第二十話「とある冒険者と進み始めた会議」
アオイ屋裏手 仮設大型テント 深夜
冒険者たちの会議は一向に進まなかった。彼らはあくまで実働を主とする人間であり実働を前提とした行動や思考は得意だが食糧問題や難民問題といった政治的なアプローチが必要になってくる案件の対処には弱いのだ。
「やはり俺たちだけでは手に余るか・・・・せめて、アドバイザーでもいれば。」
バルガスが今日のところは解散しようと声をかけようとしたその時テントの入り口が開いた。
「お茶をお持ちしました。」
「・・・・しました。」
入ってきたのはソウマと彼の弟子ルリだ。
「失礼します。」
「こちらもどうぞ。」
さらに二人、ニコラとヴォルフだ。
ソウマとルリは木のお盆になにやら薄い緑色の液体の入ったカップのようなものを持っている。
ニコラとヴォルフは小皿に乗せられたおそらくは干した果物なのだろう物を持っている。
四人はそれをこの場にいる冒険者たちに配り始めた。
「・・・悪いなソウマ。さっきから飯炊きばかりさせちまって。
ニコラもすまない。」
「そう思うなら少しは自重してください。」
「私のほうは自分から申し出たのでお気になさらずに。」
ソウマの遠慮のない物言いと対照的にニコラは控えめに謝辞を受けた。
「バルガス殿・・・これは・・いったい?」
その時驚愕に彩られた声がナボホホから発せられた。
バルガスが振り返ると彼は干した果物をかじりながらソウマとニコラが持ってきたものをじっと凝視していた。
「どうしたナボホホ?この器に変なところがあるのか?」
「・・・すばらしい・・・これが・・・これが土で出来ているというのですか!」
出されたものに手をつけようとしていた冒険者たちがギョッとしていた。
土の器とはあまり水気のあるものや食料を入れるものとしては適当ではないとされていたからだ。水漏れを心配し床に置いてしまった者すらいる。
「そなた・・・そなたはいったい。」
ナボホホがソウマに熱い視線を送っていた。
そして突然頭を下げた。
「わが名はナボホホ・カンガンダン。下級貴族の次男で今は見ての通り冒険者やっている者だ。
星は五つ。
そなたの名をお聞かせいただけないか!」
その場にいた全員がナボホホの行動に唖然としていた。下級の貴族であり上位の冒険者であるナボホホが見ず知らずの他人に頭を下げたのである。貴族というのはとにかく気位が高くこのように軽々に頭を下げる生き物ではない。それは冒険者となりある程度世間体を身につけたナボホホであっても例外ではないはずだ。
「・・・ソウマ・ハクレイです。あなたと同じ冒険者をしています。
・・・・・星はありません。」
今度はその場の全員がざわめいた。特に星が四つの者は首をかしげているものが多かった。
しかしその場にいる数名の五つ星の人間はソウマを見る目が困惑したものから見定めようとするものへと変化し始めた。
そして自分たちの持っている器の中のものに口を付け出した。
「・・・これは。」
渋く、しかし豊潤な甘味と酷のあるるかい味わいが彼の口のなかに広がる。
突然の五ツ星たちの行動にいまだに戸惑いながら四ツ星の冒険者たちも出されたものに手をつけ始めた。
「おっ!これうまいな。」
「てか甘いな。こっちは渋い!でもなんかスゲー合う。」
「変わった歯応えだな。しかしなかなか。」
「これほしいわね。お土産にもらえたりしないの?」
そして口々に賞賛した。
美味いのだ。
そんな冒険者たちの反応を見ていたバルガスが口を開いた。
「なぁソウマ・・・・・・俺たちのスポンサーになれないか?」
「「「「「「「「「「っ!!!!」」」」」」」」」」
バルガスの突然の思い付きに一同が驚愕する。
「バルガスさん・・・・お金困ってるんですか?」
「ああ困ってんだ。正直こんな会議、冒険者の仕事じゃない。しかしこれからこの難民キヤンプで起こるかもしれないことはなんとしても避けなきゃならない。それには金が必要だ。」
「・・・・・。」
ソウマはバルガスをじっと見つめた。
普通の冒険者からして見ればバルガスが突然おかしくなったのかと思うだろう。しかし五ツ星以上の冒険者は子との成り行きを見守る姿勢に入っていた。
「いくつか条件をいただきたんですがよろしいでしょうか?」
再びテントのなかがざわついた。
「言ってみろ。」
「では、こちらも無尽蔵に出資できるわけではありません。つまり状況によっては現物支給、あるいはその時必要なものを都合するという形をとりたいです。それと明確に期限をつけていただきたいです。いつまでもお金を出し続けることは当然できません。最後にその依頼は正式にギルドを通してください。以上です。」
複数の冒険者を雇い金を出す条件としてはどこか的はずれな気がした。
「わかった、その条件を飲む。今日はもう遅いから明日・・・・・・。」
「ちょっと待ってくれバルガスさん!」
その時バルガスとソウマの会話にこの集まりで一番若い冒険者が割ってはいった。
「どうしたカンツァ?何か不満か?」
「バルガスさんいくらアンタの意見でもこれはどうなんだ?ことは一刻を争う重要な案件だ。なのにこんな小僧に資金集めをさせよってのか!?」
バルガスとソウマが首をかしげた。カンツァはひとつ勘違いをしている。
「カンツァよう。違うぞ俺が言いたいのはこいつ自身にスポンサーになってもらうって話だ。こいつを貴族や商人のところに寄越すって話じゃない。」
「そんなことできるわけがない!ここにいる冒険者は四ツ星以上の猛者たちだ!依頼料だってかなりの金額になる。それを二十組以上の冒険者のパーティーに支払うだけの資金力がこいつにあるってのか!!!」
おそらくカンツァはバルガスが何か悪ふざけをしていると考えたのだろう。
妙に突っかかってくる。
「論より証拠だな。カンツァ。今お前が使ってるその器はいったいどれくらいの価値があると思う?」
「えっ?」
カンツァは自分の手元にある器に目をやった。
「・・・・・。」
じっと器を眺める。
彼には正直なところ物の価値はそこまで解らなかった。
親しみやすく手に馴染み口当たりも優しい器。表面はつるりとしていて見た目も綺麗だ。
(あれ?これって実はすごく・・・・高い?)
素人うと目にみても何となく高級感が伝わってくる。というか見たことがない。
さきほどナボホホが土でできているといっていたが土の器はもっとざらざらしていて水などを入れると漏れだしてしまう。しかしこれにはそういった気配はない、自分の知っているものとは決定的に違う。つまりその製法は想像もつかない。
「まあそんな感じでソウマにはこんなかくし球がいくつもあるんだ。これはその一つだな。」
「・・・・・。」
「そう言えばこの干した果物は何なの?保存食とはいえこれほど甘いのだから砂糖付けかなにかよね?お高いものなの?」
今度は別の女性冒険者が質問する。
「それはペッサミンを干したものです。作るのに少し時間がかかりますがそこまで手間がかかるものでもありません。こんど俺の店で売り出すので買いに来てください。」
「えっ?これってペッサミンだったの!あんなに渋いものがこんなに美味しくなるのね~」
何となくだが一同はソウマに何ができるのか察し始めた。
「どうやら他に何か言いたい奴はいないみたいだな。」
「はぁ。」
バルガスのどや顔とソウマの密かなため息がその日の会議のシメとなった。




