第四十四話「とある皇女の逃走劇:激走編」
帝国????
さて、自分のおかれている状況を改めて整理してみよう。
現在位置は?
恐らく帝都地下水道のどこか。
誰かが移動させたのではないとしたらあの怪物に叩き伏せられたときに床が抜けてそのまま落下したのだろう。
身体の状態はどうだろうか?
良好?この身体を覆ったなぞの術式の効果なのか怪我ひとつ無い。
服が破れてあられもない格好をしているのとそのせいで少し肌寒いこと以外は問題ない。
乙女の尊厳?恥じらい?
そんなものは侍女にひんむかれ続けた私には無い!
ではこの状況は?
目の前にはこの前知り合ったばかりの占い師。
名前はミナ・ハーカーさん。金色の瞳が印象的だったのよく覚えている。
「・・・・・・・・。」
「どうかしたかしら?」
はっきり言って怪しい!?
だってですよ?ここたぶん地か深くでですね?しかもあの人の周りを漂ってるのあれ人魂ですか?って感じの青白い炎ですよ?
光が青いもんですから正直肌が不健康に見えて不気味ですよ?
相当な美人さんだから余計にこっワイ!
「ふふふ?なんだか失礼なこと考えてません?」
思考を読まれた!って顔に出てるか。正直表情なんて気を使ってるほど余裕はない。
「単刀直入に聞かせてもらってもいいかしら?」
「どうぞ?答えられることには答えるわよ。」
「では遠慮なく。どうしてこんなところにあなたはいるんですか?多分帝都の地下だと思うんですけど普通の人はこんなところに入ってきたりしませんよね?」
微笑を称えるミナさん。綺麗だけどなんか怖い。
「まあ様子見といったところかしらね?」
「・・・・様子見ですか?」
「ええ。あまりあなたにとって時間もないでしょうから手短に言うけど私は今ある目的があってあなたの現状を把握してなくちゃいけないの。今言えることはそんなところね。あなたとどうこうしようとは思わないし何をしてもらっても構わないわ。」
いまいち要領を得ない回答だった。だが彼女の言うことを全面的に信用するならこの場所に私の様子を見に来ただけと言うことになる。
目的がいまいちわからないけど完全に大事なところはボカしてるから恐らく教えてくれるきはないのだろう。
「ここは何処ですか?」
「あなたが倒れてた場所の近くよ。帝都の地下部分みたいだけど詳しくはしらないわ。始めてくる場所だし。」
だとしたらミナさんには私の居場所を知るすべがあるということになる。警戒度をあげざるを得ない。
「出来ると地上への道案内とか頼めたりしないですのね?」
「う~ん。案内は難しいわね。私も魔法でここまで来ちゃったし。それに今は悠長に呪文を唱えてる暇はないわね。」
そう言うとミサさんは私の後ろを指差した。
振り向いたらガブリとかやられないだろうか?
とは思わなくもなかったがさっき彼女が言っていた。私をどうこうしようと思ったらついさっきまで意識がなかったのだから簡単だろう。
「《灯りよ(トーチ)》。」
青白い鬼火では照らせない背後の闇を灯火の魔術で照らす。
「あれ?なにも・・・・《身体強化》!≪魔力障・壁・亜種≫《聖束縛鎖》!!!」
詠唱短縮した魔法を身にまとう。さらにちょっとした裏技で《聖束縛鎖》を腕に巻き付けた。
準備完了。
灯りの魔術の照らす先、そこに広がっていたのは青白い鬼火の大群が行き交う地下道だった。多いのだ。とにかくそこら中に鬼火がいる。
もちろんこっちにも向かってきている。むしろ今まで悠長に話をしていられたのが信じられない位の量がこっちに向かってくる。
「じゃあ頑張ってね。あなたの真価を見定めさせてもらうわ。」
その声に振り返ると案の定ミサさんはそこにはいなかった。
私は即座に反転、鬼火がそれに合わせるかのように押し寄せてくる気配を背後に感じながら全力で駆け出した。
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一時間後。
「はぁっはぁっはぁっ。」
いくら鍛えているとはいえ体力には限りがある。あれから走りっぱなしなのだ。
後ろは振り向く気にもなれない。
気配でわかる。とにかく鬼火、大量の低級アンデット《ウィルオーウィスプ》が迫って来ているのだ。
「でりゃああああああああ!!!」
私は《聖束縛鎖》を掛けた手を振り回し回り込んできた≪ウィルオーウィスプ≫を殴り飛ばし走り続ける。
≪聖束縛鎖≫の本来の用途は実態のないゴースト系を魔物を魔力で形成された鎖で拘束するというものだ。後方支援を得意とする魔法使いや教会の司祭が得意とする術なのだ。
本来は生身の人間の手に巻いたところでなんの役に立つのやらと言ったところだろうか。
だが考えてみてほしい。空間にゴースト系の魔物を固定する魔術なのだ。
つまり腕に巻けば物理的に干渉できないゴースト系を直接殴れるのでは?
もちろん試した。鎖が腕に巻き付けられないかもしれない。
あるいは術を持続させることにより魔力の消費効率が悪く使い勝手が悪いかもしれない。
そして幾多の試行錯誤と術式改良の結果。
「おりゃあああああああああ!!!」
眼前の実態のない魔物を拳で凪ぎ払う皇女が誕生した。
自分でいってて悲しくなる。流石に野蛮だ。一国の皇女の戦いかたじゃない。でもどうしても剣術は性に合わなかったのだ。加えて魔法を長距離に飛ばすのは苦手だ。
「はあっはあっ。」
ここにいる魔物には対抗できるし逃げるだけならまだなんとかなるだろう。
しかし問題もある。いつまでこの状態が続くのかだ。
一時間以上の逃避行と魔術の連続行使。
いい加減体力的にしんどい。
とにかく逃げていたのでもう自分がどこにいるのかもわからない。まあ始めからわからなかったのだが。
「これは・・・よくない・・ですね。」
しかしそんな逃避行は突然に終わりを迎えた。
灯りの魔術をたよりに逃げていたので視界には不自由しなかったので自分が進んでいる先はよく見えた。
「水の流れる音?」
向かう先から音が反響して聞こえる。この先はなり広い空間のようだ。もしかすると現状を打開する手段があるかもしれない。
私は残る体力と魔力にきを使いつつ通路を進みその場所に飛び込んだ。
「あ・・・れ?」
突如感じる浮遊感。灯りの魔術を目線の高さだ使っていたのも災いした。
足元の確認がおろそかだった私は吹き抜けになった空間に飛び出してしまった。
「わああああああああああああ。」
私は絶叫をあげながら底の見えない奈落に向かって落下した。




