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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
31/52

チョコよりメジナに愛をこめて4<如月>

 寒風が体に沁みる。

 空は青く、日がさしているにもかかわらず、足元から冷気がのぼってきている。

 青い海原を眺めていても、気分がすっきりしない。

 建国記念日は、玲子たちと買い物に行くことになってしまった。正直、バレンタインなんてどうでもいいと思っているのに、どこかソワソワして落ち着かない。

 糸田が、私にとって大事な存在なのは間違いない。でも。今のままではいけないのだろうか。

 それに。

 美しい、青と金の星。

 何故、私にアルビレオを見せてくれたの?

 私の知っている、糸田の好きな人って、誰なのだろう。

 海が荒れているせいか、心も乱れるばかりだ。

 竿からたらした目の前のウキが波にのまれて、当たりが来ているのかどうかわかりにくいのといっしょで、自分の心の中がモヤモヤしていて、すっきりしない。

 磯に打ち付ける波しぶきのように、すべてを無に散らしてしまうのが怖い。

 糸田のお弁当は、糸田のクラスの噂になっているらしいが、糸田自身から何も言ってこないので約束通り作っている。

 糸田のお母さんの手術は成功したらしい。経過も順調で、内臓系の手術後は体調さえよければ早めに立って歩くことが推奨されているらしいこともあり、予定の二週間どころか、もっと早い、10日ほどで退院できるそうだ。

 おばさんが退院すれば、約束は終わり。もちろん、おばさんの体調しだいではあるのだけど。順調なら、あと二回ほどお弁当を作れば終わりだ。

 いろいろ複雑な想いはあるものの、お弁当を作るのは楽しい。空っぽになっているお弁当箱をみると、それだけで、なんだか幸せになれる。

 ナギから、本格的な弁当と言われてしまったけれど、内容は平凡なものばかり。豪華なものを入れる気もないし、今さら無理をして、キラキラデコ弁当など作る気は毛頭ない。というか、もともと作れないけど。

 だいたい、例えばハートの飾り切りをふんだんに取り入れたような弁当だったら、糸田が困るだろう。

 だって。

 私と糸田は、釣り友達以外、なんでもないのだし。

 今日の午後は、両親がおばさんをお見舞いに行くと言うので、私は店番だ。

 空は文句なしの晴天。取りあえずお昼まで時間が空いたから、いつもの波止場ではなくて、一番近い磯釣りとしゃれこんだ。

 この時期の磯といえば、メジナ。関西ではグレ、というらしい。とにかく美味しい。

 ただし、釣れれば。

 天気はいいが、強風でとにかく寒い。潮は荒れまくっている。しかも集中力が欠けているから、当たりに全然合わせられない。一時間近く座っているのに、エサを取られるばかり。まるで餌の絶賛大放出セールだ。

 それに。冷たい、と思ったら、波しぶきではなく、雪が風に乗って飛んできていた。

 こりゃ、ダメだ……。

 人生、あきらめが肝心である。

 私は釣り道具を片付け、足元に気を付けながら磯を後にした。

 堤防道路をとぼとぼ歩きながら、ため息をつく。

 頭がすっきりしないときは、何をやってもうまくいかないようだ。

「あれ、ハルじゃないか?」

 聞きなれた声に振り返ると、コウ君こと、沢村浩二が自転車でフラフラとこっちへやってきた。ちょっとオシャレなダウンジャケットに明らかに手編みのマフラーをしている。

 コウ君の家はこの近所だし、駅へ行く通り道だ。会ったところで何の不思議もない。

「釣りか?」

「うん。でも今日は寒いから諦めた。コウ君は、これからデート?」

「まあな」

 コウ君は嬉しそうに真っ赤になった。

 普段は鬼畜なコウ君だが、恋愛に関しては滅茶苦茶ピュアである。

 少女漫画にあるような、信じられないくらいの溺愛ぶりなのだ。もっとも、愛され彼女は、コウ君には勿体ない天使のような女の子なので、当然である。

「寒いのに、お熱いことで」

 思わず苦笑する。

「羨ましいだろう」

 コウ君は、ふふん、と笑みを浮かべた。時間があるのか、自転車を降りて隣を歩き始めた。

「ん? 何か用?」

「ちょっとな」

 コウ君は頷いて、コホンと咳払いをした。

「ハル、お前、亮に弁当作っているんだって?」

「……糸田から聞いたの?」

 質問に質問で返す私。コウ君は糸田の親友だから、知っていてもおかしくはない。

「あ、やっぱりねー。そうなんだ」

 うんうん、とコウ君が頷いた。

 やっぱりって。おい。どーゆーこと?

 自体が呑み込めない私を見て、コウ君がにやりと笑った。悪い顔だ。

 しまった。ハメられたらしい。

「塩野が教室に怒鳴り込んできたじゃん。で、それとなーく、C組にさぐりを入れたら、亮が母親の入院中にもかかわらず弁当持ってきているって噂になっててさ」

 ニヤニヤ笑いながら、コウ君が私を見る。

「言っとくけど、亮はそーゆーの、全然口を割らないんだよねー。お前と違って」

 がーん。

 ごめん。糸田。

 私は、心の中で糸田に手を合わせる。どうやら簡単な誘導尋問に引っかかったようだ。

 コウ君は幼馴染だから私を知り尽くしている。しかも、鬼畜だ。どうしてこんな奴が糸田の親友なのだろう。

「誰にも言わないでよ。糸田に迷惑かけたくないから」

「言わねーけど。でも。なんで亮が迷惑するの?」

「だって、ほら。変な噂とかになったら、悪いし」

 コウ君はあきれ顔になった。

「お前は亮と噂になったら迷惑なのか?」

「へ?」

 その質問は想定外で、私はびっくりして、言葉が出てこなかった。

「言っとくけど。亮は、お前と噂になっても平気だぞ」

「はい?」

 意味がわからず、首を傾げると、コウ君は可愛そうなものでも見るかのような目で私を見た。

「お前、本当メンドクサイな」

 メンドクサイって、ナギにも言われたけど……どういう事?

「やっぱり、俺がひと肌脱いでやらねばならんな」

 コウ君が、不敵な笑みで何事かをたくらんでいる。こういう黒い笑みを浮かべたコウ君は、ろくなことを考えていないことは経験上、知っている。

「何かわからないけど、遠慮します」

 心から丁寧にお断りした。

「気にするな。悪いようにはしないって」

「私はともかく、糸田に迷惑かけないでよ」

「大丈夫、うまくやるから」

 やらなくていーからっ!

 私の叫びを無視して、コウ君は何かを勝手に計画を立て始めたようだ。そして、うんうんと、頷きながら、自転車に飛び乗る。

 願わくば、溺愛彼女とのデートで変な企みのことはすっぱり忘れてほしいものだ。

「今日は散々かも」

 私は大きくため息をついた。

 コウ君の背中は、憎らしいほど楽しそうに見えた。


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