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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
36/52

チョコよりメジナに愛をこめて9<如月>

 水族館に行くことが決まったので、午後の釣りは早めに切り上げることになった。風も出てきたので、いいタイミングだったと思う。

 お互い、結構な釣果があったので、一度、家に帰ってからでかけることにした。

 いくら寒いとはいえ、釣りに行く完全防寒服で、水族館に行ったら浮くだろう。

 先日、玲子たちに無理やり買わされた『愛されワンピース』が、まさか役に立つとは思わなかった。

 制服以外でスカートをはくことが少ないので、ワンピースを着ただけで、すごい気合を入れているような気分になってしまう。

 いつものパンツスタイルと、ワンピースを何回も鏡の前で見比べた。

 ニット地でふんわりした卵色のワンピースは、少女っぽくって、恥ずかしい。

 でも。

 バレンタインイベントの水族館なら、オシャレしたほうがいいよね、きっと。

 そう思い、思い切って、ちょっとだけ唇にルージュも引いてみた。

 家に迎えに来てくれた糸田は、私の格好をみて、黙ってしまった。

 水族館までのバスに乗り込んでも、あまり口をきいてくれない。

 似合ってないのかな。

 センスの良い玲子が太鼓判を押してくれた服だけど。コートや、靴やかばんは自分で適当に合わせたから、ちぐはぐなのかもしれない。

 それとも。

 気合が入りすぎた格好だから、糸田は引いちゃったのかな……。

 糸田自身は、単に夜の水族館に行きたかっただけで、デートするつもりじゃなかったかも…。

「チケットは、持っているから」

 水族館の入り口はチケットを買い求めるカップルで混雑していた。

「え?」

 突然、糸田に手を握られた。

「人が多いから、はぐれるな」

 私は糸田に手を引かれ、夜の水族館へ入館した。

 中に入ると、いつもよりは薄暗い照明になっていて、入り口ほどは混んでいなかった。

「手、握ってなくても、もう、大丈夫だよ?」

「暗いし。減るもんじゃないだろ?」

 糸田は手を握ったまま、奥へと進んでいく。

 目に入る周りのカップルは、腕を組んだり、腰や肩を抱き合ったりで、手を握るくらい恥ずかしくもなんともない環境ではあるものの、糸田の大きな硬い手に握られて、口がきけなくなるほどドキドキしている自分がいて。

 大きなサンゴ礁の水槽に、綺麗な色の魚たちがいた。

 サンゴの間で、休む熱帯魚たち。

 大水槽の前に作られたベンチに、私たちは腰を下ろした。

「綺麗だね」

 極彩色の水槽は、本当に綺麗だった。

「遥」

 糸田の低くて柔らかい声が響く。

「……付き合って?」

「どこへ?」

 美しい水槽に気を取られて反射で答えた私の言葉のあと、沈黙が流れた。

「お前、マジか?」

 呆れた糸田の声に、私は、糸田の顔を見直した。

 真剣な黒い瞳に、射ぬかれそうな感覚になる。

「もし、わざとはぐらかそうとしているなら、はっきり断れよ」

「え?」

 糸田の真剣な表情に押されて。突然、心臓が止まるほどびっくりする結論に到達して。

「付き合うって交際とか、そーゆー意味?」

「夜の水族館で、水槽見ながら言われたら、フツー、そうだろうが」

 私は、恥ずかしくなった。ボケすぎだ。私。

「でも、そういうところも含めて」

 糸田が私の耳に口を寄せた。

「お前が好きだ」

 頭が真っ白になって、心臓の音が体中に響き渡る。

「私――私……」

 知らないうちに涙がこぼれて。

「糸田が好き」

「うん」

 糸田の長い腕が私の肩にまわされて、引き寄せられた。

「ココアくれたから」

 糸田が小さく呟く。

「やっと、言えた。情けないけど」

「気づいていたの?」

 ココアにこっそりと込めた想い。

「一度、寸止めで告白しそこねて、でも、お前の様子が全然変わらないから、恐くなって、切り出せなかった」

「うん……」

 頷く私の頬を、糸田の指が拭う。

 私の耳元をやわらかい唇が掠めた。

「大好きだ」

 ささやく声に痺れたように。

 私たちは、水槽を眺め続けた。

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