと、永沢がくすりと笑った。

「心配しなくても、亮は来てないよ」

「え? 別に行けばいいと思うけど? むしろ、友達に誘われて、どうして行かないのか不思議だけど」

 永沢は首をすくめた。

「男が男同士で海に行くのって、泳ぐためだけじゃないよ? 亮はそういうの、大嫌いだから」

 自嘲めいた笑みを永沢は浮かべる。

「でも、永沢君だって、糸田と一緒でナンパとかするタイプじゃないでしょ?」

 私の指摘に糸田が苦笑した。

「剛にその気はなくても、剛がいるとナンパの成功率があがるから、他の男子に重宝されるのさ」

「それは、わかるかも」

 ニコリと、ナギが笑った。

「いや、俺だって、健康な男子だし。可愛い女の子と遊びたいって気持ちがないわけではないから」

 なぜか、悪ぶったようなコメントをする永沢。照れ隠しなのかもしれない。

「私も、海水浴とか行ってみたいなあ」

 ポツリとナギが呟く。

「毎年、海に行っているだろ?」

「プライベートビーチじゃない、海水浴」

 保さんの言葉に、ナギが言い返す。

 そうだね。贅沢と言えば贅沢だけど、ナギは、人のいない砂浜でくつろぐことはあっても、友達同士でイモ洗い状態の海水浴場なんて行ったことはないだろう。

「塩野さんが来たら、男が群がってたいへんになるよ?」

 永沢が苦笑した。

「大丈夫よ。遥と一緒に行けば、糸田君が全部追っ払ってくれるから」

「そうですね!」

 由紀子ちゃんが、ポンと手を打って賛同する。

「ナギちゃんの中で、俺っていったい……」

 糸田がブツブツと呟きながら頭を抱えた。




 四時過ぎ。川村さんが軽トラでバーベキュー用品を運んできてくれた。

 おっさん連中も、ポツリポツリと歩いてやってきたので、火おこしをはじめる。

 潮干狩りは、それ程取れなかったけれど、お椀に一杯くらいのアサリがとれた。

 私と糸田、それから黒木さんは、砂浜で投げ釣りを始めていて、マコガレイに狙いを定めている。

 永沢も釣りがしたかったようだが、早々にバーベキューの主力隊として徴兵された。

「永沢君って、器用な子だねえ」

 黒木さんが手際よく準備を進める永沢の方を見る。

「そうですね。剛は、わりと何でもそつなくこなす奴です」

 糸田はなぜか嬉しそうだ。

「彼、塩野さんのお嬢さんとお似合いだね」

 黒木さんはにこにこしながら、目を細めた。

「へ?」

 私がキョトンとして、黒木さんを見返すと、黒木さんは「あれ? 違うの?」と首をかしげた。

「剛と、ナギちゃんですか?」

 糸田もびっくりしている。

 似合う、似合わないで言えば、お似合いだとは思うけど。そんなふうに考えたことはなかった。

「ごめんね。彼はともかく……お嬢さんは、さっきからずっと、彼を目で追っているようにみえたから、てっきりそうかと」

 黒木さんは「オジサンはゴシップが好きだから」と言って、肩をすくめた。

 そういえば、由紀子ちゃんに永沢を売り込まれた時、ナギにしては珍しく動揺していた。そもそも、永沢を釣りクラブに誘ったのは、ナギと保さんだから、一定の好意があるのは間違いない。

「剛は二枚目だけど、ナギちゃんのタイプかどうかは、微妙だと思うなあ」

 糸田は首を傾げる。

「そうだねえ」

 川村さんとは全然タイプが違う。川村さんは、どっちかというと寡黙な人だ。

「まあ、オジサンの言うことだから。気にしないでよ」

 黒木さんはくすりと笑う。

 私は、竿を手にしたまま、ナギのほうに目を向ける。

 とても楽しそうな笑顔で、永沢兄妹と話していた。

「ほら、大磯さん、そろそろ」

 黒木さんが私の竿先を見て、声をかけた。

「あ、いけない」

 私は慌ててリールに手をかけた。



永沢剛が、だんだん可愛くなってきた作者です。

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