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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
27/52

シーバスと俺の魔女10<秋>

 そろそろコンビニが見えてきたあたりで、交差点に複数の人影が見えた。

 横に、改造車がエンジン音を激しい音を立てながら止まっていた。

「だから、行きません!」

 チンピラ風の男ふたり、大磯の前に立ちふさがっている。

 エンジンをかけたままの車は無人だ。

 信号待ちをしている大磯を見かけて、降りてきたらしい。

 他に人影も、車もない。

「いいじゃないか。綺麗な夜景を俺たちと楽しもうぜ」

 男の一人が、大磯の腕をとろうとする。

「遥!」

 咄嗟に名前で叫び、走り寄る。

「糸田!」

 振り返った大磯が、俺の顔を見て泣きそうな顔になった。

 男たちが俺に気を取られたすきに、大磯は俺に抱き付いてきた。

 俺は、そのまま男たちを睨み付ける。

 自慢ではないが、俺はガタイがデカいし、目つきも悪い。バレーボール部なので、当然、腕は太い方だ。格闘技の経験はないから、実はけんかに自信はないけど。

 でも、なよっちいチンピラ兄ちゃんなら、手を出さずに勝てる自信がある。

 睨み合いの結果。

「ちっ」

 チンピラたちは、興味をなくしたように舌打ちをして、車に乗って去っていった。

「大丈夫か?」

「……うん。ありがとう」

 大磯の身体が少し震えている。片腕を背に回し抱き寄せ、優しく頭をなでながら、落ち着くのを待った。

 自分が来るのがもう少し遅かったら、と思ったら、ゾッとした。

「面倒見るって、言ったろ? 遠慮して勝手に出歩くな」

「うん」

 彼女の身体の震えがおさまってくると、急に、腕の中にある柔らかな温もりを意識し、胸の鼓動が早くなった。鼻孔をあまやかな芳香がくすぐる。ドサクサにまぎれて、腕に力を込めて引き寄せたくなってしまうのを、必死で自制する。

 俺は、名残惜しいのを我慢して、ゆっくりと彼女から身体を離した。

「本当にありがとう」

 大磯は身体を離したものの、俺の服の裾を握ったままそう言った。よほど怖かったのだろう。

「まあ、俺、何もしてないけどな」

 実際、睨み付けただけだ。

「こういう時は、目つきが悪くて良かったと思うね」

 大磯がぶんぶんと首を振った。

「糸田は、目つき悪くないよ……ちょっと眼光が鋭いだけ」

「それって、いっしょだって」

 俺が苦笑すると、大磯は不満げに口をとがらせた。

「そんなふうに言っちゃダメだよ」

 大磯はそれだけ言うと、黙ってしまった。

 せっかくフォローしてくれたことを否定して悪かったなあと思いながら、コンビニへと入り、トイレと買い物をすませた。

「もう、おでんの季節だな」

 帰り道。しみじみとしながら、大磯を見る。

 だいぶ落ち着いたようだが、まだショックが残っているようだ。

 さすがに、信号待ちのわずかな時間に、車から降りてきたチンピラに絡まれるというのは、予測外だったろう。

「なあ、俺なら魔女をメッタ刺しってどういう意味?」

 気分を変えようと、俺は大磯に話しかけた。

「えっと」

 大磯は、口元に少しだけ笑みを浮かべた。

「糸田は、自分が好きな女の子を殺そうとした人間に、同情しない気がして」

 あまりに突拍子もない意見に、びっくりする。

「コウくんの話、すごく魔女に同情的だけど、お姫様に対して、王子様、愛が少ない気がするのね」

 鋭い、と思う。

 浩二は、『嫉妬してそれゆえに滅びる女』が書きたかっただけだ。作者自身の姫への愛は全くない。

「永沢君は良くも悪くも博愛だからあれでいいと思うけど。糸田はもっと不器用だと思う」

 そういう面はあるかもしれない。同じ状況下なら、俺は、たぶん魔女に同情する余裕がないタイプの男だ。大磯は、俺の性格を見抜いているなあと感心する。

「そうかもな」

 その割には、俺の気持ちには気が付いてくれないけど。もしかして、ホントは気づいてて、気が付かないふりをしているのだろうか。だとしたら、相当な魔女だ。ま。大磯の天然ぶりは俺以外にも炸裂しまくっているから、それはないだろうけど。

「俺、心狭いからな」

 思わず呟くと、そんなことない、と大磯が微笑した。

「お姫様は、幸せだと思うよ」

 それなら魔女じゃなくて、姫役ならやってくれるのか? と、つい聞きたくなったけれど。

 それを言う勇気はまだ無くて。

「そういえば、剛のファンはどうよ?」

 強引に話をそらす。

「ん? なんか、私、大丈夫みたい」

 気にしすぎたみたいだわーと、のんきに大磯は笑った。

 浩二の言うとおり、『永沢応援モード』なのだろう。ようするに、クラス内公認カップルなのか? それはそれで、ムカツクけど。

「例の、お姫様の子は?」

「うーん」

 大磯は首をひねる。

「結構、いろいろ言われたりしているの。助けてあげたいけど、最近、私、あの子に嫌われたみたいで」

 複雑そうな顔をする。

「たまに、スゴイ目で睨まれたりするから。お節介はしないでほしいのかなーって」

「女子の世界は、複雑だな」

「うん。メンドクサイ」

 もっとも、大磯が考えているより事態は単純な気がする。

 たぶん、藤村は剛の気持ちに気が付いたのだ。

 しかも剛ファンは、大磯(というより、剛?)の味方らしいから、藤村は大磯にいい感情が持てなくて当たり前かもしれない。

「そういえば、俺、さっき、スズキ釣ったぞ」

 暗闇に浮かび上がる、橋が見えてきたところで、俺は得意げに報告した。

「本当? すごーい!」

 大磯は自分のことのように目を輝かせた。

「私も釣りたい! っていうか、絶対釣る!」

 橋桁の傍の明かりの下で釣っていた親父さんが、俺たちに気が付いた。

「おーい! 遥、亮君、俺もスズキ、あげたぞー」

 得意げに手を振る親父さんを見て、つい、俺は苦笑する。

でも。

 何事もなかったわけだし、良しとしよう。

 魔女殿も元気になったし。

「どうしたの?」

「……なんでもねえよ」

 小首を傾げた大磯に、俺は軽く笑みを返した。

 海からの風が、潮の香りを運んできていた。



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