第二十一話「とある皇女と朝の鍛練」
地味に難産でした。戦闘は挟むと大変ですね。
先人の皆様を心から尊敬します。
帝都郊外難民キャンプ アオイ屋裏手 仮説テント付近 早朝
冒険者として生活していくには幾つかの必須技能がある。
その内の一つが《どこででも眠ることができること》だろう。
この技能ははずせない。例え町を拠点にしている冒険者であってもそれは例外ではない。
テントがあるならまだいい方だ。場合によっては土の地面に寝転んで眠ることもあるし強者のなかにはぬかるんだ泥の上で眠ることができるものもいる。
依頼によっては長い旅を強いられるものもある。そういった依頼の時は休める時に休んでおかなくては身が保たないのだ。
「んっ~~~~~~~!」
ここにもそんな冒険者の必須技能の使い手が一人。
体を伸ばし眠気を払っているのはニコラだ。
本来なら箱入りのお姫様である彼女にそんな技能があるはずもないのだが・・・・木上で昼寝、城を抜け出して町で遊び、屋根の上で昼寝、城を抜け出して森で遊びを繰返しお転婆を絵にかいたような幼少期を過ごした結果『野宿?泥の上でも行けますけど?』なお姫様が出来上がってしまった。
余談たが彼女付きの侍女はニコラがある程度落ち着きを持つまで一月続く者が居なかった。南無。
そん訳でテントの中で眠ることができるのだから贅沢であるとすらニコラは感じていた。
「今日もまたあの夢でしたね・・・・。」
そして今のニコラの頭はいつも見ている魔王の夢のことでいっぱいだった。
「あの夢のせいで最近ひどく早起きなんですよね~」
ニコラの体には昨晩の戦闘や治療の疲れは残っていない。濃密な一日の疲れを一晩で回復してのけたのだから驚異的な回復力だと言える。
「・・・・朝練でもしますか。」
正直に言えばニコラは体力をもてあましているのだ。
というわけで彼女の朝練はとう突に始まった。
まずはせっかく外にいるのだからと軽くランニングを始めた。こればっかりは城の中ではできなかったのだ。以前、城の城壁の上を走ったことはあったが兵士と侍女に全力で止められた。
(あとちょっとで百周だったのに。)
考え事をしながら彼女のランニングは続く。
先に述べておくが彼女の『軽い』はすでに狂っている。
ランニング開始からもう一時間だ。
速度は既に村人の全力疾走に匹敵し回数は街の兵士が悲鳴をあげるほどだ。
城壁を走る姫を見た兵士たちは思った。もしこれが軍事教練の教官の目に止まったら?と。守るべき姫は恐らく自分達よりも遥かに体力がある。しかし教官の妥協を許してくれないだろう。魔力も体力も尽き果ててそれでも走れと鞭打たれる自分達を想像した兵士たちは姫を止めようと一致団結して頭を下げた
のかもしれない。
真相は闇のなかだ。
ニコラがしばらくランニングを続けていると他の冒険者たちも朝練をしているのが目にはいった。
剣の素振り、腕立て伏せや腹筋といったトレーニング、中には精神修養のためのお祈りをしているものもある。
そんな風景のなかに見知った顔を見つけたニコラは声をかけた。
「おはようございますソウマさん。朝の鍛練ですか?」
「おはようニコラ。ああご覧の通りだ。」
ソウマは手を止めずにニコラに挨拶を返した。
彼は今、木剣での素振りに精をだしているところだった。
「ルリちゃんは今どうしているんですか?」
「走り込みを言い渡した。俺の目算通りならあと少ししたら帰ってくと思うぞ。」
話ながらもソウマの素振りは続く。ニコラはその剣の振り方が不思議だった。
「ソウマさんは鎧を着たり盾を持ったりしないんですか?」
「なんだ藪から棒に?」
ソウマはついに素振りをやめて汗をぬぐいながらニコラの方を向いた。
「振り方を見ていれ大体の戦いかたはわかります。ソウマさんは剣を両手で持っていました。それに脇をとても絞めて剣を振っています。薄手の皮鎧ならなくはないでしょうがあそこまで脇を絞めるならプレートメイルを着ると腕が当たっちゃいますよ。」
「・・・良く見てるな。」
ソウマは少し嫌そうな顔をしていた。本来なら冒険者が同業者の手の内をあからさまに探るのはマナー違反だ。しかしニコラからはなにか別の意図を感じた。
