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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
33/52

チョコよりメジナに愛をこめて6<如月>

 日本の建国記念日は、なんでも神武天皇が即位した日なんだそーな。

 二十一世紀になった現在も、記紀時代の記録で休日が決まっているというのが、のどかといえば、のどかである。

 女性でごった返すデパートのチョコ売り場の風景も、考えようによっては平和だ。

 張り切ってチョコ売り場の戦場に突入する玲子たちを、茫然と見送ると、私は、隅の方で水泳部員用に義理チョコを買った。

 釣りクラブの仲間には、チョコじゃなくてテグスや針を渡しているので、他に渡す予定はない。

 ひとり、予定より早く買い物を終えた私は、ぶらぶらとフロアを覗いた。

 チョコ売り場の隣に作られた製菓用品売り場も、チョコレート一色で、こちらも戦争状態である。

 製菓用品側は、ラッピング用品なども売っていて、とても華やかな包装紙やリボンが並んでいる。

 こんな煌びやかなラッピングをした上等なチョコレートを、糸田に渡したら、糸田はなんていうのだろう。

「チョコレート要らないって、言わなかったっけ?」と、言われてしまいそうな気がする。それが怖い。

 自分が、とても臆病になっていて、些細なことで、泣いてしまいそうな予感があって。

 そんなことになったら、糸田に迷惑をかけてしまう。

 だから。玲子たちには悪いけど、やっぱりチョコは渡せないと思った。

 待ち合わせの時間までの時間つぶしで、製菓用品とは関係ない調理器具をふらふらと眺める。

 可愛らしいお弁当箱を眺めながら、結局、『女の子らしい』お弁当を作ってあげなかったと思う。

 糸田のお母さんは、無事、昨日退院した。

 もう少し続けてもよかったんだけど、おばさんから電話で丁寧なお礼の言葉を頂き、終了することになった。

『お弁当のお礼に、キスしてもらったら?』

 不意に、ナギの言葉が頭によみがえり、慌てて首を振ってその言葉を追い出した。

 チョコレートを渡すだけでも無理っぽいのに、キスをねだるとか、絶対ありえない。

 私が、キスって言ったら、シロギスのことだと思われるな。

 天ぷらにするとおいしいよねーと、結論付けて終わりそう。まあ、それはそれでいいけれど。

「遥、ねえ、遥」

 玲子に後ろから声をかけられ、私は我に返った。どうやら私を捜していたらしい。

「ね、遠山君、どんなチョコが好きなのか、わかる?」

「遠山?」

 顔を真っ赤にした玲子に私はびっくりした。

 遠山は私と同じ水泳部員で、イイ奴だけど、はっきりいって地味である。遠山は密かに玲子が好きで、仲を取り持ってほしいとずーっと言われているのだけど、何しろ玲子は面食いのミーハーだから、たまーに偶然を装って会わせたりするのが精いっぱいで、それ以上の手助けはできないでいたのだけど。玲子ったら、いつの間に?

 そうか。だから、チョコを一緒に買いに行こうって言ったんだと理解する。

「遠山は甘党だから、ブラックじゃなければいいと思うよ」

「遠山君って、意外と子供っぽいのね」

「うん。味覚はお子様だと思う。普段着とかは割と大人っぽいけど」

「なんで、遥が、遠山君の普段着とか知っているの?」

 ムッとした声に、いけないと思いつつ、なんとなく笑えてしまった。心の中で、遠山に良かったねーと呟く。

「部の合宿とか打ち上げのカラオケとかで見るから」

「そ、そうか、そうよね。遥は糸田君がいるものね」

 玲子の言葉に、思わず苦笑する。

 玲子の中では、私と糸田は既に恋人同士になっているようだ。

「遥は、糸田君に何をあげるか決めた?」

「え? あ、うん」

 曖昧に頷く。

 玲子は、くすくすと笑った。

「じゃあ、あとで、バレンタインデート用の洋服も買いに行こうね」

「バレンタインデート?」

「金曜日にアタック成功したら、土曜日はデートよ!」

 えっと。告白の結果を待たずに、デートの用意をするって、どれだけ玲子って強心臓なの?

 そりゃあ、玲子が告白したら、遠山はオッケーするに決まってますけど。

 私はそんな根性ないよ。あれ?

 そういえば、土日……。

「メジナ釣りだ」

 何も考えずに約束したけど。

 土曜日はバレンタインデーだった。

 たぶん、糸田も何も考えてなかったとは思うけど……。

 私と釣りの約束して、本当に良かったのかな?

「もう、遥ったら、バレンタインくらい釣りから離れてよ」

「……そう言われても」

 釣り以外で、糸田と出かけた事が皆無だと思い至って。

 やっぱり、ただの友達なのかな……。

 チョコ戦線に戻っていった玲子を見ながら、製菓用品用に並べられたココアの粉末を手に取った。

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