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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
21/52

シーバスと俺の魔女4<秋>

 学校祭までの日付が迫り、校内が慌ただしい。

 俺たちバレーボール部は県大会を控えているから朝、夕の練習をしているが、練習の為に終業後、クラスを抜け出るのに、後ろめたさを感じる。

 学校祭の日程は、一日目が体育祭、二日目が模擬店&展覧会で、三日目が文化祭だ。

 俺のクラスは模擬店参加なので、体育祭の応援と模擬店の衣装や仕入れ、当日の営業予定が主な準備内容になる。

 模擬店の衣装や仕入れ等は、塩野コンツェルンのお嬢様である塩野凪が、完全に指揮っているので、ほぼ丸投げであるが、クラスの女子たちは、体育祭の応援用のハッピを手作りするため、マネージャーの中野は練習に来ていない。

 本来、男子生徒は、体育祭の応援用の看板等の大物を作らなければならないのだが、俺や、山倉は特別に免除してもらっている。

 とはいえ、劇をするクラス、特に主役をやる剛は、流石に他人任せにするわけにもいかず、今日も一時間遅れでやってきた。背が低いハンデ(とはいえ、174センチはあるのだが)のある剛は、誰よりも練習の虫で、劇の練習を抜けるのも大変だろうに、休まずにやってくる。

「遅れてすまない」

 言いながら、ストレッチをする剛は、ちょっと疲れていた。

 確かに、大磯に見せてもらった台本のセリフは、超恥ずかしく、さぞや疲れるだろう。

「剛、目が死んでるぞ。大丈夫か?」

 わずかな微笑みを剛は浮かべて、大丈夫だ、と告げる。

 この前は超ご機嫌だったが、剛のクラスで、演出をやっている沢村浩二は妥協を知らない。

 はっきり言って鬼畜な男である。苦労は多かろう。

 剛は、ストレッチが終わると、一年生といっしょにレシーブの練習を始めた。とにかくマジメな男である。

「あの、すみません」

 コートの隅で、地味にトス練習を一人でしていると、女子に声をかけられた。

「2-Aの藤村沙織といいます。永沢君を呼んでいただいてもいいですか?」

 な、なんだ、この萌えっぽい声。わざとではないだろうが、アニメ声優のような甘い可愛らしい声だった。

 顔は同級生なのにかなり年下に見える。しかし、胸は制服のブラウスが、はちきれそうなほどに豊満で、顔と身体にギャップがあった。

 ロリータ顔の巨乳女子って実在するんだなと、思う。

 つい、豊満な胸元に目がいってしまった。

 男の悲しいサガである。

 藤村沙織? 

 名前に聞き覚えがあった。

「ああ、剛の相手役の子か」

 俺が呟くと、彼女は真っ赤になった。

『沙織ちゃん、永沢君を好きみたいだから』

 不意に、大磯の言葉を思い出す。今の態度を見ても、非常にわかりやすい。

 あの、超ニブの大磯が気付くのだから、この子、本当に大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になった。

「剛、客だぞ!」

 これだけ全身に「大好きです!」オーラを出してりゃ、剛だって悪い気はしないだろうなあと思いながら、剛を呼んだ。

「あれ? 藤村さん」

 練習から抜けて出てきた剛に、彼女は抱き付かんばかりの勢いで駆け寄ったのに、剛の表情は完全に作り笑顔だった。

 頬を染め、満面の笑みを浮かべる彼女と、まるで営業用の偽スマイルが張り付いた剛の間には、相当な温度差があった。

「……糸田、デバガメは趣味悪いよ」

 ぼそり、とアルトの声が俺の後ろでして、俺は慌てて振り向いた。

「お、大磯?」

「そりゃあ、沙織ちゃん、可愛いけど」

 少し拗ねたような口調。

 そう感じるのは、俺の自意識過剰で、実際は、単に呆れている可能性の方が高い。

 大磯は、俺のことを特別な異性として意識してくれていない。ただ、決して少なくない大磯の、男友達ナンバーワンの地位は確立していると、思ってはいるが。

「何か用か?」

 手にしたボールを指先でクルクルと回しながら、俺は大磯に話しかけた。

「うん。コウ君が、今日、練習終わったら、演劇部の部室に来てって」

「俺?」

 浩二は現在、文化祭に向けてクラスと演劇部の出し物の掛け持ちで忙しいのはわかるが、俺にいったい何の用事だろう。

「何の用だ?」

「さあ? でも悪い顔してたから、きっとロクでもない話だと思う」

 大磯は首をすくめた。恋愛感情は全くなさそうだが、大磯と浩二の関係は非常に謎である。仲がいいのか、悪いのか、まったくわからない。

「お前、それだけの為にわざわざ来たの?」

 大磯は少し不機嫌そうな顔をした。

「コウ君に、永沢君の忘れ物を届けるついでに伝言して来いって言われたの。忘れ物は、沙織ちゃんが渡したいって言うからお願いしちゃったけど。伝言も沙織ちゃんに頼めば良かったかもね」

