第十八話「とある皇女の異文化交流」
腹と胸の間に手を置く。
正直こんなことをしていいのかわからなかった。
「《人体透過》」
これは人体を構成する細胞と呼ばれる組織のふ繋がりを操り体に自在に手を差し込む術だ。ゆっくりとしか作用しないので戦闘では使えないが体内に残った異物などを取り除くときにと開発した。
幹部は念のため水の魔法で覆って出血に備える。
そしてそこに触れた。
(これが・・・獣化の原因。)
《ネクロアトラス》にはこんな記述があった。
〔ワーウルフの獣化の仕組みを研究していてわかったことだが。ワーウルフに噛まれて獣化した人間には治癒や解呪の魔法は効果がない。あれらの魔法は体の異常な状態を正常にする働きしか持っていない。
それゆえに獣化した人間には異常はおきていないと言うことになる。この矛盾した回答の意味を探るべく私はワーウルフと人間を分解して調べた。両者にはある一点を除いて大きな違いがなかったのだ。最早その部位しか獣化の原因は考えられない。
私は更なる実験のためにワーウルフとなった少女からその違いを取り除いてみた。するとどうだろうか?彼女は獣化をおこさなくなり白濁とした意識を取り戻し人間性を獲得した。やはり若い子供は実験台いい。成果がすぐにわかる。〕
読んでいて気持ちのいいものではない。しかし大事なことがかかれているのも事実だ。
ワーウルフの獣化について書かれたページは長く詳細が丁寧に記述されていた。
著者のラディ・クラウはワーウルフの獣化について最後にこう記している。
〔恐らくワーウルフの因子の根絶は不可能だ。ワーウルフを殺し尽くすなどできはすまい。星光教会のやっている獣狩もあまり効果を出してはいないだろう。何せやつらは一噛みで仲間を増やせる。私の確立した治療法は確実に異端だと認定される。やつらは追い詰められれば仲間を増やす。そうでなくとも増えていく。そこに終わりがあるのかどうか・・・
故にもし方法があるとしたらだが教会を黙らせ獣化が治療可能な病気であることを世間に広めなくてはならないのだろう。
まぁわたしには関係のない話だ。これで後天的なワーウルフの獣化症の記述を終わる。〕
色々気になる。本当に色々気になる!
この人の思想も研究の方法もなぜ本を残したのかも何よりも・・・
(後天的って何よ!!!)
物凄く胡散臭い書物だ。著者は間違いなく根暗で性格が悪いに違いない。しかし・・・・
(誰かが・・・やらなきゃ!)
その研究は後世の治療術に革命をもたらす。
そして件の臓器を手にする。
ニコラの魔法と治癒術を用いれば内臓を摘出するなんて処置はそこまで難しいことではない。
今までに何人もの人間の体内を魔法を通して見てきた。
こんな臓器は一般の人間にはない。
ニコラはついに決心した。
そしてここに治癒術の新たな歴史が始まる。
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二時間後
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ニコラが這うように治療用の大型テントから出てきた。
「姫!お疲れ様です・・・大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと魔法の使いすぎただけよ。それより周りの様子はどう?」
「今のところは特に何もおこっていません。今はバルガスと殿と一緒に見回りにいっていた冒険者たちが食事と仮眠をとっています。」
「そう。それじゃあバルガスさんのところまで案内してくれる。」
「承知しました、こちらです。」
ヴォルフはテントの見張りを近くにいた冒険者に任せてアオイ屋の方に戻っていった。
そしてそこでは行列が待ち構えていた。
「これはいった?」
ニコラとヴォルフが首をかしげていると
「おや?ニコラ、あっちはもうすんだのか?」
バルガスが近づいてきた。手に見たことのない黒っぽいツルツルした質感の器をもって。
「それはなんですか?」
「これか?これはソウマに作らせた夜食だ。お前たちも食うか?上手いぞ!」
そういってバルガスは器の中身をニコラたちに見せた。
「・・・泥?ではないようですね。見た目は悪いですが匂いはそんなに悪くありません。」
「ですが姫いささか独特な匂いですよ?私は今までに嗅いだことがありません。」
「あいつの故郷の料理で豚汁というらしい。ミソって調味料をベースに野菜や肉を煮込んで作るんだそうだ。今あそこで並んでるのはお代わり組だ。疲れてるとはいえこんなうまいもん食わされたら腹いっぱお食べたくなるってもんだぜ。ちなみに最初の一杯は並ばなくても優先的にもらえるから興味があるならいってくるといい」
