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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
30/52

チョコよりメジナに愛をこめて3<如月>

 その日。糸田のお母さんが入院すると聞いた、うちの両親が大騒ぎをはじめ大事になった。

 頼まれてもいないのに、家族で糸田家に押しかけ(ごめんなさい!)、親戚が遠方にしかいないということを確認するなり、うちの母親は『遠くの親戚より、近くの他人よ!』とのたまい、入院の準備から、入院中のおばさんの看護に至るまで、手伝う話をとりつけた。

 お節介なのは、血筋らしい。

 糸田の弁当を作る話は、おばさんの知るところになり、弁当代まで頂くことになってしまった。

 うちの親は、私が弁当作りを申し出たことを知るや、女手のない糸田家に私をしばらく奉公? に出そうとまでしたが、さすがにそれはおばさんに丁重に断られた。(年頃の娘をなんだと思っているんだろう)

 もっとも、瞬さんとかおじさんは、おばさんを恨めしそうに見ていたから、人手は欲しかったのかもしれない。入院すると、食事の他にも洗濯とか看護とかたいへんだろうから。

 とりあえず、糸田家の一大事は大磯家の一大事になってしまったのだった。

「……と、いうような状態です」

「ふーん。納得しました」

 ナギが面白そうに笑った。

 糸田のお母さんが入院して二日目の放課後。

 私は、ナギに誘われて、ファーストフードでお茶をしていた。例によって、視界の隅にボディガードの川村さんの姿がある。

「どうして、私がお弁当を作っているってわかったの?」

 今日の昼食後。ナギは突然、『親友の私に何も報告ないの?』と、クラスに押しかけてきた。学校のアイドルのあまりの剣幕に、私はクラスメイトから非難の目をむけられ、息苦しくなってしまったほどだ。

「だって、糸田君、めちゃご機嫌だし、よく見たら煮卵入ってたもん」

 煮卵……。

 いや、それで製作者を特定するって、あまりにも安直な推理じゃない?

 ナギは首を振った。

「糸田君が誰かに作ってもらっているんじゃないかって、言いだしたのは私じゃないよ?」

 えっと。それはどういう意味だろう。

「山倉君がさ、お母さん入院したのに、弁当どうしたんだって、糸田君に聞いて」

 ナギは思い出すように人差し指を立てて、口を開く。

「え? じゃあ、ナギ、おばさんが入院したって、知ってたの?」

 私の指摘に、ナギはにっこり肯定する。

「だから、何?」

 ナギの目が笑ってない。ちょっと怖い。

「糸田君は、山倉君の質問を適当にはぐらかしたわけ。それで、誰に作ってもらったのだろうって話になって」

「ちょっと、それって、クラス中で話題になったってこと?」

「クラスの一部よ、一部」

 青ざめた私に、ナギはにっこり笑う。いや、一部って、山倉と糸田の会話をナギが引用する時点で、大きく話が拡大しているのが立証されてて、何の慰めにもならないです。

「女の子が作ったにしては、あまりに本格的なお弁当だから、親戚じゃないかとか言う男子もいたよ? ただ、それにしては糸田君のテンションが高いから」

 若さの少ない弁当でスミマセン。

「大丈夫。この状況で、遥を特定できるのは、私と兄さんだけだから」

 にこにこっと、ナギが笑う。ナギの笑顔がこんなに怖いと思ったことはない。

「でもさ、お弁当を作ってあげるって関係に進んでいたなら、親友の私に報告してほしいじゃない?」

「関係も何も、ただ作ろうか? って提案したら、お願いしますってなっただけデス」

 本当のことなのに、弁明している気分だ。実際、何かが進展して、こういう結果になったわけじゃない。

 ナギは、なぜか残念なものを見るような目をしている。しょうがないよ。だって、本当のことなんだから。

「でもそんなことになっているなら、糸田に迷惑かなあ」

「……遥のお弁当、糸田君が迷惑なわけないじゃん」

 ナギは呆れ顔だ。

「やめる、なんて言ったら、絶対ガッカリするよ」

「そうかなあ?」

 ふーっと、ナギがため息をつく。

「とりあえず、経緯はわかったわ。相変わらず、遥も糸田君も面倒くさいなあ」

「何が?」

 ナギは、私の質問に答えず、首を振った。

 そして、いたずらを思いついたように、くすり、と笑った。

「遥」

「何?」

「お弁当のお礼にね」

「お礼?」

 ポカンと口を開けた私の耳元で、ナギが小声でささやいた。

「キスしてもらったら?」

 もうすぐバレンタインだしねーと、とびっきりの笑顔でナギは笑った。



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