表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/52

一日目  午後がスタートしました。

 バーベキューの仕込みはほぼ終わっているので、基本的には浜に運ぶ道具を用意するだけである。私たちはお弁当を食べ終わると、自分たちの部屋へ荷物整理に戻った。

 女の子が三人集まったら、少し恐れていた女子トークが始まる。なんとなく、今回は自分が集中砲火を浴びる気はしていた。

「遥先輩、糸田先輩と本当にラブラブですね。私、見ちゃいましたー」

 口火を切ったのは由紀子ちゃん。しかも、最初から砲弾投下されました。

「え?」

「船着き場で、糸田先輩に抱きしめられてましたよね?」

 船着き場で、突然抱き寄せられた、アレを見られていた? 私は思いっきり蒸発しそうになる。

 サーフ用の釣り具の手入れをしながら、私は表情を隠す。

「あ、あれは、その」

 慌てた私を、ナギがくすっと笑った。

「糸田君、完全にデレデレねえ。ずーっと、ずーっと我慢していたから、少しくらいタガが外れても許してあげないと」

「糸田先輩って、硬派なイメージだったのですけどねえ」

 と、由紀子ちゃん。それは、私もそう思う。

「硬派で堅物で、しかも一途だと思うよ、糸田君は。でも今は幸せボケしているのよ」

 ナギは、ニヤニヤと笑う。

「それで、どこまでいったの?」

「デートの場所?」

「そんな古典的なボケ、いりませんよ、遥先輩」

 由紀子ちゃんが呆れた顔になる。

「報告するようなことは何もないデスよ?」

 恥ずかしくて、逃げたくなる。本当に何もないのだ。抱きしめられたり、手を握られたりはする。正直、私はそれだけでも、心臓が破裂しそうになるし。

「え? キスもしていないの?」

 びっくりしたナギにコクンと頷くと「硬派っていうより、ただのヘタレだわ」と呆れた声で呟く。

「だって、まだ付き合って、三か月だし」

「告白した勢いで、キスまでいくのは、常識ですよ!」

 と、由紀子ちゃん。常識って何? 世間様のカップルって、そんなにガンガン進んじゃうものなの?

「遥先輩、ガードが固すぎなんじゃないですか? 少しは隙を作ってあげないと、糸田先輩が気の毒です」

 そ、そうなのかな? だんだん不安になってきた。

「由紀子ちゃん、遥の場合はガードが固いのではなく、鈍いのよ」

 ふーっとナギはため息をついた。

「糸田君が迫っても、遥はスルーしちゃっている可能性があるわね。ま。いいんじゃない? 告白までだって超スローペースだったし」

「うっ」

 ナギの言葉に言い返せない私。

「ナギ先輩は、恋人さん、いらっしゃらないのですか?」

 不意に由紀子ちゃんがナギに話を振る。

「あ、それは」

 思わず遮ろうとした私を、ナギの目が制した。

「私ねえ、一年くらい前に失恋したの。ま、もともとムリなのはわかっていたのだけど」

 すっきりした表情で、ナギが笑う。

 随分、割り切れるようになったのだなあと、私はホッとした。

「ごめんなさい」

 由紀子ちゃんの表情が曇る。

 そうだよね、ナギみたいな可愛い女の子が失恋するなんて、普通、想像できないよね……。

「気にしないで。もう立ち直っているから」

 ナギは大人びた表情で微笑む。

「そのひと、今度、結婚するの」

「え? そうなの?」

 初耳だった私は、ちょっと驚いた。恋人がいるとは聞いていたから、意外ではないし、もう大人の男性だから、当然なのかもしれない。でも。ナギは辛いだろうな、と思う。しかも、相手はナギの傍らにいつもいる。

