第十三話「とある少女の森林探索」
ソウマの周りはいつもあわただしい。
まだであって間もないのに町で労働を強いられていた時との違いにルリは戸惑っていた。
買ってもらったスカートの裾をつまむ。
護身用に持たせてもらったヒノキの棒を掴む。
首をかしげる。
まだ彼女にはどこがどう違うのかという明確な違いはわかっていない。
しかし変化した日常は彼女にとって心地よいものだった。
(だからこれぐらいは我慢だ。)
少女ルリは口を歪ませなんとも言えない表情で自分がかじった木の実を見ていた。
オレンジ色に色づいていてツルツルした外面とその見た目通りのしっかりとした手応え。
皮がついていたのはソウマに剥いてもらった。
「・・・・・渋い。」
「あーやっぱり渋柿か。」
ルリは涙めになって手に持っていた木の実『ペッサミン』を睨んでいた。
ソウマはこの木の実のことをカキと読んでいるがこの辺の人間はペッサミンと呼び忌み嫌っていた。
収穫量はいいが実の味は渋く量がなるばかりで食べられないというのがこの辺の住人の認識だったのだが。
「皮を剥いて上手に乾燥させれば美味しく食べられますよ?」
といったのをきっかけに話が進んでいった。ソウマが実際に干したペッサミンを持っていたのでそれを全員に試食用として配ったところなかなかに好評だった。甘いものはこの時代において貴重なのだ。
おそらくうまく売り出せば一財産になるだろう。
「みんな・・・必死だね。」
「いっぱいあるからな~」
ソウマとルリは連れてきた難民キャンプの人たちを見ていた。
ソウマの干したペッサミンを食べたのが原因だろうか必死の形相で柿の木に群がっている。
「私も・・・行ってくる。」
「頼むぞルリ。もしかしたら商品にするかもしれないからできるだけきれいなやつを頼むな。」
「わかった。」
短く答えるとルリはてとてとと柿を広いにいった。
「さてと、念のため見回りがてらキノコでも探しますかね~」
△▽△▽△▽△▽△▽△▽
「おっ!ルリ嬢ちゃんじゃないか。いいのか?ソウマからなんか習ってただろう?」
「うん。・・・美味しくない木の実もあるって。」
「たく、あいつは。早いとこ剣の振り方でも教えてやればいいものを。」
本来冒険者の弟子とは基本となる知識を教えられることももちろんだがそれ以上に体を鍛えることと自身の培ってきた技を伝承することが主な目的となる。ソウマのやり方はかなり特殊だ。
「だがまぁ何か考えはあるんだろうな。」
ルリの腰に下げているヒノキの棒をみたバルガスは少し考えを改めていた。
それはいいヒノキの棒だとバルガスは思った。町の中に持ち込んでも問題のない長さ、丁寧に作られた持ち手、いっそヒノキの棒には似つかわしくない完成度。
「ソウマからは何か言われてるのか?」
ルリはうなずいた。
「腰に下げて・・・・もってろって。」
バルガスは少し納得した。どうやらソウマは真剣にこの少女を育てる気があるようだ。
「まずは得物を体に馴染ませるところから・・・か。」
自身の背中に背負った斧に意識を向ける。体に馴染んだ武器。ソウマの考えはおそらく武器に馴染みやすい体を作ることなのだろう。
「まあ。俺が口を出すことでもないか。邪魔しちまったな。ルリ嬢ちゃん。あっちにあんまり人が集まってない木があるからそっちに行きな。沢山とってくるといい。」
「うん・・・・ありがとう。」
小さい声だがきちんとお礼が言える。将来はなかなか出来る女になるだろうなとバルガスは思った。
(冒険者としてギルドでやってくには横の繋がりが大事だぜ嬢ちゃん。頑張ってソウマに着いてきな。あいつのそばにいりゃ強くなる。強くなれる。)
バルガスは再び周辺の警戒と採集に戻っていった。
△▽△▽△▽△▽△▽
ルリはバルガスと別れたあと黙々とペッサミンの身を拾っていた。
手にとって傷や痛んでいるところがないかを確認して背負っている籠にいれていく。
「おいお前!こっちは俺たちの縄張りだぞ!入ってくるな!」
「っ!!!」
