第四話「とある皇女と内職侍」
そこに置かれていたのは見たことのないパラソル、帽子、履物の並べられた出店だった。
「ちょっと近道するつもりだったんだけど・・。」
城を抜け出し冒険者ギルドへと続く道のりは帝都の大通りを通っていくとかなり遠回りになるニコルジアはその中の最短コースを選んで進んでいたのだが。
「うわー価格破壊ねこれ。」
一枚の絵皿を手に取りながらニコルジアは呟いた。
金属せいの食器を普段使っている生粋の皇族であるニコルジアにはその素材はわからなかったが白くて綺麗な皿だ。金を使っているのか綺麗な虎の模様が描かれている。
ニコルジアはそこにおかれていた品々に目を奪われていた。
竹と紙で作られた精巧なパラソル。
草で編まれた被り物。
おそらくサンダルと思しき何か。
日用雑貨だけならまだいいが貴族でも持っていないかもしれないようなきれいな装飾の施された皿や繊細な彫刻の施された木の櫛などの実用品というよりは美術品と言った方がいいものまでここにはおかれている。
そしてそれらはとても安価で売られていた。
「このパラソルとか貴族の好事家に高く売れそうなんだけどなー」
ちらりと横を見る。
そこには座りながら何か剣のようなものを抱えて転寝をしている少年が一人と少女が一人。年のころはニコルジアと同じぐらいだろうか。とても幼く見える黒い髪の少年だった。
少女のほうは少年の横でせっせと見慣れないサンダルを編んでいた。
居眠りをしている少年の剣には一枚のメダル・・・冒険者証がつけられている。これがないと市内での武器の携帯は認められない決まりになっているのだ。その事からも彼が冒険者なのだということがわかる。
「そうやって作るんだ。」
少女の手元では今まさに売り物と同じサンダルが編まれていた。おそらく麦の茎をよって紐状にしたものだろう。不格好ではあるが形はできている。
居眠りをしている少年と草の紐を編んでいる少女、その二人の着ているものにはかなり差があった。
少年はこの国では見たことのない着物をきている。少女のほうはおそらく孤児か何かなのだろうとてもみすぼらしい格好をしている。
もしかしたら寝ている少年かその雇い主の奴隷なんかもしれない。
用心棒の少年と店番の奴隷少女といった構図だろうかとニコルジアは考えた。
「・・・・・・。」
少女は草の紐を足に引っ掻けてそれを輪にしてそれをサンダルにする作業をしている。
その様子は真剣で多分ニコルジアには気がついていない。
彼女の周りにはおそらく彼女が自作して失敗したのだとおもわれるサンダルが大量に転がっていた。
「ねえいいかしら?」
彼女の作業に区切りがついたタイミングでニコルジアは話しかけた。
「うっ!?。・・・・。」
少女は顔を上げるとニコルジアに驚く。すぐさま横で昼寝をしている少年の服の袖を引っ張った。
「・・・ん?ああ、いらっしゃい。」
少年は目をゆっくりと開くと気だるげに挨拶をした。
「ずいぶんとやる気のない店番さんね。」
「ご挨拶なお嬢さんだ。これでも商業ギルドの許可は取ってあるんだ。後はどこでどんな風に商売をしようとこっちの勝手だろ?」
少年は特に悪びれた様子もない。
眠気をはらうように大きく伸びをすると抱えていた反りのある不思議な剣を腰の帯に指しニコルジアに向き直った。
「改めていらっしゃい。雑貨屋にようこそ。といっても今日はじめたばかりの出店だけどね。何か目に止まる品でもあったら見ていってくれ。」
そういって少年は屋台を指した。ニコルジアは改めて屋台をみる。どの品もこの国にはない珍しいものだが一貫していえるのはそこまで値段が高くないということだ。
「ここにある品物は全部あなたが?」
「ああ、俺が作れる範囲でこの国で見かけなかったものを一通り作ってみた。もっとも別に金に困っているわけじゃないんで道楽みたいなものかな?」
少年がこれらを自作したというのも意外だったが、それ以外にも少年の口ぶりからするにこの店の主はこの少年でありそしてその少女の主もこの少年であるというのも意外だった。
