一日目 午前11時デス
キラキラとした水平線の向こうに、二つの山からなる双瘤島が見えてきた。
南北に長いこの島は、南と北にそれぞれ港があるが、現在使っている港は島の南側にあるらしい。
ナギの話では、この島は昔から無人島だったわけではなく、昭和の中頃までは人が住んでいた。お世話になる塩野家の別荘は、島の南側にある昔の大きな網もとの民家を改装したという話だ。
もっとも、最後まで人が住んでいたのは、別荘のある南側ではなく、北側。
漁民たちが島を離れ、最後まで残っていたのは、企業の研究施設だったとか。だから、島の北側には、本州からライフラインである水道や電線が残っているらしい。
「じゃあ、電気は来ていないの?」
私が問いかけると、ナギが笑った。
「大丈夫よ。研究を兼ねて、発電機が置いてあるから」
「太陽光に、海流発電、一応、ガソリン駆動の発電機もあるから。一応、全天候、細々となら使えるようにしてあるよ」
前の席に座っていた道久おじさんが、振り返って教えてくれた。
「一応、島の南側は携帯も使えるよ。北側には、アンテナ置いてないから無理だけど」
「なんか、無人島ってイメージじゃないですね」
「でも、店はないよ」
クスクスと保さんが笑う。
「当然、信号もね」
島自体は、歩いて一周するとたぶん1時間半くらい。起伏があるから、実際の距離より時間がかかるらしい。残念ながら、その道は人が住んでいたころの道で、現在はそれほど整備していない場所があるとのこと。
「探検できますね!」
由紀子ちゃんは目を輝かせる。
「探検か。うーん。でも、探検もしたいけど、釣りの時間が減っちゃうなあ」
私が首を傾げると、ナギがクスっと笑った。
「遥は、本当に釣りのことしか頭にないのね」
「だって」
「私も、あまりこの島に来たことがないの。部屋割りして、お昼を食べたら探検しようよ?」
ナギは、くるくると大きな瞳を輝かせる。
ナギは、ボディーガードがいないと買い物にも行かせてもらえない。無人島の探検を一番楽しみにしているのは、実はナギなのだ。
「あの島、昔は人が住んでいたし、詳細地図もあるから、未開の無人島とは違うけど」
保さんが苦笑いを浮かべた。
「でも、廃墟って、何となくゾクゾクするよね」
保さんは何だかんだと言っても、男子である。大人のふりをしていても、目がキラキラしている。
「廃墟のゾクゾクって、ちょっと怖くて嫌です」
由紀子ちゃんが首をすくめる。
船はゆっくりと港へと、入っていった。
港は、もともとあった漁港を修繕したらしく、他に船もないのにしっかり護岸整備されていた。
港を見下ろす高台に、たくさんのソーラーパネルと大きなお屋敷がみえる。お屋敷は、伝統的な日本家屋のようだが、威圧感があるほど大きく見える。
港には、少しだけ照明施設も作ってある。要は、『夜釣り』に危なくないようにするためである。塩野家の釣りバカぶりに、万歳! というところかな。
女子的に問題があるとすれば、トイレ。屋敷にあるものと、島の真ん中の仮設しかないらしい。そもそも、下水設備のない場所なのだから、仕方ない。
島の東には、小さな砂浜があり、今日の夜はそこでバーベキューをすることになっている。
屋敷から港と反対側に降りると、そこには外洋沿いの磯。
私たちは荷物を降ろすと、軽トラに荷物を載せた。島にある車は、この軽トラだけらしい。
軽トラは保さんが運転して、先に港から出発した。
黒木さんの奥さんが船酔いをしたらしいので、二人は少し休んでから川村さんと一緒に来ることになったが、あとのみんなは徒歩でお屋敷に向かう。
「会長、これからの予定は?」
そこそこに急な登り坂だ。少し、息が乱れる。
「部屋割りして、とりあえず、飯。そのあと、バーベキューの支度をして、バーベキューは四時くらいから火おこしする予定だな」
「そういや、剛は、ボーイスカウトだったよな?」
糸田が、永沢に話しかける。
「昔の話だ。中学の途中までだし」
「へぇ。ボーイスカウト出身者なら、即戦力だな」
会長は嬉しそうだ。
「今回は、楠君がいないからねえ」
道久おじさんが頷く。楠さんというのは、うちの釣りクラブの中堅さんで、消防署でレスキュー隊をしている。もちろん、野外活動に超強い。でも、楠さんの奥さんが、ついこの前、お子さんを生んだばかりなので、今回欠席である。