そこに男の子が怒鳴り付けてきた。歳は見た目にはルリより少し上に見える。ルリは完全にビビっていた。
どうも彼女は人とのコミュニケーションに難があるらしく突然声をかけられると萎縮してしまう。
店番はなんとかできていたのだが誰かと向かい合って自分の言葉を話す場というものが苦手らしかった。
「なん・・・で?」
男の子の回りには何人か取り巻きが居るがどうも全員が男の子とどう意見ではないらしい。中には戸惑っている小さい子や男の子の様子にうんざりした女の子がいたりした。
「ここは俺たちが見つけたんだ!後から来たお前はよそに行け!」
ガキ大将なのだろう。
ルリはしぶしぶとその場を離れる。怒鳴られることには慣れているはずだった。
しかし今までのものとはどこか違う気がした。
そんな光景をソウマは遠くから見ていた。
いろいろな人の感情に触れることが彼女の今の課題なのだとソウマは考えている。
(少しずつでいいから感情が何なのかを学んでほしいな。)
ソウマが今のルリに感じるものとは虚無であった。
心の器を満たす感情の欠如。
もし、それを克服できたときにきっと彼女は目標を持つことができる。
(今はまだ何かを教えていい段階じゃない。)
ソウマはルリを本当の意味で育てるつもりだった。
△▽△▽△▽△▽△▽
ガキ大将の少年から離れとぼとぼと歩いているとその先に川があった。
最初にソウマが見つけたものとは森の浅い場所にある川だ。
そしてその川の向こう側に熊がいた。
それは大きくて黒い熊だった。
「・・・・・おっきい。」
熊はルリ見ていた。
目の前の川は浅く、この大きさの熊ならおそらく苦もなくわたることができるだろう。
だがルリは怖いとは思わなかった。
「・・・・・?」
それもよりも彼女の興味を引いたのはその熊の回りに黒い闇をまとった何かだった。
本来忌避すべき闇というものに少女は無頓着だった。まだわからないというのもあるのだろう。
しかしそれはこの場ではむしろ良かったのかもしれない。
【娘よ。そなたには闇霊が見えるのか?】
突然頭の中に聞こえてきた声にルリはビクッと飛びはね辺りを見回したが周辺には川と熊以外何もなかった。
「やみ・・・れい?」
人見知りな少女にとって熊と会話するというのはなかなかに難易度が高いのだろうか。しかしおっかなびっくりと言葉を紡ぐ。
【ふむ。やはりこういう反応が一般的だと思うのだが・・・・まあいいか。
そうだ、闇霊だ。私の回りに集まってきているもの達のことを指す言葉だ。
古くは星の船が流れ着いた時代まで遡り≪人≫が一段 魂の階を登りし時よりすべての生命と共にある精霊、その六つの属性の一つだ。】
「たくさん・・・いるね。」
【一つ所、日の射さぬところに集まることを好み時に人を惑わせ、また安らぎを与える。】
「楽し・・そう。」
【人には余りなつかんが・・・手のひらを重ねてみるがいい。】
ルリは大きな熊言う通りに手のひらを重ねてみた。その手の中に闇が出来る。その中からスッと小さな何かが顔を出した。それは少女のようにも少年のようにも見えた。
【やはりな。精霊との親和性が高いのだろう。本来ならいかに我の近くにいるとは言えそう易々と精霊を呼び込むことなどできまい・・・・・・ん?】
ルリは自身の手の中にいる精霊を見て完全に硬直してしまっていた。人見知り全開である。
【難儀なことよ。臆病なことは決して悪いことではないのだがな・・・・。】
ルリの状態からその心境を察した熊がのそりと立ち上がった。
【そろそろ帰るがい娘よ。あの人間との約束の夕刻までには森の浅瀬に帰ることができるだろう。】
そういうとのっしのっしと森の奥に帰っていこうとする。
「あ・・・りがとう。私は・・ルリ。」
その声はとても小さかった。しかし熊の耳には容易く聞き取ることができた。
【我は≪闇纏いのグラームド≫。また会おうぞ。精霊の愛娘よ。】
そういうとグラームドは森の奥、闇の中へと消えていたった。
彼女の手の周りにはまだ闇霊が漂っていた。




