第二話「とある侍の古着選び」
帝都の裏路地にて
麦の茎でワラジを編む練習をしていた少女が肩を叩かれた。
「今日は店じまいにしよう。これだけ売れれば十分だ。」
そこにはソウマがいた。少女は少し未練があるように編みかけのワラジを見ていたが。
「・・・わかった。」
というと編みかけのワラジをほどいて持ちやすいように巻いた。
「・・・さて、色々と後回しにしてたけど。名前はあるのかい?」
少女は首を横に振る。
「・・・・。そうか。それじゃあ君は今日からルリだ。君の目は俺の故郷では瑠璃色と呼ばれている。少し安直な気がするがまあ気に入らなかったりその内好きに名乗るとい・・・・で・・・」
「・・・ルリ。」
途中から少女ルリはあまりソウマの噺を聞いていなかった。
(なんだろ。胸がモヤモヤする。ルリ、ルリ、ルリ。名前。)
「おーい。ルリ?」
頬をつつかれてようやくルリは我に帰った。
「えっ。あっ・・・なに?」
「聞いてなかったな。服だよ服。そんな格好じゃ寒いだろ。」
ルリは自分を見た。通気性のいい麻の服だ。当然下着なんて高級品はない。そもそも庶民でも高価で身に付けていない。
「本日の売り上げは銅貨三十六枚と銀貨二枚。これだけあれば服代と飯代にはなる。」
ちなみにソウマの出店だるアオイ屋ではワラジを銅貨一枚で販売している。余談ながらこの世界の水準だと靴は比較的高価な物に分類される。お値段なんと銀貨二枚。理由としては主に使われている靴の材料が革であることと加工できる技術者が決して多いとは言えないということが上げられる。
「こんなところで店を構えたにしてはかなり儲かったんだよな。」
ソウマはこのときまだ気がついていなかった彼が売り出したワラジをはじめとしたこの国の麦の茎をベースにして作り上げた製品がこの国の多くの低所得者を救うことになるということを。
△▽△▽△▽
昼下がりの喧騒が大通り全体を満たしている。ここは帝国の南側に位置する大通りで通称[商人の聖地]と呼ばれていて帝国中央を流れる運河と帝都南端を結ぶ巨大な通りだ。有事の際は軍隊の召集場所としても使われる場所で本気で広い。そして帝都の正門と言われる南口と帝都の心臓部である運河に挟まれている関係で交通量が多い。人が多いということはそれだけ様々なモノを求める人間がいるというわけで、帝国で商売を始めるものはこの一等地に店をおくことを夢見る。平時は通りの中央と両脇に屋台の列ができているが今はさらに中央の列と端の列の間にも屋台の列ができている。
「アルドメア鎮魂祭か。まだ一月は先だって言うのにすごい人だかりだな。」
そんな喧騒の中をソウマとルリは歩いていた。あまりにも人が多いので手を繋いでいる。
「・・・どうしてこんなに沢山人がいるの?」
ルリは落ちつかなげに辺りを見合わしていた。裏路地で細々と隠れるように暮らしていた彼女にとってこれほどまでに人が多いところというのははじめての経験だったのだ。その心中は期待が三割、不安が三割、好奇心が四割といったところである。
そんな彼女にソウマは最近の帝国を語った。
「この国が五年前まで魔族と戦争をしていたのはしってるか?」
「せんそう?」
どうやら知らないようだ。
「そう。まぁ大きな戦いだ。まあそっちはありふれた物語だから省くけどようはその戦争のと気に活躍して非業の死を遂げたアルドメア卿っていう偉い人が戦争で死んだ人たちが悲しい思いをしてないかなって思って戦争が終わったら楽しいお祭りをしてみんなを慰めようって言ったんだと。」
ルリがうなずく。
「結局そのアルドメア卿は戦争の終盤で戦死しちゃったんだけどその人が言ってたことを伝えた人がアルドメア卿の思いをくんでお祭りをしようって頑張った。はじめは不謹慎だってヤツもいたんだけど皇帝陛下が沈んだ民草の気持ちを盛り上げようって結局お祭りをすることにしたんだ。」
「それがいまなの?」
「いや。まだ一月は先。ただ遠くにすんでる人もいるから早めに来ようって人もいてそんでこの騒ぎってわけかな。俺も人から聞いた話だからそこまで詳しくはないけどね。」
