第三十一話「とある皇女と三人目の暗殺者」
ソウマとニコラが刺客を退けた一瞬の隙をそれが着いた。
そこは距離にして現場から五十メートルほど離れた地点。
ニコラたちのいた裏路地が見下ろせる三階建ての建物だ。
放たれたのは銀閃。
その通常よりも大きな矢じりには《静め》の呪いが彫り込まれていた。この矢
は飛来する際に一切の風切り音をたてない。
刺客は三人いたのだ。
弓使いの刺客は自身の勝利と依頼の達成を確信した。
仕留めた。そう思った瞬間自信の胸を貫いた刃に驚愕を浮かべた。
赤い魔力の光をまとった刃。その剣が自身の心臓を貫く光景を最後に三人目の刺客は意識を闇に沈め
た。
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「危ない!」
ソウマは刺客を倒した瞬間に耳に届いた風切り音に反応して矢を刀で叩き落とした。そして同時にニコラの方にも矢が飛んできていることに気がつき警告を促して見せた。
しかしそこまでが限界だった。
矢はニコラの眉間に吸い込まれるように命中・・・・・する寸前で受け点られていた。
「案外なんとかなるもんですね?」
ニコラは自身の手の中の矢をまじまじと観察する。まさかの素手キャッチである!
「・・・・お姫さんそれはちょっとどうなんだろう?」
ソウマは完全に引いている。
「まあこれはさておき、どうやらまだいるみたいですね。
・・・・ソウマさんどうします?」
「どうせ今から追っても逃げられる。それより白磁の取引結果についての報告会を優先しよう。まだ時間的には間に合うはずだ。」
「わかりました。ではギルドに向かいましょう。」
そうして二人は冒険者ギルドに向かった。
ちなみに裏路地のかたずけはニコラの護衛を任されている騎士団の人員に依頼した。
刺客との戦闘の時にその場にいなかったのはニコラがソウマと会うときに煩わしいからという理由で騎士団員を撒いてしまったからだ。
撒かれた団員は後で騎士団長のヴォルフ卿にこってり怒られた。
もちろん撒いたニコラも後でメイベルこってり怒られた。
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数時間後・ギルド帝都南門支部三階・貴賓室にて
この場には現在六人の人間がいる。ニコラとソウマ、アガサとバルガス、マルタイとその女性秘書だ。
「かくかくしかじかという訳でして。遅くなってしまって申し訳ない。」
「・・・・・いえ、というかよくもまあそんなに襲われたり何だったりでここまでたどり着けましたね。」
刺客に襲われ完全に待ち合わせの時間に遅刻してしまったソウマたちだったが事情を話すと中央ギルド専属の資金調達部門所属商人マルタイ・ステッペンはどこか遠い目をしながら不問にしてくれた。
「マルタイ殿も何かあったのですか?」
「ええ、ニコラ殿に取りなしていただけなければ今頃は消されていたかもしれません。」
ソウマの問にマルタイもどこか多い目をして答えた。
マルタイの横に座っているニコラはなかなか渋い顔をしていた。
恐らく貴族とのカップのやり取りでなにかトラブルがあったのだろう。
「まぁ過ぎたことです、それよりも楽しい話をしましょう。持ってきてくれ。」
マルタイは後ろに控えていた女性秘書に命じた。
「くっくっく。いったいどれ程の値がついたことやら。」
バルガスはどこか楽しそうに忍び笑いを漏らしていた。
「この取引がギルドを仲介していることを考えると私は胃がいたいわ。」
アガサギルド長は胸ポケットから何やら錠剤の入った小瓶を取り出していた。
「・・・・・。」
ニコラはよそを向いてだんまりを決め込んでいる。彼女は売り手側だったので結果をある程度知っているのだ。
そしてそれぞれが違う反応を示すなかでいよいよソウマが持ってきたカップの売値が発表された。
マルタイ氏が丸められた羊皮紙を広げるヒラリという音が部屋に響く。
しかし彼はもったいぶったように読み上げない。
そうしていると女性秘書が気のお盆を部屋の中央におかれている机においた。ちょうどソウマの正面にその中身が見えやすいように置かれている。
中身は薄い緑の硬貨が三枚と大金貨が五枚だ。
その中身を見たとたんバルガスは笑いだした。
アガサギルド長は薬の瓶から薬を取り出すのをやめて蓋をはずすと中身をひっくり返して口ちに放り込む。
瓶には【胃薬】と書かれていた。
ソウマの反応は意外と落ち着いていた。
ニコラはお盆の方を見ようとすらしない。
お盆をおいた女性秘書さんはクールな外見に反して膝ががくがく震えていた。
混沌とした部屋の空気をぶったぎるような明るい声でマルタイは羊皮紙の肝心な部分を読み上げた。
「金貨にしておよそ四千枚です!!!!!!」
とても・・・・とてもいい笑顔だった。
そしてソウマは思った。
(ああ、襲われた原因これだわ。)
部屋の中にはバルガスの豪華な笑い声がしばらく響いたのだった。




