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女の子だって釣りがしたい  作者: 秋月 忍
高校二年生 編
19/52

シーバスと俺の魔女2<秋>



「六条御息所?」

「なんでもない」

 不思議そうな大磯に、軽く笑みを返し、以前、浩二がやたらと『源氏物語』の中の六条御息所について語っていたのを思い出す。葵上をとり殺す彼女に創作意欲が刺激されると言っていたな……。

 内容は西洋もの風になっているからパッと読んだだけでは六条御息所だとは誰も思わないだろう。それに婚約者の姫は、葵上というより、夕顔の君に近い。

 浩二が魔女に大磯を推薦した理由もわかった。魔女は、姫より美人でなければいけない。

 そうでなければ、観客の関心も興味も魔女から離れ、ただの勧善懲悪物語だ。

 大磯は『可愛い』より『美人』に属するタイプだ。もちろん可愛くない訳ではないが……。

 姫役の女子がどれだけ可愛いのか知らないが、少なくとも浩二の中で一番美人だったのが、大磯だったわけだ。

 

 あいつ、大磯の『顔』には惚れているからなあ。


 ふと思う。浩二は、幼馴染の大磯を『顔だけは好み』と俺によく話す。ただ、顔のイメージにそぐわない気さくな性格や、アクティブなアウトドア派で、しかも釣り好きという部分が、全く女性に見えないらしく、「イメージって大事だよな」とかいっている。

 もっとも、浩二のイメージ通りだったら、きっと高飛車で嫌な女に違いない。

 大磯が自分を『女らしくない』と信じ込んでいる部分の六割は浩二の刷り込みではないかと俺は思っている。

 とにかく、魔女のキャラは、美人でなければいけなかった。


 しかし、幼馴染を魔女に推薦するなんて、なんか、ひでぇ。


 親友ではあるが、ふと思う。

 物語の見せ場は、姫を呪い殺そうとして儀式をしている魔女の家に王子がやってきて、彼女を剣で倒すところだ。

「……この最後のシーン、かなり恥ずかしいな」

 ふと、呟く。

「やめて。こっちの身になってよ」

 大磯は顔を真っ赤にした。

「演ってみせろよ」

 つい、言ってみる。

「セリフ合わせしたいって言ってたろ?」

「そ、そうだけど」

 単純に、大磯の口から聞いてみたかっただけだったが、少し躊躇したものの、大磯の表情ががらりと艶やかに変化した。どちらかといえば、寂しげにもみえる大きな瞳が潤みだす。

 なんちゅう演技力だ。スイッチが入ったとしか言いようがない。

 演技と分かっていても、つい、彼女の目に吸い寄せられ、息が止まりそうになった。


「なぜ、王子自らおいでになったのです? 私を殺すだけなら部下を寄越せばよろしいのに」

 いつになく色っぽい目で見つめられて、俺はドギマギした。

 大磯はじっと待っている。

ん? そうか。俺がセリフを言うのか。

「君をこんなふうにしてしまったのは、俺だ……」

 あまりの気恥ずかしさに、脚本の文面に目を落とす。

「……その、責任を取りに来た」

 読みながら、ト書きに目を走らす。

『王子、無抵抗の魔女に剣を突き立てる。倒れた魔女を抱き上げる王子』

 抱き上げる王子?

 こ、これって、ほぼラブシーンじゃないか?

「酷いひと……。私があなたに刃を向けられないのをご存じでしょうに」

 大磯の顔が苦痛に歪む。あまりの迫真の演技に、俺は完全に引きずられ始めた。

「憎んでくれて構わない。メディ」

 つい、ト書き通りに、大磯の頬に手を伸ばす。柔らかな頬の感触が指先に伝わってきた。

 大磯の顔がほんのりと朱に染まる。

「……愛しておりました」

 それだけ言うと、大磯は目を閉じた。

「すまない」

 俺はそう言うと、カウンターに置かれていた彼女の手に自分の手を重ねた。

 柔らかな手の感触。

 目を閉じたままの彼女を俺はただ、見つめた。

 なんだか、奇妙な気分になってくる。まるで、自分が愛の告白を受けたような錯覚。


「ご、ごめん」

 俺は、慌てて、彼女の手に重ねた自分の手を引いた。

「ううん。ありがとう。変なこと、頼んじゃったね」

 大磯も急にいつもの顔に戻って、下を向いた。やや、顔が赤い。

 もっとも、俺の顔はもっと赤いに違いない。

「水、くれる?」

 照れ隠しに、そう言うと、大磯はガラスのコップに冷たい水を注いでくれた。

「こんなの、剛と練習しているのか?」

「……うん」

 大磯は困ったように頷く。

「でも、永沢君はもっと大変だと思うよ。お姫様とのやり取りは、もっと砂糖吐きそうなセリフの羅列だから」

 私はヒロインじゃないからと、必死に自分に言い聞かせている大磯に、思わず苦笑する。

 確かに、脚本を読むと、姫と王子のシーンはきちんとラブシーンで、セリフはお互い激あまだ。

「姫役の沙織ちゃん、あまりの甘さに舞い上がっちゃって、少し心配なのよね」

「……例の、剛のファン?」

 俺はコーヒーを飲みながら聞く。

「うん。それに、沙織ちゃん、永沢君を好きみたいだから」

 言いながら、大磯は空になった皿にクッキーを追加し、自分も口に入れる。

「舞い上がっても無理ないよね。永沢君に至近距離で愛をささやかれるわけだから」

 言いながら、大磯は首を振る。

「お前、完全に他人事みたいに言うんだな」

「ん?」

 俺は、クッキーに手を伸ばしながら、呆れた。

「さっきのシーンだって、完全にラブシーンじゃないか」

「やめてよ。ラブシーンじゃないもん」

 大磯は口をとがらせる。

「それに私は、魔女と自分が別人だって思いこむことで芝居をしているの。そうじゃなかったら、恥ずかしくて出来ないし。だいたい、私は永沢君に特別な感情はありません」

 でも、念のため、ファンの方々のご機嫌はとっておくの。と、クッキーを口に放り込む。

「ま。剛はご機嫌みたいだから、あいつは、それ程、苦痛じゃないんだろうな」

 俺には無理だ、と言うと、大磯は私もホントはやりたくないよ、と言った。

 その言葉に、ちょっとだけ、ほっとした。





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