「あなた、幾つなの?それにその子は?」
「ああ。こいつはこの国に来たときに目に付いたんで拾った。俺の歳は今年で十七になる。旅暮らしの流れ人で名前はソウマ・ハクレイというんだ。」
「・・・十七歳。」
この世界における成人年齢は十五歳であり平均寿命は最近低下気味だがそれでも六十五歳だ。つまり十七歳というのは立派な大人というカテゴリーに含まれる。
だからニコルジアが信じられない目でソウマ・ハクレイを見ているのは仕方のないことなのだ。
「とてもそうは見えないんだけど。」
ソウマはこの国の基準で見るなら大体十四才くらいに見える。身長のそこまで高くないし何より童顔だ。
「俺の国では俺ぐらいの体格が成人の平均だったんだ。もっとも俺の国の成人年齢は十三歳だったんだが。まあそんなことはいいか。それでお嬢さん何か気に入った商品はあったかい?」
そういわれてニコラは改めて雑貨屋の商品を見た。
「変わった商品がばかりね。普通靴とかサンダルってもっと高価なものよ?このパラソルにいたっては一種の工芸品ね。」
「ワラジのことか?これはご覧のとおり材料が麦のワラだからな。仕入れ値はタダだ。俺なら一組十分で編める。売ったら売っただけ儲かる。さらにさらにワラのまま持ち込んだら関税もかからない!!この番傘も同じ原理で俺が宿泊している宿部屋で組み立てた!!!」
商魂たくましいことである。
ちなみに帝国では商品になりそうなものは一定以上所持していた場合たとえ販売目的でなくとも国内に持ち込むものには当然関税がかかる。
税収大事。
少し法に触れている気がしないでもないがグレーゾーンといったところだろう。
ましてやこれぐらいのことで憲兵は動かない。もっと大きな商会がやっていたら話は別だが。
「・・・。まあいいか、それじゃあそこのパラソル・・えーとバンガサだったかしら?それをお土産にいただきたいんだけど。」
「ほいほい。銀貨で二枚になります。」
私が財布から硬貨を取り出そうとすると少女がじっとこのやり取りを見ていた。
「そういえばこの子の名前はなんているの?」
「まだ決めてない。」
おいおい。
「・・・・。」
「ついこの間生きだおれてたところを拾ったばっかりなんだが昨日の晩まで体調を崩してたんだ。今日やっとまともに口を利いたぐらいには他人だな。」
無言でソウマをにらみつけるがかれは涼しい顔をしている。
「人攫いの類じゃないわよね?」
「まだ子のこの証言しか聞いてないからなんと見いえないな。この後店じまいしたらギルドに捜索依頼が出てないか確認しに行くつもりだ。」
「・・・そう。はい、銀貨二枚。これ使い方は普通のパラソルと同じでいいの?」
「普通のパラソルを知らん。まあ開けば広がるし止め具をはずせば閉じる。そこまで面白みのあるものでもないとおもうがね。」
「そう。あなたにとってはそういうものなのね。」
彼女は思った。おそらく転売すれば金貨五枚になるだろうと。帝国には確かにパラソルが存在するしかしこんな風に紙と竹で作られた傘というものは見たことがない。加えてこのバンガサというやつは恐ろしくつくりが細かい。まさに貴族受けする商品といえよう。
「また縁があったらよってくれ。三日に一度はこの場所に店を出してる。」
「毎日じゃないのね。まあいいわ。そうね、あなたにはちょっと興味が出てきたしまたよらせてもらうわ。」
そういうとニコルジアは買ったばかりのバンガサを担いで店から離れた。
△▽△▽△▽
「あのソウマとかいうやつ。何者なの?」
店を離れて角を曲がったところでニコラは一人こぼした。彼女の直感が彼は強いと告げていた。
隙の無いたたずまいもそうだがあの幼い見た目からは想像もできないほどからだが鍛えられている。
町中で商売をしているよりも近隣にある魔物の巣窟で冒険者として稼いでいた方がしっくり来ることは間違いないだろう。あれだけの手練れにはそうそうお目にかかれない。と思える程度には彼は存在感があった。