第一話「お姫様は回復魔術が得意な冒険者!?」
ニコルジアは一人ギルドを目指していた。途中で寄り道もしたが元々時間のとりにくい身の上なのだ。彼女がギルドで依頼を受けてそれを達成するのはなかなかの困難を伴う。城を抜け出し依頼を受けている関係で日数のかかるモノはもちろん帝都から離れすぎても仕事としては適さない。
ではどんな以来なら彼女に適していするのか?
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ギルド『組合』とは一種の互助組織である。多くの加盟者が互いに互いを助けるために作られた。そこに所属するのは未開の土地を踏破し魔物の素材や貴重な鉱物、薬草などを採ってくる冒険者や町から町へと行き交う行商な様々だ。ギルドはそういった多くの加盟者から会費を徴収しその資金力で彼らを援助しあるいは仕事を斡旋し情報を集める。その巨大組織の総称がギルドである。初めは帝都で小さな商会を切り盛りしていたリカルドとうい男が困っている労働者たちを見かねて作ったのだが二百年の歴史を経て国家をまたにかけた巨大組織へと成長してしまった。
創始者のリカルドはしがない商人だったのだが運営をはじめて五十年でその下地と呼べる巨大組織が完成してしまい頭を抱えていた。
いわく「なんでこんなに需要あるんだよ!」と
そんな創始者の汗(冷や汗)と涙(血涙)の結晶であるギルドの建物に入った彼女は中を見渡した。入って正面はギルドの依頼を受注する受け付け二階には酒場とギルドの依頼書を貼り付けたコルクボードがある。
「おっ!ちょうどいいところに来たなニコラ。今しがた怪我人が一人担ぎ込まれてきたんだ。治癒術をたのめるか?」
ギルドに入ってきた彼女に声をかけたのは金髪で髭面の大男だった。身長は2メートルにとどきかけレザーコートと背中に背負った大斧、そしてベテランの冒険者が放つ大物のオーラが印象的だ。
「バルガスさんこんにちは、帝都に帰ってきてたんですね。」
「ああ、昨日ついたばかりだ。」
「そうだったんですか。ところでけが人は場所は二階でよかったですか?」
「ああ、よろしく頼む。どうやら厄介事らしい。俺は気になることがあるからちょっと聞き込むにいってくる。」
そういうとバルガスと呼ばれた大男はギルドの出口に向かった。
ニコルジアことニコラはギルド二階の酒場兼ホールへ向かった。このバルガスには大きな恩がある。この人の頼みは無下にはできないのだ。
「ああ、そうだ忘れてた。連中からちゃんと金とれよ。いつかみたいにタダでやったらそれこそ連中のためにならん。」
内心で考えていたこと見抜かれてしまったニコラ。
「・・・はい。」
渋々といった感じで答え得るニコラの声を聞く一つ頷いた。
そしてバルガスは今度こそギルドを後にした。
この世界で治癒術の心得があるものは少ない。大概は国のお抱えか教会の聖職者だ。そんな彼らの治癒術は安い金銭では受けることができないのだ。
ニコラは少し苦い顔をしていた。以前タダで傷を直した冒険者が瀕死の重症で担ぎ込まれてきたことがあったのだ。結局その人物は助かりこそしたが現在も療養中である。
そんなやりとりをへて彼女は二階にいった。ホールの中央には人の輪が出来ていた。
「はいちょっと失礼しますネー。」
彼女は人垣を掻き分けると歴戦の冒険者たちはぎょっとした。
バルガスほどではないにしろ皆屈強な戦士ばかりだ。そんな自分達を軽々と掻き分けた少女はいったい。と思うものが半分残りは
帝都のギルドにある程度顔を見せているものでニコラのことお知っている者たちだ。先に気がついたものの中には道を譲るものもいる。
皆の表情は緊張していた。
(いったいどうしたの?)