「そーよ。結婚式、呼んでもらっているから、私、花嫁さんのブーケトス、しっかり狙っているわ」

 ぐっと拳を握りしめるナギ。強い。見かけによらずにタフで。本当に素敵だと思う。

 ナギなら、きっと、次の恋は素敵に上手くいくはずだ。

「結婚って、随分、大人の方なのですか?」

 由紀子ちゃんが遠慮がちに問いかける。

「由紀子ちゃんも知っている人」

 ナギは立ち上がって背を向けた。

「川村さんよ。私の、優秀なボディーガードの」

 年が離れすぎで相手にされなかったのよねーと、ナギは首をすくめた。

「要するに、私は、恋人募集中なの。由紀子ちゃんは?」

「私は、モテないですよー」

「嘘でしょ?」

 ナギが苦笑する。

「由紀子ちゃんも遥と同類かしら? ああ、でも。毎日、永沢君を見ているから、男を見る目が厳しいとか?」

「お兄ちゃんがどうかしましたか?」

 由紀子ちゃんがキョトンとする。

「それなら、ナギも同類でしょ。保さん、カッコいいし」

「――うちの兄さん、なよっちぃじゃん。背も低いし」

 ナギの保さんへの採点は厳しい。ま。川村さんが基準なら、たいていの男は弱々しいだろう。

「えーっ。保さん、素敵ですよー」

 由紀子ちゃんのフォローに、ナギは首を振る。

「ダメダメ。兄さんは優柔不断だし、ナルシストだもん。アホだし」

「ナギ、さすがに、酷くない?」

 ナギの理想の相手が保さんと全然違うのは、別に不思議なことじゃないけど。

「ナギ先輩、うちの兄、一応、それなりに筋肉ありますよ?」

 唐突に、由紀子ちゃんが永沢を売り込み始めた。確かに、永沢剛は優良物件である。顔よし、性格よし。しかも、運動神経抜群で、均整の取れた体格。バレー部では低い方だが、世間的には高身長だ。

「え?」

 ナギが固まる。パッと切り返さないところを見ると、完全に不意を突かれたらしい。ナギとしては珍しいことだ。

「永沢君、性格いいものね。私もいいと思うよ」

 私は由紀子ちゃんに賛同する。

「そ、それは、無理! えっと。由紀子ちゃん、あのね、私が無理っていうわけじゃなくて、永沢君の方が無理だから。変なこと言っちゃダメだよ?」

 さすがに妹の前で全面拒否するのがまずいと思ったのか、それとも、ほんの少し心が動いたのかよくわからないけれども、ナギは明らかに動揺しながら由紀子ちゃんを諭す。

「ごめんなさい。そうですね。うちの兄では、ナギ先輩のお相手はちょっと無理かもです」

 由紀子ちゃんはどう受け取ったのか、しゅんとして首を振り、その話を引っ込めた。

「そういえば、黒木さん、結構、筋肉質よね。どんな職種なのかな?」

 ナギが、突然話題を変えた。

「え? 全然気が付かなかったけど」

「でも、ゴツくはないですよね。川村さんも細マッチョさんですが、それより細身でしたよ?」

 由紀子ちゃんが思い出すかのように首を傾げる。

「少なくとも銀行員じゃないよ。ヨウさん以外でも何人か知っているけど、黒木さん、匂いが違うもの」

「匂い?」

「うん。何となく、川村さんと同じ匂いがするの」

 私には全く違いがわからないけど、ナギにはわかるらしい。お嬢様ってよくわからない、とつい思う。

「何にしても奥さんの具合、よくなっているといいですね」

 由紀子ちゃんが心配そうに首を傾げた。




 釣り道具を担いで広い土間に出ると「うわーっ、やっぱり!」と、そこに立っていた、永沢に笑われた。

 元が漁師さんの家だけあって、土間がとても広い。昔は台所があったらしく、かまどの跡がのこっている。

 ふと、目を上げると、釣り道具を担いだ糸田が目に入る。

「だから、そう言っただろ?」

 糸田はとても得意げだ。

「へいへい。ごちそーさま」

 ポンっと、永沢が、糸田の肩を叩いた。

「何?」

 キョトン、とすると、糸田がニヤっと笑った。

「遥が釣り道具を持ってこない訳がないって、話していたんだ」

「ん? だって、せっかくのサーフだし?」

「……潮干狩りするって、言ったよね、遥ちゃん」

 保さんは呆れたようだった。

「相変わらず、甘いわねえ、兄さん」

 ナギは、ニコリと糸田の方を見た。

「遥は釣りの予定がなくても、釣り道具を持っていく子なのよねー、糸田君」

「ナギちゃんが止めなかったら、な」

 つまりだ。ナギが「やめなよ遥」と一言いいさえすれば、釣り道具を置いてきた、という読みらしい。

 いい読みです。涙が出てきそうです。

「ナギちゃんは、面白がって、絶対止めないだろーし」

 くすりと、糸田がナギを見る。

 この二人、本当に以心伝心していて、妬きたくなってしまう。

 付き合ってから聞いたのだが、糸田はナギの恋の相談相手だったらしい。お互いが、他の人間に恋をしていることを知っているから、かえって、友情を育めた、ということらしい。

