第二十六話「とあるお姫様の苦手な宗派」
そこはいつも夢に出てくる謁見の間だった。
玉座に座る私の目の前には一人の人物が跪いていた。
(あれ?今日はいつもとなんか違う。)
跪いているのはどうやら女性のようだ。黒いドレスはまるで夜の闇をまとっているようだ。散りばめられスパンコールが星空のように見える。片膝をつき首を垂れてこそいるがそのしぐさはとても優雅で気品を感じた。
「あなた様の僕がここに。ご尊顔を拝し恐悦至極に存じ上げます。」
竪琴の調べのようなきれいな声だった。
その女性はゆっくりと顔を上げる。
(あれ?でもこの声どこかで・・・・・)
女性の黒一色のシンプルなラインスカートのドレスで体の線がよく出ていて妖艶な雰囲気をかもし出していた。頭からベールを纏っていて顔や髪の色を確認することはできなかった。
夢の中の自分がこの女性に向ける感情は信頼。長い時間を共に歩んできた仲間、そんな風に感じた。
(この夢はいったい何を暗示しているの?)
私にはわからない。
最初は勇者を待っている自分がいた。
玉座に腰掛ける私は≪魔王≫だった。
城から街に出てももちの外に出てもその夢は変わらなかった。
だが再び町に戻ってきたら夢の内容が変わった。
今までずっと同じ夢を見てきたのに。
(なにかが・・・変わろうとしている?)
漠然とそう感じた。私は何かを彼女に伝えようとしている。
目の前の女性はそれが嬉しくてたまらないのだろう。ベールの向こうからでも彼女の歓喜の感情がつわたってくるのが分かった。
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帝都南部・宿屋≪渡り鳥の寝床亭≫・早朝
二階建ての宿屋の一室でベットからもそもそと起き上がった人影があった。
「ふぁ~~~。今日はいつもと違う夢だったわね。」
目をこすりながら起き上がったのはネグリジェに身を包んだニコラだった。
昨日はあの後ソウマから預かったカップをどう捌くかを話し合っていたのだが絞り込みが出来なくて結局お流れになってしまったのだ。あれほどの名品を誰に渡すのかは慎重に考えなくてはいけない。
コンコンッ!
「はい?」
その時ニコラの部屋の扉がノックされた。こんな朝早くに誰だろうと思いながら外の反応を待つ。
「・・・・・・・・・・。」
「ん?」
反応がない。しかし扉の前には誰かいる気配がする。敵意は感じない。
ニコラがお姫様らしからぬ気配察知能力で外の様子を探ったところ大丈夫そうなので扉を開けることにした。
「どなたですか?」
「・・・・オハヨウ。」
小さい。すべて小さい。見た目は少女。声は極小。その心は蚤のようだ。というかソウマの弟子のルリだ。
「・・・・。ソウマさんのお使いよね?入っ「っ!!!!」・・・ていいわよ?」
ルリは「入って」と聞いた瞬間に飛び上がってしまったがニコラは構わずリルの手をとって部屋の中に引き入れ・・・引きずり込んだ。
ズリズリズリ~~
彼女とニコラの会話はあまり効率的ではなかったが要約すると昼に話がしたいから時間があいてるのかを聞きに来たとのことだ。
「問題ないは私はどこにいったらいいの?」
「・・・・南門側のギルドだって。」
「わかったわ。ちょうどこっちも相談したいことがあるから。ソウマさんの方は何の話かしら?