「昨晩の豚汁や器の件でソウマさんが帝国近辺の出身でないことは何となく察しつきました。私が興味があるのはこの戦乱のご時世にソウマさんがどうして帝国に来たのかです。」
「・・・なにか勘違いをしてないか?確かに用事があって帝国を訪れたのたしかたがそんな御大層な使命がある訳じゃない。知り合いに手紙を届けてくれるように頼まれただけだ。」
「そうなんですか?」
「そうだ。俺が主に生業にしているのはギルドを仲介しての手紙の輸送だ。配達相手も貴族とかお偉いさんはほとんどいないぞ?変わったことといったら国と国とをまたぐ依頼が多いから土地の珍しいものを買って次の土地で売る副業をしている位だ。ちなみに今アオイ屋で売り出してるのは俺の故郷の生活雑貨だ。この辺では見ないものが多いから珍しいんだろうな、良く売れるよ。」
「・・・そう、ですか。」
ニコラの顔はどこか釈然としていないがソウマとしては自分の仕事なんてそんなものだと思っているので彼の視点ではそういうことになっているのだ。
「おっ?帰ってきたな・・・・どうしてそうなった?」
ソウマはとある一方を見ていた。ニコラもそれに習って同じ方向をみるとこちらに向かって走ってくるルリが見えた。問題は同行しているメンバーだ。
「師匠・・・ただいま。」
ルリは汗を拭いながらどこか誇らしげな様子だ。
「よう、ソウマ。朝の鍛練頑張ってんな。」
「ソウマ殿!朝から精が出ますな!」
「けっ!何で俺まで・・・。」
そしてルリと一緒にやって来たのはバルガスとナボホホ、カンツァの三名だった。
「なぁルリ、これって俺が走り込みの前に『何か興味の沸きそうなものを三つ見つけてこい』っていったのが原因か?」
「・・・うん!」
ルリは上目遣いに目をキラキラさせていた。全身でホメテホメテオーラを放っている。見つけてきたばかりか現物を持ってきたのだからすごいことだ。ソウマの予想の斜め上をさらにブッちぎってしまったが。
「うん。偉いぞ~。」
ソウマはルリの頭を撫でてやった。顔が若干引き釣っているが彼女のしたことはすごいことである。四ツ星以上の冒険者を何の金銭交渉もなしに三人も引っ張ってきたのだ。
いったいどうしたものかと頭を抱えているソウマに声がかかった。
「まぁ、そう気にするな。俺達もお前に用事があったんだ。」
バルガスがそう言うとナボホホが前に出た。
「その通り。ソウマ殿少々お願いしたいことがあって参ったのだ。」
「お願いですか?」
「そうなのだ。ここにいる世間知らずの馬鹿弟子に稽古をつけてやってはいただけんか?」
ナボホホはバルガスの後ろでふてくされているカンツァを指した。
「へー、カンツァさんってナボホホさんのお弟子さんだったんですか。」
ニコラが興味津々なご様子だ。
「・・・何で俺がこんなやつと。」
カンツァは未だに昨晩のソウマへの依頼が不服らしい。
「大体星がないってのはどういうことなんだよ!無能か?それとも補欠か?俺はこんなやつ認めねぇ!!」
「とまぁこんな感じでな。こやつももう少し依頼をこなせば晴れて五ツ星に手が届きそうなのだ。その前に師としてはこやつのこの固い頭をほぐしてやりたいのだよ。」
「構えいませんよ。ちょうど木刀も持ってますしそういう話ならそちらも準備はよろしいのでしょう?」
「勿論だ。さあカンツァお前の実力を見せてあげなさい。」
「けっ!どうして俺がこんな・・・痛っ!」
いつまでもグダグダいっているカンツァにバルガスが拳骨を落とした。
「全く・・・・お前はなっちゃいねぇ。お前のお師匠さんがわざわざ仲介してまで手合わせを申し込む相手だぞ?お前は本当に師匠のしたことに意味がないと思うか?」
「うっ・・・・はい。」
カンツァは頭をさすりながらシブシブ前に出る。
「ふふふ、なんだか面白いことになってきましたね。バルガスさん、ナボホホさん。立ち会いは私がやらせてもらっても?」
ニコラは本当に楽しそうな顔をしている。
「うむ。お願い致す。」
そんなニコラにナボホホは丁寧に頭を下げた。それがまたカンツァのカンにさわる。自分の師匠はこんなに誰彼構わず頭を下げるような人間ではないはずなのだ。
(くそっ!いったいなんなんだ!)
