第十九話「とある冒険者と進まない会議」
帝都郊外難民キャンプ北側 雑貨屋アオイ裏手 深夜
ソウマが夜食に豚汁を振る舞ったあと冒険者たちは今後の方針について話し合うためにアオイ屋の裏手に張られた大型テントの中に集まっていた。
冒険者は基本的に三人から五人ほどのパーティーを組んでおりここにはその代表が二十人ほど集まっている。
みなギルドから星を四つ以上もらっている猛者たちだ。
ちなみに冒険者ギルドの階級は星が一つから始まって八つが最高となっている。
星はギルドに対して一定以上の貢献をしたものに与えられるものであり戦闘を生業とするものが多い冒険者たちにとっては強さの指標のようなものにもなっている。
認識としては
一ツ星:駆け出し・一般人に毛が生えた程度。
二ツ星:未熟者・武器を持つことにようやく慣れ始めたかな?
三ツ星:一人前・昇格試験に合格して晴れて一人前の冒険者。
四ツ星:経験者・大きな依頼をこなしいよいよギルドから認められる。
五ツ星:上位冒険者・指名依頼が入ったり国から声がかかったりする。
六ツ星:達人・昇格試験を突破し二つ名が与えられる。大きな集団の設立を許可される。
七ツ星:怪物・化け物・人外:強すぎてそろそろ人間扱いされなくなってくる。
八ツ星:英雄・勇者・魔王:七つ星の人間がさらに実績をあげたときに与えられる名誉賞に近いものがある。功績をあげるために多少運も必要。現在はギルドに七人の八ツ星がいる。(勇者とその一行に二人)
四ツ星の冒険者になるには一定以上の功績が必要でありこの場にいる人間の実力はギルドの名のもとにそれが補償されていると言うことになる。
そんな中でも一目おかれているのが・・・バルガスだ。
「さてみんな、夜分遅くに集まってもらってすまない。」
バルガスは車座に座る冒険者たちの注目を集めた。
「今晩のことでわかったと思うが今のこの難民キャンプはヤバイ。蔓延する獣化症、餓死によるアンデットの発生、更にそれらの問題を大きくする可能性が高い難民たち・・・。このままアルドメア鎮魂際を経て帝都が冬を迎えれば恐らく取り返しのつかない大惨事となることだろう。」
バルガスは現状の不安材料を述べていった。
大量の難民。これは冒険者とは直接関係はない。精々が揉め事の仲裁か星光教会の炊き出しの手伝いの依頼がある程度だろう。
しかし獣化症とアンデットの被害は別だ。流入してくる難民はまだ増える可能性すらある。そして生活基盤のない難民が飢えて死ぬだけでも死体のアンデット化や疫病の蔓延などの驚異があるのだ。更に今日新たに明らかになった獣化症。
噛まれた者が数週間後に魔物に変じてしまうかもしれない恐ろしい病気だ。医療を司る星光教会ですら治療方法を発見できずにいる病気。
この二つの驚異が帝都を包囲しつつあるのだ。
帝都を拠点にしている冒険者たちにとっても危険であり知ってしまった以上手を子まねいてみていることはできない。
「すでに宮廷には使いのものを回したが恐らく対応は難しいだろう。本来なら俺たち冒険者の領分とは言えないが何とかして状況を変えないと帝都で魔物暴走が発生するような事態になりかねん。」
魔物暴走とはギルド用語で特定の場所で魔物が以上発生することを指す。
こんな街の周りでことが起こったら最悪の場合帝都がなくなってしまう。
そんな中で冒険者の一人が手をあげた。
「しかしバルガスさん。いくら状況が切迫してるとはいえ俺たちに何が出来るんだ?食える魔物を狩ってくるにしても装備品の補修や消耗品の購入なんかを考えると流石にタダ働きはキツいぞ。命の危険だって無視できない。」
その場にいたほとんどの冒険者がその意見にうなずいた。
「どっかお人好しの貴族を捕まえてスポンサーにするってのはどうだ?俺たちは金がもらえる。難民は食料を得る。貴族は貧民を救った英雄として民に称えられる。」
一見いい意見に聞こえ一同がにわかに活気づくがそこに魔術師風の冒険者が横槍を入れた。
「残念だがその手法は使えないと我輩は考える。」
活気づいた一同の冷ややかな視線が魔術師風の冒険者に注がれた。
「何が駄目なのかこいつらに説明してやってくれナボホホ。」
しかしバルガスは魔術師風の冒険者ナボホホを援護した。
一同の視線が今度はバルガスに集中した。
「うむ、バルガス殿は彼の戦役をくぐり抜けた経験上その手の話には詳しいであろうな。
皆の衆、今年の夏は雨の多い季節であった。
作物の不作は帝都より南に行くにつれて多くその土地を納める領主が事態を収拾できなかったがゆえに帝都に人が押し寄せてきている。しかも飢饉は国境を越えた先、隣国《エングアイア王国》でもおこっておった。
今回の難民のなかには自国の人間以外にも他国の人間が多く混じってあおる。
また、救済を行うにも救済に回す食料がない。今年の長雨で小麦の収穫量が落ちこの国の人間ですら食べることに困るものが出る始末だ。
いくら事態が切迫しているからと言ってない袖は振れない。
加えて隣国はこの飢饉を乗りきるための方策としてこの国への侵略を考えていると言う噂がある。現在南の国境はかなりの緊張状態にあり難民に当てる食料はない。
貴族たちはこの戦の準備に入っており難民の救済を行っている余裕などない。よしんばいたとしてもそこまで多くの資金を捻出できる者は現れないだろう。」
情勢に疎かった者達は難しい顔をした。
貴族が戦の準備をしているというのはこの状況下ではよろしくない。魔王との戦争以降領土を広げる機会のなかった貴族たちはこの好機を逃したくはないだろう。敵を返り討ちにすれば新たな土地を手にすることができるのだから。
冒険者は本来政治とはあまり縁のない職業だ。隣国が喧嘩を吹っ掛けてくるかもしれないからこの事態に手が出せないという理由は看過できないものがあった。
「戦争うんぬんはまだ噂の域を出ないがそれでも国境が緊張来てるのは本当だ。まったくもって鬱陶しい話だ。勇者が世界を救ったから争いが終わると思ったら今度は味方だったもの同士が剣を交える。これじゃあいつの奮闘が何だったのか。」
バルガスは悔しそうに呻いた。かつてこの世界に平和をもたらさんとした勇者を思って
「つまりバルガスさん。現在の帝国にこの難民問題を収拾するだけと余力はないと?」
「そうだ。国は動けない。被害を考えると何とかしたいのだろうが難民たちがこれだけ帝都に流れてくるとは貴族たちは考えていなかったんだろう。帝都への街道を戦争のために整備したのがアダになったな。」
「「「「「「・・・・・・・。」」」」」」
戦争の爪あと。
戦闘状態の解消による人口の増加・経費削減のための軍縮による失業者の増加・天災と人口増加による食糧事情の悪化。それにより街道のインフラ整備ですら状況を悪くする要因になってしまう。
「本気で俺たちにどうしろと?」
冒険者達には良案が浮かぶ様子はなかった。