 大磯は俺の目を探るようにじっと見つめる。

「な、なんだよ」

 その瞳にドキリとして、俺はうろたえた。

「別に」

 ぷい、と、横を向いてしまう大磯に、俺は不安になる。

 今までのやり取りで、そんなに彼女を不機嫌にするようなことをしただろうか?

「ご、ごめん。手間、かけさせた」

 とりあえず謝罪する。

 大磯は軽く頭を振ると、苦笑した。

「ううん。ごめん……。気にしないで。私が勝手に来たのよね」

 思い直したように苦笑した。

「コウ君、何か企んでるから注意してほしかったの。私の主観は伝言では伝わらないし」

 大磯は剛と話している藤村を呼んだ。

「沙織ちゃん、私、先に帰るよ!」

 大磯は、もう一度クラスに戻って劇の衣装合わせをするらしい。

「遥ちゃん、待って!」

  慌てたように、藤村が大磯のもとに走ってくる。

「大磯さん!」

 藤村だけでなく、剛もこっちにやってきた。

「わざわざ、どうしたの?」

 嬉しそうに剛が大磯に話しかける。俺が見ても、笑顔が眩しいくらいだ。

 剛の態度に温度差がありすぎるのに、『大好きオーラ』発散中の藤村はそれにまったく気が付いていないようだ。

 と、いうか。大磯は剛に特別な感情はないと言っていたが、剛のほうは大アリで、隠す気もないらしい。それに気がついていない大磯はやっぱり鈍い。

「えっと。私は沙織ちゃんの付き添いっていうか、あと、野暮用があったからね」

 ちらちらとこっちを見ながら、大磯が話す。剛が大磯の視線に気が付いて俺を見た。

「大磯、あのさ」

 馬に蹴られる気がしたが、助けを求められているような気がして、会話に割って入る。

 大磯が嬉しそうに俺を見上げた。

「何?」

 剛の視線が痛い。藤村はキョトンとしている。

「どうでもいいけど、模擬店の日、俺と山倉、別シフトになった」

「そうなの?」

「ああ。俺、遠山と一緒だから」

 大磯が目を輝かせる。

「わざわざ変えてくれたの?」

「別に。衣装の経費削減の問題。俺と山倉しか着ないサイズを二つ借りるのは、もったいないから」

 いくら塩野コンツェルンのお嬢様の顔ききとはいえ、学祭の予算は限られている。

 そもそも、返却時のクリーニング代だって馬鹿にならない。

 だいたい、最初のシフト決めがある女子の独断と偏見によるものだったため、合理的な視点が、欠けていたのだ。

 大磯のため、というよりは主に予算的な視点で、俺が変更を願い出るとクラス男子と一部女子の圧倒的な支持を得て、シフトの見直しが行われた。

 もっとも、俺が遠山といっしょのシフトになるように工作したという事実は、大磯には内緒だ。

「サンキュ。これで、遠山に恩が売れるわ」

 大磯は、ホッとしたらしい。

 大磯の満面の笑みを向けられ、俺はドキリとすると同時に、剛の物言いたげな視線に首筋がチリチリと痛んだ。

 正直言って、剛と俺では、誰が見たって、剛のほうがカッコイイ。

 俺が勝てるのは、身長と釣りのスキルと、付き合いの長さだけ。これぐらいの邪魔? は、ハンデ内だと思う。

「それじゃ、私、教室に戻るね。永沢君も、練習頑張ってね」

 俺に向かってニコッと笑ってから、大磯は永沢にも、笑みをむける。

「じゃあな」

 俺は大磯に軽く手を振って、レシーブ練習の列に戻ることにした。

「うん。コウ君に気を付けてね」

 にっこり笑顔をむける大磯の後ろから、射るような剛の視線を感じたが、気にしないことにした。


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