苛立ちにみを任せ腰に差していた木製のバトルハンマーを抜いた。
そしてバトルハンマーの柄の両端を持って構えた。
間合いを詰めつつ取り回しのきく構えで小技を連発して相手を崩す意図が読み取れる。
ソウマは今まで持っていた木刀を腰に巻いた帯に差してしまった。
半身になって軽く腰を落とし木刀の柄に手をかけて構えをとる。
「ほう。」
「これは面妖な。」
バルガスとナボホホはソウマの構えを見て面白そうだといった顔をした。
「・・・何のつもりだ?」
しかしカンツァはますます機嫌が悪くなった。ソウマになめられていると思ったのだ。勝負の前に武器を納められた。しかもそのまま抜くそぶりすら見せない。
「こういう構えなんだ。気にしないでくれ。」
カンツァが再び何か言おうとした時、絶妙なタイミングでニコラが割ってはいった。
「二人とも準備はできましたね?」
「ちっ。ああいつでもいいぜ。」
「よろしく頼む。」
二人の返答を確認したニコラが一つうなずくと手を振り上げた。
「では!冒険者カンツァと冒険者ソウマの模擬試合を始めます!
始め!」
そして開始の合図と共に手が降り下ろされる。
「『自己強化』!!」
先に動いたのはカンツァだった。身体強化の魔法を唱え魔力のかよった足で一気に間合いを積める。
(とった!)
間合いを積めた勢いをそのままバトルハンマーにのせてコンパクトな一撃を放とうとした。
ソウマはまだ動かない。
勝ちを確信したカンツァの突進は彼自身が横に転がることで失敗に終わった。
カンツァはかろうじて反応することができたのだ。
喉元に迫った木刀の切っ先に。
ソウマは突きの構えをといて転げているカンツァに打ち込んだ。
それを回りで見ていた面々は思った。
『速い』と。
ソウマの抜いた木刀を目で追えたのはこの場ではバルガスだけだった。ニコラとナボホホにはソウマがいつ動いたのかどころかカンツァが転げるまで動いたことにすら気がつかなかった。
「『自己強化』も使わずにこの速さ・・・彼は人間か?」
「そう言えば昨日の一件でもソウマさんは『自己強化』や何かの加護を使っている様子はありませんでしたね。」
「・・・。」
外野は呑気なものだがカンツァは今の一撃で大きく動揺してしまいソウマの分析どころではなかった。
「はぁはぁはぁ・・・。」
息が乱れていた。たった一撃繰り出しただけで自身の死を感じた。得物が木刀であることも身体強化の魔法がかかっていないことも関係ない。
そもそも強さの根源たる魔力をソウマからは一切感じることができない。
おかしい。何かがおかしい。
「どうした?まだ始まったばかりだぞ?」
ソウマは木刀を片手で持ち半身でカンツァの方を向いている。
隙がない。しかしそれでもカンツァはソウマからは今まで自分が信じてきた『強さ』を感じとることができなかった。
師匠たるナボホホからは凄みを感じた。憧れのバルガスからは圧倒的なものを感じた。
「はぁはぁはぁ!」
しかしソウマからは本当になにも感じることができない。
「来ないのならこちらから行くぞ。」
「っ!」
ソウマが間合いを詰める。素早く地面を滑るような不思議な足運びだ。カンツァは
日頃の鍛練から反射的にバトルハンマーを長く持ち遠心力をのせて降り下ろした。
今度こそ当たる。ソウマの移動は確かに速いがカンツァとて四ツ星の冒険者だ、それなりの修羅場はくぐっている。だから反応できたと思った。
「へ?」
間抜けな声が出てしまった。バトルハンマーには手応えがなかったのだ。それどころかソウマはもう目の前にいて木刀をカンツァの胴に降り下ろし寸止めしていた。
「・・・・あっ。冒険者ソウマの勝利!」
カンツァ同様呆けていたニコラが我に返りソウマの勝利を宣言する。それを聞いたソウマがカンツァから木刀を離すとカンツァはそのままへたり込んでしまった。
「あ・・あんた・・・いったい?」
「ただのしがない冒険者だ。それより大丈夫か?怪我はさせてないつもりだが?」
