第三十二話「とある侍と河を上る魔物」
二コラとソウマが金貨をを受け取った翌日。
ソウマはギルドからの応援要請で帝都の中央を流れるラジエルの大河に来ていた。
この時期に海から川に向かって上ってくる魚をとるためだ。
現在の場所は帝都郊外の西側だ。
そこでは多くの人々が網を川に向かって投げ込み川辺から引っ張っている光景が目に入った。
ラジエルの大河は広大だ。春か向こう岸でも同じように網を川に投げ込んでいる様子がみえる。
しかしそこに船が一隻も見当たらない。
編みも簡単な風魔法をのせて遠くに届くようにと工夫するだけで誰も川の中に入ろうとすらしない。
するとソウマがある漁師の一団の方に突然走り出した。
そこからは
「ヤバイぞ!」
「川から離れろ!」
「くそ!編み持ってかれるなよ!!!」
といった感じで騒ぎが起こっていた。
その漁師の一団が引っ張っていた網がすごい勢いで川に引き込まれている。しかし引っ張っている側の力が強いようで徐々に網は陸の方にひかれている。
「出てくるぞ!!!みんな逃げろ!!!」
そしてある時を境に網にかかる力がなくなり水面が爆発した。
『GOOOOOOOOO!!!!!!!』
激しい水柱をあげて水面から飛び出してきたのは二本の鋭い牙を生やしたセイウチのような魔物だった。
「《シロツノ》だ!《シロツノ》がでたぞ!!!」
「冒険者よんでこい!」
「ぎゃああああ!こっちに来た!」
この川には秋から冬にかけて海から魚が卵を産みに上ってくるのだがその魚を追って魔物も一緒に遡上してくるのだ。魚の産卵場所が帝都の手前ギリギリまでなので辛うじて街に被害はでないが魚をとるために川で網を張っている漁師にとっては死活問題だ。
またこの魔物の≪シロツノ≫というのが厄介な相手でセイウチやトドのような外見をしているのだが外皮が分厚くまたその内側に脂肪をたっぷりと蓄えているので刃は外皮を切れず鈍器の衝撃は体内に届かないという前衛の冒険者泣かせな魔物なのである。
前述の通り並みの剣では刃が通らない。
「セイ!!!!」
気合い一閃。
そんな冒険者泣かせの魔物に突っ込んだのはソウマだった。
ドシンッ!という思い地響きと共にシロツノが倒れる。
胴と一体になったような図太い首筋からドクドクと血を滴ながら。
「おいおいマジかよ!」
「一撃ですかい!」
「いつ抜いたんだ?」
いつも白羽織をはためかせたソウマは抜刀した刀を血振りして鞘に納めた。
やったことはいたって単純。シロツノに接近して首筋を刀で切り裂いたのだ。
しかしその斬撃は誰の目にも留まることはなかった。
その場にいた漁師や雇われた冒険者が唖然としているがソウマはお構いなしだ。
(血抜きが終わったらもって帰ろう。キャンプの人に解体してもらえばいいか。)
そうして難民たちの新しい仕事を作っていくソウマであった。
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河での漁が今年も順調に進んでいる。
そんな様子を帝都の東側の屋敷のテラスから眺めている人物がいた。
「今年も大量のようだな。」
「はっ!陛下。今年は川の温度が低く例年よりも油の乗ったサーモンが取れるとの報告がノートン公爵閣下より上がってきております。」
「そうか。それは楽しみだ。」
現皇帝アルバス・セイン・アルト・オルデンロードその人である。
皇帝アルバスに今年の川の状況を報告したのはこの国の第一騎士団・・・通称≪金獅子騎士団≫団長アヴァロン・グウェン・メイナードだ。
皇帝アルバスは冬も味覚として油の乗ったサーモンが好物であり毎年この時期になると公式に川で漁をしている漁師たちを視察に来るのだった。
ちなみに本来公務が忙しい皇帝陛下の息抜きとして行われているのだがそのためのスケジュール調整に毎年のように文官たちが頭を抱えているのは意外と知られていない。
「おお≪シロツノ≫だぞ!民は大丈夫か?」
皇帝アルバスが眺めていた漁師の一団が川から這い出してきたシロツノに襲われそうになっているところだった。
「恐らく大丈夫でしょう。ご覧ください漁師たちのやとった冒険者たちです。」