ルリは人の並みに目を向ける。そこにいるのは多種多様な人種だ。頭に獣耳のついた人、耳のとんがった人、肌に鱗の浮いた人、小柄な人、大柄な人、子供と大人と老人と・・・。
「おっと。」
突然ふらついたルリをソウマはなんなく受け止めた。
「・・・目が回る。」
彼女にとってこの人ごみはまだ刺激が強かったようだ。
ソウマはルリをしっかりと立たせた。
「さてと、それじゃあ服を買いにいこうか。」
「どこに行くの?」
「この時期は古着を安く売る屋台が多いんだ。なんでもお国から補助金が出るんだとか。まあそれでも貧乏人の足元を見る商人が多いんだけどね。」
ソウマは再び人ごみの中を歩き始める。少しずつ人ごみの少ないほうへと。
「確かこの辺だったかな。」
二人が大通りから外れてさらに角を曲がったところに一軒の屋台があった。
そこには多くの布切れに囲まれた一人の老婆がいた。曲がった腰と赤茶けた頭巾をかぶった老婆はソウマに気がついた。
「こんにちわゼムばあさん。女の子に着せられる服はないかい?」
「おや?ソウマ坊。珍しいね、女連れかい。ちょっと小さいんじゃないか?」
「・・・。」
しわがれた老婆ゼムの声を聞いたルリがゆっくりとソウマの後ろに隠れてしまった。
「おや。嫌われたかね。クックック。」
「かわいいだろ?ちょっと育ててみようとおもってさ。それで子供服ある?できれば動きやすいやつがいいんだけど?」
「そうさね。」
老婆ゼムが山の一つにその細い手を突っ込んだ。
「これなんかどうだい?」
その手にはあの乱雑に詰まれた山の中からどうやって取り出したのか一そろいのスカートとシャツがつかまれていた。少々ほつれてはいるが仕立てのいい服だった。おそらく下級貴族のお下がりだろう。いったいどこで手に入れてきたのやら。
「ちょっと上等すぎるな。さすがに悪目立ちする。てかいきなり吹っかけるな。そんなに金持ってないぞ。」
「クックック。年寄りの道楽に若いもんは付き合うもんさ。さて本命はこれさね。」
ソウマと話している間に反対の山をあさっていた手から今度は男物のスカートスーツが握られていた。帝都では子供の時期は男の子にもズボンの上からスカートをはかせる中流階級の人間が多い。
「女の子の服って言ったつもりだったんだが・・・。悪くないな。」
「クックック。着飾りゃいいってもんでもないのさ。特にその子は案外素材がいい。あんたが目を話した隙にかどわかされてもおかしかない。こいつを着てればちったぁごまかしも効くだろう。」
服を見せられたときにソウマもその可能性を考えていた。
「お譲ちゃんのかわいさに免じて銀貨一枚でどうだい?こいつは古着だがまだ新しい。悪い買い物じゃないとおもうよ?」
見たところ継ぎ接ぎもなく老婆ゼムの言うとおり新しい感じがする。
「そんな値段でいいのか?」
「クックック。あんたはうちの孫の恩人だからね。無下にはしたくない。それにその子を怖がらせた侘び代わりさね。」
提示されて金額は新品の服を買う値段としては安く古着を買うには少し高いが・・・物がいい。
老婆ゼムの提示した金額はあまり値切り交渉が上手くないソウマとしてはありがたい金額だった。
「助かる。」
そういって袖の中の巾着から銀貨を一枚取り出した。
「奥を使いな。そんな格好じゃ寒いだろう。」
老婆ゼムは店の奥にあるカーテンで仕切られた区画を顎でさした。服をもらったルリが中にテトテトとかけていく。衣擦れと尻餅の音がした。どうやら少し格闘しているようだ。
老婆ゼムがソウマに顔を近づけて小声で話し始めた。
「ソウマ坊、だめ息子がぼやいてたんだけどね。どうもスラムのほうがキナ臭いみたいだ。あんまり小さい子を連れて近づくんじゃないよ。」
それだけいうと顔を離した老婆ゼムは仕切りのほうに歩いていった。中からはルリの苦悶の声が聞こえ始めたからだ。
「・・・こりゃたまげた。」
老婆ゼムはにんまりと口をゆがめながらもあきれた声で言った。
「・・・絡まっちゃった。」
どうやらルリはところどころ不器用なようだ。