 でも、糸田は、ナギみたいな女の子に頼られていたのに、よく私を選んだなあと思う。

「どーせ、私は釣りにしか興味のない女です」

 糸田が私の頭をクシャとなでた。

「別に、それが、遥だから」

 馬鹿にされているのか、褒められているのかわからない言葉に、ちょっとムッとしながら、私は、奥から出てきた人影に目をやった。

「黒木さん、お出かけですか?」

 黒木夫妻の、旦那さん、黒木祐介さんが、釣り道具を片手に玄関へ出てきた。

「やあ。みなさんも、お出かけですか?」

 黒木さんは愛想よく微笑む。

「奥さん、調子どうですか?」

 糸田が心配そうに口を開いた。

「はい。お陰様で、だいぶ良くなりましたが、念のため夕食までは部屋でゆっくりするそうです。私は、女房に寝るのに邪魔だから、と追い出されまして」

 黒木さんは少し恥ずかしそうだ。

 奥さんとしても、旦那さんに楽しんできてもらいたいのだろうなあと思う。

「よかったら、ご一緒しませんか? 俺たち、サーフでやろうって思っているんですが。道具の予備もありますし」

 糸田が声をかける。

「そうか。じゃあ、オジサンも一緒に行こうかな」

 黒木さんはニコっと笑った。

「オジサンって、黒木さん、まだお若いですよね?」

 保さんが、首を傾げる。

「二十九才の既婚者って、君たちから見たら、もうオジサンでしょ」

 黒木さんは笑う。でも、薄いブルーのパーカーを羽織った姿はそんなに年齢の違いを感じない。

「オジサンというのは、真昼間だというのに、ビール開けてガンガン飲んでいる、奥の人たちのことを言うのです」

 私がそう言うと、ぶっ、とみんなが噴き出した。

「じゃあ、私はオジサン予備軍だね。女房が船酔いしてなかったら、奥に混じって飲んでいただろうから」

 ああ、このひと、意外と面白い人だな。

「黒木さんは、ヨウさんの銀行の人ですか?」

 ふと、ナギの言ったことが思い出されて、そう訊ねた。

「いや、私は、警備会社に勤めている」

「警備会社?」

 ナギが聞き返しながら、私に『当たりでしょ』というサインを送ってきた。

 恐るべし、お嬢様。

「銀行とかと契約している会社だよ。いわゆるガードマンだね」

「ああ、それで、鍛えていらっしゃるのですね」

 永沢が納得したように頷いた。

 私が顔を向けると、永沢が笑った。

「さっき野郎で水タンクを降ろしたんだけど。黒木さん、力持ちでさ。俺や亮より、力があったんだ」

「荷物を持つコツを知っているだけだよ。若いころ、引っ越し屋のバイトをやっていたからね」

 私たちは、それぞれに荷物を持って、浜へ向かって歩き始める。

 キラキラと光る海面が眩しい。五月になって、日差しは強くなってきたが、頬なでる潮風はまだ涼しげだ。

「黒木さん、スポーツは何を?」

 私が黒木さんの横を歩きながら問いかけると、すっと、その間に糸田が入ってきた。

 黒木さんは、あまりに露骨な糸田の態度に苦笑する。

「昔は剣道を少しね。今は、ジムで筋トレだけだよ」

「奥様とはどうやって知り合われたのですか?」

 由紀子ちゃんが興味津々で、問いかける。

 黒木さんは、ちょっと困ったような顔になった。

「……そんなに面白くないよ。ただの職場結婚だから」

「うわー、オフィスラブですね。素敵です!」

 目が爛々と輝く由紀子ちゃん。本当に、恋バナが大好きだなー。

「由紀子、やめろ。黒木さん、困っているじゃないか」

 永沢は黒木さんに「すみません」と頭を下げた。

「いいよ。いいなあ、君たちは、若くて楽しそうだ」

 なぜか、黒木さんの微笑みに陰りあるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