「「・・・豚汁・・・。」」
沈黙。名前を聞いた二人の顔が引きつる。
しかしニコラは魔術の行使と治療で疲れてお腹がすいていた。
ヴォルフも周辺を警戒したり戦闘があったりでお腹がすいていた。
けれども未知の食べ物ということになんとなく忌避感をもたされる。
嫌なジレンマである。
「姫、毒味は私がいたします。頂きましょう。」
「・・・そうね。何事も挑戦よね。」
二人は列の方に向かう。
その最後尾にはこの場に似つかわしくない少女が・・・・・・立て札を手にもって立っていた。
「ええっと・・・ルリちゃんだったわね?何してるの?」
ニコラの質問にルリは看板を指差しながら答える。
「ここが・・・最後尾。今は作り直してるから・・・ちょっとかかる。」
看板には《最後尾・順番厳守のこと》と書かれている。なかなかの達筆だ。
「私たちまだもらってないんだけど・・・いただいてもいい?」
ニコラに聞かれたルリはコクリと頷くと立て札を地面に突き刺した。意外と力がある。
「・・・着いてきて。」
ルリに先導されてニコラとヴォルフは列の先頭に向かった。
「ん?どうしたルリ?まだ火が通ってないからもう少し待ってもらって・・・。」
頭に白いバンダナを巻いたソウマが振り返った。
「二人が・・・まだだって。」
「お姫サンと騎士サンか。・・・ちょっと待っててくれ、先に作ったのをよそうから。」
ソウマの前には即席の石で組まれた釜戸が三つも並んでいた。そのうちの二つには大きな鍋が火にかけられている。
三つ目は具材が放り込まれているがそれだけで釜戸に火も入ってない。
ニコラとヴォルフ、ルリが見守るなかでソウマは手際よく二人分の豚汁をよそっていった。
「お待ちどうさん、お口に合えばいいが。食べ終わったてお代わりがほしかったらあっちの列に並んでくれ。」
そういうと二人によそった豚汁をわたし空いた手で手に手に黒い器をもった行列を指差した。
「あの~・・ソウマさん。この器って木ですよね?何でこんなにツルツルしてるんですか?」
「不思議な手触りですね?色もきれいだ。正直こんな野戦陣地で使うのは場違いな気が・・・・」
中身も気になったがそれよりもソウマの手渡した器の方に興味を示した二人に
「興味があるのなら後で説明する。今は食事をしてしまってくれ。極力この国で忌避されそうなものはいれないように作ったつもりだ。・・・・ゴボウを入れられないのはちょっと寂しいな。」
「ゴボウ?」
最後にソウマがこぼした愚痴が気になったがそれよりも本格的にお腹がすいてきたニコラはヴォルフの方を見た。
ヴォルフは器の中身をじっと見ていた。
「ヴォルフ?」
騎士ヴォルフ・スタイナーの口は動いていた。ニコラがソウマと話している間にはじめの一口を口にしていたようだ。
目を閉じゆっくりと噛み締めているその姿からは独特の匂いや見た目を忌避していたときの拒絶感は感じられなかった。
「ソウマ殿・・・・これは・・・・美味いですね。」
ヴォルフは少し悔しそうだった。
「自分も騎士団のものに自ら作ったモノを振る舞うことがありますが・・・これは・・・何と言うか。」
ヴォルフはニコラの毒味役であることなど完全に忘却して豚汁を食べた。
「・・・・・私も。」
ヴォルフがあまりに美味しそうに食べているのでニコラも余計にお腹がすいてきた。
器に口をつけるとそのしっとりとした優しい感覚にまず驚いた。木で彫った器の口当たりはここまで優しくない。名品ならまた話は別だが一般に普及しているものはもっとざらつきがある。
そのまま器を傾けゆっくりと中身を飲む。
「っ!?」
独特の匂い。
しかしそれを表現するのは難しかった。
(すごく複雑な味わい・・・・それにほんのりと魚の風味がする。)
口のなかに広がる風味は未知の体験だった。
(具は・・・ホロホロした黄色い?何でしょうか?ニンジンはなんはわかりますが。後は玉ねぎと独特な切り方のお肉・・・?何でしょうかこの白くて柔らかいものら??)
ニコラにはわからない具が二つあった。
「ソウマ殿と。イモはわかったのですかこの白い固まりはなんですか?そこまで味が強いわけではありませんが不思議な感じです。」
ヴォルフが黄色い物の正体を教えてくれた上に白いモノの質問をした。
「それはトウフだ。豆を原料に作る。」
「・・・トウフ。聞いたことのない食べ物です。」
「俺の故郷の品物だ、こっちでは見ないな。」
「後で作り方を教えてください!気に入りました。」
「さて、お代わりが欲しいなら並んでくれ。あとちょっとで大二弾が完成だ。」
二人はコクコクと頷き豚汁を食べたのだった。もちろんお代わりもした。