此処にいるのは荒事に慣れた冒険者だ。その彼らが表情を固くしている。そんな光景がニコラを不安にさせた。
そしてようやく人垣を抜ける。そこにいたのは見知った人物だった。
「ガラシャさん見せてくだい。」
「ニコラちゃん!助かった。頼むアルベンを!相棒を助けてくれ‼」
ガラシャと呼ばれた冒険者に抱えられてぐったりとした男がいた。
床には血が広がり。包帯が幾重にも巻かれたアルベンの右腕。床にはタライと包帯、薬草、止血薬が散らばっていた。
「失礼します。」
「ぐうっ!!」
ニコラは包帯をといた。内側には血止めに使うアロエの軟膏が塗られていたが傷口からはいまだに血が溢れている。
傷の様子を見たニコラは顔をしかめた。
「いったい何に噛まれたの?」
傷はなにかに喰いちぎられたようにえぐれていた。魔物につけられた傷にしては小さかったのが気になった。
「薬草や血止めが全く効かないんだ!金ならいくらでも出す。頼むからなんとかしてくれ!!」
ガラシャはニコラに懇願した。
「わかりました。とりあえず治癒術をかけてみます。ガラシャさんはバーのマスターからきれいなお水をもらってきてください。」
そういうとニコラはアルベンに手をかざすし治癒術の呪文を唱えた。
【光の精霊の加護を受けし巫女が願う。癒しと安らぎを司る者たちよ傷つき苦しむ者に安寧と休息をもたらせ。 「ヒール」】
大気中の魔力がアルベンの腕に集まり傷を癒そうとしている。
しかし異常なほど通りが悪い。
例え壊死した組織であってももう少し手応えがあるものだ。
多少出血が治まったが傷口が塞がる気配がない。
そこにガラシャが桶に入った水を持ってきた。
「水ももらってきたぜニコラちゃん!どんな感じだ!」
「治癒のためのマナの通りが異状に悪いです。いったい何につけられた傷なんですか?その時の状況を聞かせてください。」
ニコラは少し焦っていた。先程よりもアルベンの顔色は悪い。確かに出血は少なくないがそれでも大の冒険者がこれほどまで苦しむのはおかしい。
「それがわかんねーんだ。スラム街と街の防壁の間で問題があってその仲裁をって依頼だったんだがこいつと別れて行動したときにこいつが傷をおったらしくて。ギルドに戻るっまではまだたってあるける程度には元気だったんだ。それが突然倒れて。」
ガラシャの顔にも焦りが浮かんでいた。情報が足りない。ニコラは渋い顔をしていた。何とかする方法が無くはないのだが出来るとここでは使いたくかいたくなかったのだ。
「・・・・・。仕方ありません。少し荒っぽいですがガラシャさんその水を使います。私のわきに桶を置いてください。」
「わかった。」
するとニコラはいったん治癒の手を止めた。傷口からは再び血が溢れてくる。
「そんな・・・ニコラちゃんの治癒術でもダメなのか。」
ガラシャはうなだれていた。しかしニコラはあえてそちらは無視し新しい呪文の詠唱にはいった。
【精霊の真名をもって我が命ず。水よその身を我が意のままに「アクアスフィア」】
アクアスフィアは本来長旅などの際に用いられる浄水用の魔法だ。しかしニコラはこの魔法を使った治療魔法を編み出した。
ニコラの手のひらに桶の中の水が浮いていた。その水でアルベンの腕を覆う。
(光の精霊の加護を受けし巫女が願う。水精霊よ悪しき肉を食め。【スカーアッシド】)
ニコラの無声詠唱で水が泡立ち始めた。アルベンは少し苦しそうだがこの状態なら失血死することはないのでニコラは遠慮なくいくことにした。
「おい・・・肉が溶けて・・・ないか?」
後ろの冒険者がちょっと引いている。確かに仕方ないとニコラは思う。しかしこれは必要な措置だと自らを納得させた。何せ彼の傷の周りはすでに壊死が始まってしまっているのだ。それでも治癒術ならば一定の効果を表すがその兆候すらない。それならばその肉をごと傷口を消してしまう方が傷をふさげるのではと考えてのことだった。
ちなみに水系魔法第8位アクアスフィアは本来、旅先などで川の水を浄化したり顔を洗ったりといったことに使用するどちらかというと生活魔法に分類される便利技能だ。しかしこの魔法はコントロールがついてくるにしたがってその応用範囲が広がる魔法でもある。今みたいに傷口を覆うように展開すると止血やある程度の輸血効果があるのだ。さらに今回のように水がないと発動しない魔法の補助としても使うことができる。オリジナルの治癒魔法【スカーアッシド】は肉をゆっくりと溶かす魔法で本来の用途は古くなってしまった傷跡を消すために対象の傷にうっすらと展開して傷口を軽く溶かし治療術をかけるという限定的なものだ。
【スカーアッシド】が肉を溶かすと水が徐々に赤黒く染まっていく。
(隠れてちょうどいかな?)
【光の精霊の加護を受けし巫女が願う。癒しと安らぎを司る者たちよ傷つき苦しむ者に安寧と休息をもたらせ。 「ヒール」】
もう一度回復呪文を唱えると今度はちゃんと傷が塞がった。
「・・・・うう。」
こんどこそ傷は塞がった。依然としてアルベンは体調が悪そうだし魔力のとおりも悪かったがなんとかなった。ニコラは赤黒く染まってしまったアクアスフィアの水玉を桶に戻した。
「おお。塞がってる。」
外野の冒険者たちはそのすごさまでは理解できなかったが一様におどろいている。
「うーん。傷は塞がったんですけど・・・なんか釈然としないんですよね。」
ニコラだけはこの状況にあまり満足がいっていなかった。