「楠さん、早く、赤ちゃん連れてきてくれないかな」
ナギは待ち遠しそうだ。
「楠さんの奥さんも釣りをするの」
私は、由紀子ちゃんと永沢に説明する。
「女性の釣り師って、意外と多いのですねえ」
由紀子ちゃんは感心したらしい。
「なんにしても、野外料理は男のロマン。今日の晩御飯は楽しみにしておけよ」
会長が誇らしげに胸を張る。
「でも、会長は、火おこし、下手ですよね」
糸田がボソっと呟く。
そうなのだ。会長は、前にみんなで、バーベキューをやった時、楠さんがくるまで、火が起こせなくてこまったという前科がある。
「それは、お互いさまじゃないか、亮君」
「俺、子供ですから」
都合よく、未成年であることを主張する糸田。
「まさか、マッチとか使わずに火おこしするのですか?」
びっくりしたように、永沢が口をはさむ。
「着火剤もライターも使ったけど、炭に火が付かなくてね」
道久おじさんの顔は苦い。
「素人は、ドライヤー使うと簡単ですよ」
「え? 乾かすの?」
「違うよ、遥ちゃん。風を送るのに使うんだよ」
永沢が苦笑した。
そうだね。乾かしてどうするよ、私……。
「そういえば、黒木さんの奥さん大丈夫かなあ」
心配そうにナギが後ろを振り返る。
「船酔いって、三十分くらい気持ち悪い人もいるからね」
うちに釣り船でも、酔ってしまうひとはいる。陸に上がって、すぐ回復する人もいるけれど、しばらく動けない人も多い。
「後で、保に迎えに行かせるよ」
いくら病気ではないとはいえ、船酔いした人間にこの坂道はキツイかもしれない。
登り坂を昇り切ると、たくさんのソーラーパネルとお屋敷の側に出た。
白い軽トラから、荷物を降ろしている保さんが目に入る。
「そうだ。みんな、こちらに来てごらん」
屋敷のわきを通り抜けて、更に少し高くなっている場所の先は、大きな木があって、その向こうは崖になっている。
潮風が下から昇ってきていて、木の葉の背景は、空の青と、海の青。
「綺麗ですね」
由紀子ちゃんが感激した声をあげた。
眼下に、白波がぶつかる磯も見える。
「テンション、上がってきた!」
「よし。じゃあ、ハルちゃん、荷物を卸すぞ」
私は会長とハイタッチした。
部屋割りはすぐに決まった。
まず、私とナギと由紀子ちゃんで一部屋。
次に、糸田と永沢と保さんで一部屋。
会長と道久おじさん、ヨウさんで一部屋。
黒木夫妻が一部屋。
川村さんは、小さい小部屋で別室扱い。
他のみんなはバカンスだけど、川村さんはお仕事である。
お昼は、会長が用意したお弁当だ。
これが、美味しい。
特別にすごく高級食材って訳ではないのだけど、そこはプロの味。
時々、お店にアルバイトに行って、味を盗みに行っているけど、とてもその域に達することが出来ない。
私たちは、大きな和室にテーブルを置いて、お弁当を広げながら、夕食までのタイムテーブルを確認した。
オジサンたちは、すでにビールを開けている。いったい何しに来たんだろう?
「サーフで釣りするっていうのは?」
「……今、引き潮だ」
糸田に、速攻却下される。
「ね、潮干狩りしようよ?」
ナギが提案する。
「塩野さん、探検はいいの?」
永沢が問いかける。
「だって、明日もあるもの」
「そうだな。バーベキューは四時からだし、下準備とか考えると、浜で遊んでいる方が無難かな」
糸田が時計を確認する。確かにそれほど時間があるわけではない。
「アサリとかいるのかな?」
私の質問に保さんが笑った。
「少しはね」
「わあー。潮干狩りなんて、小学校以来です!」
由紀子ちゃんが歓声を上げた。
「よし、じゃあ、バーベキューの用意をしたら、浜へ出かけよう」
保さんの言葉に、私たちは頷いた。
「そういえば、黒木さんたちは?」
糸田が、テーブルを見回す。
「さあ? 奥さん調子悪そうだから、まだ部屋にいるんじゃないか?」
保さんは荷物を降ろした後、軽トラで黒木夫妻を港まで迎えに行ったのだ。
「なんか、相当つらそうだったからな」
「身体、弱いのかな?」
体調悪い時って、本当に酔いやすいらしいし。ちょっと心配だ。
「船酔いはキツイひとはキツイからなあ」と、糸田。
「知らない人が多いと、緊張するから余計かも」
ナギは心配そうに呟いた。