からなにか聞いてない?」
ニコラの質問にルリは首を降った。
結局ニコラはルリを帰し特に準備もないまま冒険者ギルドに向かうことになるのだった。
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帝都の南門から歩いて五分・冒険者ギルド南門支部 正午
そこはニコラがガラシャにこわれてアルベンを治した冒険者ギルド南門支部であった。
アルベンの容態でも確認していくかなと思ったのだがギルドのスイングドアを押し開けた瞬間横から手をつかまれた。
「アガサ・・・・さん?」
ニコラは『アガサギルド長』と言おうとしたのだが彼女の顔を見てドン引きしてしまった。
「バルガスを見なかったニコラちゃん?」
ニコラの手は優しく握られているしアガサギルド長の顔は満面の笑顔だ。しかし目が笑っていらっていない。
どうやら高位冒険者であるバルガスがいなくなってしまったようだのだ。いつものことである。
ちなみに一緒にいたルリはあまりの恐怖に耐えかねて近くにあった柱の影で丸くなって震えていた。
「存じません。一昨日は一緒だったのですが・・・・。」
「そう・・・なら昨日ね。このクソ忙しい時期に」
アガサギルド長は奥にいってしまった。
嵐が過ぎ去ってすぐにニコラは声をかけられた。
「時間通りだなお姫さん。」
そこには一人の剣士が立っていた。
もちろんソウマだ。羽織を着て愛刀を腰の帯に差している。
「時間を守るのは商売に携わるものとしては当然の心構えです。」
ニコラは胸を張って誇らしげに答えた。ちなみにこの世界にはすでに携帯できる懐中時計がある。
魔法と工業、機会技術の融合で細かい部品を造ることができるのだ。
値段は高価だが持っていることが一種のステータスとなっている。
「それで、ソウマさんのご用と言うのは?先日いただいた茶器の売り先はまだ決まってませんがその事でしたか?」
「いや。そのことは完全にそちらに一任する。こちらとしてもあれは完全な不良在庫で売れるのなら売ってしまいたいと考えている。」
「・・・・・不良在庫ですか。」
ニコラはソウマの発言に頭痛を覚えた。ソウマが寄越してきたティーカップは素人商人がさばいてもそうとうな利益を生み出すまさに金の卵といって差し支えないものだ。
それを言うに事欠いて不良在庫である。
あのカップが大量に入っていると思われるソウマの魔法の鞄の中には他にも何かとんでもないものが死蔵されているのではないかと勘ぐってしまいたくなった。
「それより今日の話だがお姫さんは回復魔術が使えるんだよな?」
「ええ。ある程度の術は納めていますが。」
ニコラにはその先が読めなかった。
商売の話ではないらしい。自分の回復魔術を頼ってきたにしてはあまり切迫したようすもない。
ではいったいなぜ回復魔術の話なのか。
「じゃあお姫さんの伝で星光教会の人を紹介してもらうことはできるか?」
「・・・・・・・え?」
ニコラはこの時もの意識がフリーズしてしまった。
さてここでこの世界の宗教事情に少し触れておこう。
この世界には四つの宗教体系がある。
一つ目は自然崇拝。
書いて字のごとく四季や川の流れ天候などを崇拝する宗教であり同時に自然の謎を解明する一種の学派でもある。
エルフや農業に携わるものが信仰している。
二つ目は土着信仰。
各地方に昔から伝わる伝説などがもとになっており。伝説に出てくる怪物や守護獸などを崇める宗教だ。
これは土地にすんでいるものやその守護獸に縁のあるものが信仰している。
実際に守護獸に出会ったものなどが直接に加護を授かるケースなどもあり地方によって様々な逸話がある。
三つ目は偉人信崇拝。
これは実際に存在した人物を対象にした宗教であり土着信仰とは違って完全な実話しか信仰の対象にしない。
帝都では二代目皇帝にして騎士の王と呼ばれているイヴァン皇帝が騎士たちの間で信仰の対象になっている。
偉人信仰では過去にその偉人が使っていた武器や防具などに祈りを捧げたりする。
四つ目は精霊信仰。
特徴としては他の三つの宗教と平行して信仰されていることが多くまたそれ故に信者が多いことがあげられる。信仰の対象は世界を満たす魔力の中に存在する意識体である精霊で火・水・風・土・光・闇の六種類が存在していると考えられている。
現在世界でもっとも信仰されている宗教であり、さらに重要なのがこの世界において最大の治癒術の研究機関であるということだ。
さて。
なぜニコラがフリーズしてしまったのかというと・・・・・・やらかしてしまったのである。
彼女は治癒術の修行のために一時期、精霊教の治癒術研究の総本山である『星光教会』の帝都支部に出入りしたいのだがそこで異端の知識書『ネクロアトラス』の知識を披露してしまいそれ以降教会上層部から睨まれてしまったのだ。幸いなことにその内容を理解できる人物が上層部にいたためとニコラが皇族の姫であるという要因があって精霊教からの『異端』認定だけは免れたがある種のブラックリストにはのってしまったのだった。
「・・・・他の教会にしませんか?」
「・・・いや、嫌なら無理強いはしないが。」
ニコラとしては星光教会に向かうのは何としても避けたいところだった。
「ソウマさんは星光教会にいったい何の用事があるんですか?」
しかし難民キャンプの状況改善を依頼されているソウマがわざわざ相談に来るのだから何かしらの意図があるのだろう。
「難民キャンプに巡回牧師を派遣してもらおうと思ってな。」




