第五話「とある少女と人生の転機」
私は産まれたときから名前がなかった。
物心着いた時には奴隷として売られ、よくわからないところでなにかを運んだり殴られたり組み立てたり蹴られたりしていた。そんな人が私の回りにはたくさんいた。それが当たり前なんだと思った。
ある時、私の居た建物に火がつけられた。誰かが「襲撃だ」とか騒いでたけどよくわからなかった。そのままだと建物が崩れて来るかもしれないからと回りの大人たちに連れられて逃げた。
結局私の居た場所はなくなってしまった。何でもその場所は他の人から恨みを買っていたらしく夜襲にあってしまったんだとか。
私を逃がしてくれた大人は私の肩に手をおいて
「すまない。自分達は自分達でいっぱいいっぱいなんだ。」
そういって私を置いてきぼりにして行ってしまった。
寂しくは感じなかったけど一人になってしまった。
それからは大変だった。ご飯をくれる人はいないから自分で食べるものを見つけないといけない。街の中には「ナワバリ」があって私は仲間にいれてもらえなかった。
それでも何とか食べ物を見つけて固い石畳で寝て起きてを繰り返して生きてきた。何とかなるかなと思っていた。
でもダメだった。
男の人に追いかけられ、石を投げられ、どこにも行き場がないことがわかってしまった。それに最近はなんだか寒い。今来てる服は昔もらったもので隙間だらけだ。建物にもいれてもらえない。
どうしたらいいんだろう?
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そんなある日のことだった。
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霜が降りるほど寒い日だった。私は石畳で寝たまま動けなくなっていた。身体はそこら中が痛くてヒリヒリする。ボーとした頭でなにも考えられなかった。
誰かが近くに来ていた気がしたけどどうでもよかった。
どうしよもなく眠たい。身体を揺すられたけどもう反応できなかった。
意識は暗く堕ちる。
次に目が覚めた時、私は部屋の中にいた。ものすごくいい臭いがしたから目が覚めてしまったのだ。とても暖かい。
私は暖炉の前に座って何かを焼いている人に声をかけようとした。
「・・う、あ・・・・。」
かすれてなにも言えなかった。
けどその人は振り返った。白くて変わった羽織を着た男の人だった。腰の帯には曲がった剣を挿している。
「食うか?」
その人が手に持っていたのはこのにおいの原因だと思う。小さい粒を固めて作った茶色い三角形のかたまりだった。少し焦げているがそれが美味しそうに見えた。
動かなかった身体を無理やり動かして手にとって食べる。
「!?」
香ばしさと塩気の効いた深い味わいが口のなかで弾けた。気がつくと手の中にはなにかの粒しか残ってなかった。夢中で食べた。
「ほれ。」
次は緑のお湯だった。はじめて飲んだ味だ。色は何だか街の水溜まりみたいだったけどホッとした。美味しいと思った。
「あっ・・・りが・・・とう。」
まだうまく話せないけど何とか声を絞り出す。すると頭をポンポンと軽く叩かれた。痛くなくて優しい。
私は落ち着くと布を渡された。
「顔ふけ。ひどいことになってるぞ。」
手で擦るとぐちゃぐちゃだった。食べ物がほほにつき、口もベタベタだし・・・泣いていた。自分の知っている当たり前。それが崩れたのがすごくすごく嬉しくて。
気が付くと声をあげて泣いていた。
その日は泣きつかれて寝てしまった。
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次に目が覚めたとき彼が提案があるといって話しかけてきた。
「俺はまだこの街に来て日が浅い。よかったら俺のことを手伝ってほしい。なに、お前さんを食わせるくらいならわけないさ。」
そういって彼は自分で始めた雑貨屋に私を連れていった。敷物の上には見たことのない商品がたくさん並んでいた。
「今日の稼ぎがよかったら服を買いに行こう。さすがにそのままじゃ寒いからな。」
そういって私に隣に座るように促した。
「まずは金勘定からかな。」
その時はじめてお金を知った。銅貨、銀貨、金貨。物の値段。私はたくさん教わった。
「さて、これから何をしてほしいか見せるからそれが終わったらさっき教えたワラジの編み方を練習しててくれ。」
そういって一度お客さんとやり取りをしたあと私は彼に習った履き物を編む練習をしながら雑貨屋に座った。
それ以降まだお客さんは来ていないので私はこの履き物を作り続けている。
今日も私の知らない新しい世界が始まる。