這い出してきたシロツノから離れていく漁師たちと入れ替わるように複数の冒険者が各々の武器を抜いてシロツノの迎撃にかかる。
毎年の光景ではあるがいつ見てもこの手の狩りは見ていて楽しいものだと皇帝アルバス思っている。
貴族が主体となって行う狩猟会はあらかじめ危険を排除した上で騎士たちに護衛されながら小型の動物やかなり低級の魔物を追い回すつまらないものだ。
武術にも心得のある皇帝アルバスにとっては退屈きわまりない行事である。
それに引き換えこちらは命がけではあるが臨場感のある戦いを見ることができる。
ここだ聞くと若干悪趣味に聞こえるがこの皇帝実はちゃんと考えておりこの時期の漁には大口の事前注文を冒険者の護衛つきでだしたり匿名でポケットマネーから冒険者をやとって増員に当てたりして漁師たちのリスクを可能な限り減らすように努力していたりする。
漁師たちとしてもここで大量の魚を手にいれることが出来るの利益があがるし冒険者にも依頼が来るので帝国としては無視できない経済効果のあったりする。
「おお!アヴァロン卿見たか!今のシロツノを一撃で仕留めたものがいるぞ。」
「むう。見事ですな。かなりの腕前の冒険者なのでしょう。」
帝国でも五指に入る実力者であるアヴァロン卿が唸った。
漁を行っている地点まではそれなりに距離が離れているが『遠見』の魔法を使って強化された二人の視力ならば難なく現場の光景を見ることができる。
シロツノを倒したのは白い羽織姿の曲刀をもった剣士のようだ。
「冒険者はやはり侮れんな。かの魔王を討伐した勇者アルシャスも所属している。」
「彼らは傭兵と違ってあまり積極的に軍事行動には荷担しません。扱い辛い一面もありますな。」
騎士団のトップであり帝国の軍事力を背負って立つ騎士団長としては冒険者というのは不安定な要素であり頭の痛い相手であった。
彼らは必ずしも金では動かない。名誉だけもは動かない。
きわめて個人的な理由で動くものが多い。
そしてそれらは強大な力を持っていることが多い。
「アヴァロン卿、貴殿は少々難しく物事を考えすぎる。我々がこの帝国を維持するために策謀を巡らせるのと同様に彼らは自身の思いのままに進もうをするだけだ。」
「国家の運営と個人の思惑を同列に考えないでいただきたいです陛下。」
「なに、我らがよき君子であろうとする限りにおいては彼らもよき味方となってくれよう。」
「・・・・そうですね。申し訳ありません陛下。」
「国の危機を事前に察知しあるいは考察するのがそなたの仕事だ。私はその意見を聞き判断するだけだ。だからこそ貴公はそのままでよい。」
皇帝アルバスは再び川の方に意識を向ける。そこには彼の好物をとる漁師たちの姿があった。
「今年の魚が今から楽しみだ。」
「左様でございますね。」
季節は冬へと移り変わろうとしていた。
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とある暗い部屋にて
その人物は杖でコツコツと自身の革靴をたたいていた。
それは座っているときのこの人物の癖だ。
「それでは首尾を聞こうか。」
「ハイ。」
その部屋には杖をついたその人物しかいない。
しかし声は二人分だった。
「本命だった≪血塗れた牙≫の三名は失敗。機密保持のため生き残った最後の一命は始末しました。」
「・・・・・そうか。」
「標的の実力を計る上では少々実力不足だったようです。」
その人物が靴をたたくのをやめ真剣に考えを巡らせているようだ。
「・・・・郊外に放った人狼はどうなっている?」
「現在は待機潜伏させています。」
少し思案する。
「よし、少し早いが街の中に入れろ。もうすぐ祭りだ。」
そういうとその人物は立ち上がった。
杖を突きながら窓辺に移動する。
「・・・・アルドメア鎮魂祭。」
その人物は窓から街の様子をうかがう。通りを行き交う人々はどこか浮足立っていて街のいたるところでは屋台や祭りで使う灯りの準備をしている。
「実に皮肉で傲慢な考えだ。」
その様子を見ていた人物の唇がいびつにゆがんだ。
まだ誰も帝都に危機が迫っていることを知らない。




