第二話「とある騎士との立ち話」
図書館で教授との講義を終えたニコルジアは一人、城の廊下を騎士たちの訓練場へと歩いていた。
廊下を歩いていると訓練場のほうから二人の騎士がこちらに近づいてくる。
「これは白騎士様、こんにちは。本日の訓練はもうおしまいでしたか?」
白騎士と呼ばれた人物はコクリとうなずいた。全身を白を基準とした鎧で覆った小柄な騎士だ。かの人物こそ帝国最強白騎士その人である。個人の武芸においてこの人物の右に出るものなしといわれている。新年最初に開かれる晩餐会で催される園遊会においてその当時帝国最強といわれていた帝国騎士団の金獅子騎士団団長、アヴァロン・グウェン・メイナード卿を打ち負かしたのは記憶に新しい。
「まだ騎士様がたは訓練場をお使いでしょうか?」
今度は首を横に降って答える。どうやら現在。訓練場には誰もいないようだ。
この騎士は言葉を発しない。その理由を知っている数少ない人間の一人であるニコルジアは多少の不自由こそ感じるがそれ以上は気にしていない。
「それではこのあと私が鍛練に使っても問題ありませんね?」
白騎士は兜を手のひらで押さえて溜め息をつきそうになるのを必死にこらえうなずいた。
「ところでそちらの騎士様は?」
ニコルジアの質問に白騎士は騎士自身が答えるように手で促した。
後方にいた赤毛の騎士は再度一礼し、
「自分は先日皇帝陛下より騎士の受勲を賜りましたヴォルフ・スタイナーと申します。どうかよしなに。」
と名乗った。
「もしかして白騎士様の剣のお相手を?」
「はっ!若輩の身なれば実力をもって周囲の納得を得て己の地位を確固たるものとせよとの白騎士様からのご提案です。」
二人が並んで訓練場から出てきたところを見るとその目論みはうまくいったのだろう。
「そうですか。ではどうか今後も帝国のため延いては人民のためにその剣に曇りなきよはげんでください。」
「ありがとうございます。」
ヴォルフは再び騎士の礼をとった。
ニコルジアは二人との会話を負えて訓練所に入るための扉に手をかけた。
「あの、ニコルジア姫。ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
「何かしら?」
「あーとその。そのお持ちの荷物はいったいなんですか?」
ニコルジアは自身の抱えているものを再確認する。
「ダンベルです。・・・あまり珍しいものではないと思うのですが。」
帝国の新たな時代をになう若手騎士は沈黙・逡巡・決断の三つの工程をへてひとつの答えにたどり着いた。
「いえ、何でもありません。どうかお気をつけて。」
その笑顔はとてもさわやかだった。
・・・考えても見てほしい。一国のお姫様が一抱えはあるダンベルを抱えて廊下で騎士と立ち話をしている光景を。騎士の憧れと華やかな姫の人物像を粉々に粉砕しながらニコルジア姫は訓練所にダンベルを返しにいくのだった。
(宮廷で姫さまに夢を見るのはやめよう。)
そしてここに若き騎士、ヴォルフ・スタイナーささやかな夢が終わりを告げた。