チョコよりメジナに愛をこめて3<如月>
その日。糸田のお母さんが入院すると聞いた、うちの両親が大騒ぎをはじめ大事になった。
頼まれてもいないのに、家族で糸田家に押しかけ(ごめんなさい!)、親戚が遠方にしかいないということを確認するなり、うちの母親は『遠くの親戚より、近くの他人よ!』とのたまい、入院の準備から、入院中のおばさんの看護に至るまで、手伝う話をとりつけた。
お節介なのは、血筋らしい。
糸田の弁当を作る話は、おばさんの知るところになり、弁当代まで頂くことになってしまった。
うちの親は、私が弁当作りを申し出たことを知るや、女手のない糸田家に私をしばらく奉公? に出そうとまでしたが、さすがにそれはおばさんに丁重に断られた。(年頃の娘をなんだと思っているんだろう)
もっとも、瞬さんとかおじさんは、おばさんを恨めしそうに見ていたから、人手は欲しかったのかもしれない。入院すると、食事の他にも洗濯とか看護とかたいへんだろうから。
とりあえず、糸田家の一大事は大磯家の一大事になってしまったのだった。
「……と、いうような状態です」
「ふーん。納得しました」
ナギが面白そうに笑った。
糸田のお母さんが入院して二日目の放課後。
私は、ナギに誘われて、ファーストフードでお茶をしていた。例によって、視界の隅にボディガードの川村さんの姿がある。
「どうして、私がお弁当を作っているってわかったの?」
今日の昼食後。ナギは突然、『親友の私に何も報告ないの?』と、クラスに押しかけてきた。学校のアイドルのあまりの剣幕に、私はクラスメイトから非難の目をむけられ、息苦しくなってしまったほどだ。
「だって、糸田君、めちゃご機嫌だし、よく見たら煮卵入ってたもん」
煮卵……。
いや、それで製作者を特定するって、あまりにも安直な推理じゃない?
ナギは首を振った。
「糸田君が誰かに作ってもらっているんじゃないかって、言いだしたのは私じゃないよ?」
えっと。それはどういう意味だろう。
「山倉君がさ、お母さん入院したのに、弁当どうしたんだって、糸田君に聞いて」
ナギは思い出すように人差し指を立てて、口を開く。
「え? じゃあ、ナギ、おばさんが入院したって、知ってたの?」
私の指摘に、ナギはにっこり肯定する。
「だから、何?」
ナギの目が笑ってない。ちょっと怖い。
「糸田君は、山倉君の質問を適当にはぐらかしたわけ。それで、誰に作ってもらったのだろうって話になって」
「ちょっと、それって、クラス中で話題になったってこと?」
「クラスの一部よ、一部」
青ざめた私に、ナギはにっこり笑う。いや、一部って、山倉と糸田の会話をナギが引用する時点で、大きく話が拡大しているのが立証されてて、何の慰めにもならないです。
「女の子が作ったにしては、あまりに本格的なお弁当だから、親戚じゃないかとか言う男子もいたよ? ただ、それにしては糸田君のテンションが高いから」
若さの少ない弁当でスミマセン。
「大丈夫。この状況で、遥を特定できるのは、私と兄さんだけだから」
にこにこっと、ナギが笑う。ナギの笑顔がこんなに怖いと思ったことはない。
「でもさ、お弁当を作ってあげるって関係に進んでいたなら、親友の私に報告してほしいじゃない?」
「関係も何も、ただ作ろうか? って提案したら、お願いしますってなっただけデス」
本当のことなのに、弁明している気分だ。実際、何かが進展して、こういう結果になったわけじゃない。
ナギは、なぜか残念なものを見るような目をしている。しょうがないよ。だって、本当のことなんだから。
「でもそんなことになっているなら、糸田に迷惑かなあ」
「……遥のお弁当、糸田君が迷惑なわけないじゃん」
ナギは呆れ顔だ。
「やめる、なんて言ったら、絶対ガッカリするよ」
「そうかなあ?」
ふーっと、ナギがため息をつく。
「とりあえず、経緯はわかったわ。相変わらず、遥も糸田君も面倒くさいなあ」
「何が?」
ナギは、私の質問に答えず、首を振った。
そして、いたずらを思いついたように、くすり、と笑った。
「遥」
「何?」
「お弁当のお礼にね」
「お礼?」
ポカンと口を開けた私の耳元で、ナギが小声でささやいた。
「キスしてもらったら?」
もうすぐバレンタインだしねーと、とびっきりの笑顔でナギは笑った。