そう言いながらソウマがカンツァに手を差し出した。
「あっ・・・ああ、すまん。」
「反応速度は悪くなかったがからだの動きが魔法に頼りすぎだな。もう少し体術の研鑽を積むことをお勧めする。ハンマーも悪くないが打撃の方向に自由度の高いメイスの方が戦いに柔軟性がでていいかもしれない。」
「・・・・あんたすごいんだな。あの剣筋・・・全然反応できなかったぜ。」
ソウマの手をとって立ち上がったカンツァは試合を始める前とは打って変わって殊勝な態度だった。
「俺は生来の体質で魔法や精霊の加護が効かないんだ。身体強化なしで冒険者なんて荒事をやろうと思ったらこれぐらいは出来ないとな。」
「っ!魔法も加護もなしにあの強さなのか!」
カンツァは唖然としていた。この世界で戦闘を生業とするものは必ずしも何らかの肉体を強化する方法を持っている。それができないものはそもそも前衛で戦闘に参加すると言う発想にはならない。
「やっぱりあんたはすごいぜ!バルガスさんや師匠が俺に何をさせたかったのか何となくわかった気がする・・・。」
突然カンツァが頭を下げた。
「ソウマ・・・いや。ソウマさんありがとう。あらためて四ツ星冒険者のカンツァだ。昨日の資金集めの件で俺に出来ることがあったら声をかけてくれ。おれなんかで役に立つことがあったら協力させてほしい。」
ソウマはポリポリと頭をかいて苦笑いを浮かべた。
「ソウマでいいよ。おう、たぶん今後俺名義でギルドに採集や狩りの依頼を出すことがあると思うからソイツに手をつけてくれると助かる。」
「ああ。必ず。今日は手合わせしてくれてありがとうなソウマ。」
そう言うとカンツァはソウマに手を差し出した。ソウマもその手を握り二人は握手を交わした。
「カンツァは今帝都にいる若手の四ツ星冒険者のまとめ役みたいなことをやっているのだ。ソウマ殿の今後に役立ててやってくれ。」
二人のやり取りが終わったところでバルガスとナボホホが近づいてきた。
「イヤーソウマさんはいい試合見せてもらいました。私も体術には多少自信があったんですけどあれ見たらちょっと自信なくしちゃいますね。」
「師匠・・・カッコよかった!あの剣抜くやつ・・・・教えて!」
ニコラとルリもソウマたちのところににやって来る。
「ああ、あれ速かったですよね。目で追えませんでした。わたしはそっちよりも最後にカンツァさんの打撃を避けた足運びに興味があります。立会人として近くで見てましたけどににが何やら。」
「ああ俺もビックリしたぜ。武器がソウマをすり抜けちまったのかと思ったよ。」
ソウマは近寄ってきたルリの頭の上に手をポンとのせる。
「生憎とあの技はそう簡単に教えられるものでもない。一応秘技に分類される技術だし修練も大変だ。
ルリには・・・・いずれな。今は体力と筋力だ。基礎ができてないのに技を覚えても使いこなすのは難しいぞ?」
ソウマの発言にニコラとカンツァ、ルリがガクっと首をおとした。
そんな光景をバルガスとナボホホは後ろから頼もしそうに見ていた。
「若い世代は大丈夫そうですな。」
「ああナボホホ。『勇者アルシャス』が繋いだ未来はきっとコイツらみたいな奴等のためにあるんだろうぜ。」
かつて争いを終わらせるために魔王を倒した勇者アルシャス。
彼は冒険者として国家に所属することなくあの戦争に参加していた。
彼が何を思って姿を消したのかバルガスは知らない。
だがバルガスは確信があった。彼がいなくなったことにはたぶん意味があるのだと。
「まあどっちにしても目先の問題からだな。」
「そうであるな。」
二人の上位冒険者は難民キャンプを見た。帝都に危機が迫っている。今はまだその全貌がはっきりしていない。
獣化症の蔓延、飢餓によるアンデット発生の危険、難民達、漠然とした不安感を胸にこの日の朝集った面々はこれから帝都でおこる大事件に関わっていくことになるのだった。




