第九話「とあるお姫様の憂鬱・・・あるいは侍の開店準備」
帝都郊外難民キャンプにて
「姫!おまちください!」
「スタイナー卿・・・減点です。」
二人の若い男女が歩いていた。
一人は身なりのいいいかにも貴族の子女といった様相の少女だ。
もう一人は鉄鎧と皮鎧の合の子といった格好の騎士だ。
二人は今少し高くなっている丘の上から目の前の光景を見下ろしていた。
そこに広がっていたのは布張りのテントが無数に立っている景色だった。
「これ明らかに五千人より多いですよね。」
「はい。私の経験と照らし合わせるにおそらく一万と五千人ほどではないかと思われます。」
少女、ニコルジアは天を仰いだ。
「・・・報告の三倍ってどれだけいい加減なのよ」
「確かにこの差はひどいですね。道理で難民との摩擦がひどくなるわけです。こちらが支援はあくまで五千人という人数を想定したものですからね。」
「どこかで報告をねじ曲げた人でもいるのかしら?」
「なんとも言えませんがもしそうだとしたら大問題です。この規模のキャンプで飢餓による餓死者が出た場合最悪帝都に甚大な被害が出ます。」
この世界では死者は火葬される。
それはそうしないと危ないからだ。
この世界では死んだものは人間に限らず亜人も魔族も魔物でさえもその死体を放置した場合アンデットとなって再び動き出してしまうのだ。
もちろんそうなってしまったものに生前の理性は期待できない。善人も悪人もなく人々に食いつき呪いや病気を撒き散らす存在に成り果ててしまう。
戦争の時などはその性質を利用してわざと死体を町中に放置して敵軍の進行を遅らせる等といった非人道的な戦術があるぐらいだ。
「帝都の人口はが大体五万人。そこに襲いかかる一万五千人のアンデット・・・・対応次第では千年続いた帝国の歴史が終わるわね。」
「おそらく騎士団の対応が間に合えば被害をギリギリのところで押さえることができるかと思いますがようやく聖魔大戦の影響が治まってきた昨今の情勢には大ダメージでしょうね。」
第七騎士団団長ヴォルフ・スタイナーと皇女ニコルジアは二人で腕を組んで唸り声を上げてしまった。
「ニコラ・・・殿、一度町のなかに戻りましょう。ここから眺めているばかりではどうにもなりません。」
「・・・そうね。」
頷きながらニコラは隣の騎士が同行することになった経緯を思い出した。
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時間はさかのぼり本日早朝宮廷にて。
朝の日課の鍛練を終えて正式に城の外へと出ることが許されたと内心はしゃいでいた時のことだった。
「・・・護衛・・・ですか。」
「そう渋い顔をするな。ソナタがこれまでひっそりと続けてきた冒険者としての活動は大方伝え聞いている。それでもソナタには立場というものがある。今回の件は言わば我を納得させる試験のようなものだ。その監督をする人員がどうしても必要となろう。」
ニコルジアの渋い顔がさらに渋味を増した。
父アルバスの言わんとすることはわかるのだが、一人で自由にできるのではと思っていたニコルジアにとっては寝耳に水な話だ。
「では陛下いったいどなたを着けてくださるのですか?」
おそらく何を言っても言い負かされてしまうであろうと護衛がつくことを諦めたニコルジアであったがだからと言って着いてくる人物次第では逃げるのも吝かではないとと考えていた。
「そう警戒するでない。入ってまいれ。」
「失礼します。」
そう言って部屋のなかに入ってきたのはニコルジアも見知った人物であった。
「スタイナー卿。あなたでしたか。」
「この度はこのような大役を仰せつかり光栄の極みにございます。」
そういうとヴォルフ・スタイナーは方膝をつき臣下の礼をとった。
「よい。スタイナー卿、此度の役目は我が娘が城を出て生活するにあたって問題なく過ごすことができるのかを見極めるのがソナタの使命だ。そのように肩肘を張っていてはその見極めに支障を来すこととなろう。」
どうやら話はほとんど通っているようだった。
ヴォルフ・スタイナーは立ち上がるとニコルジアの方を向き直る。
「姫、おそらくは此度の一件。それなりの危険が伴うものと私も判断しました。本来なら姫の行いを見届けるのみに止めるべきなのでしょうがどうかお近くで剣を振るうご無礼をお許しください。」
そういうと深く頭を下げたヴォルフ・スタイナー卿にニコルジア溜め息をついてしまった。
「スタイナー卿。あなたの同行と護衛を認めます。ですがお願いしますからその言葉づかいを何とかしてくださいね。私はこれから一冒険者としてこの件を調査するのですから。」
「心得ました。」
ニコルジアはこれからのことを考えてわずかながら頭痛を感じはじめていた。
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「さてと、こんな感じかな。」
服についたほこりを払って立ち上がったのは異国の冒険者、ソウマ・ハクレイだった。
「ん・・・しょ。」
荷物を運んでいるのは昨日から彼の弟子になったルリという少女だ。
二人は帝都郊外の難民キャンプに来ていた。
「よし、ルリ。その箱はそこに置いておいてくれればいい。それが終わったら昨日の続きでワラジを編む練習だ。」
「わかった。・・・でも、いいの?」
「ん?」
ルリはソウマと準備をしていたモノを見やる。
「バルガスさん言ってた。情報を集めて・・・ほしいって。」
そこに広がっていたのはいつぞやにニコラが見たアオイ屋の露店だった。
「いいんだよ。方法は問わないし期限もない。ときたらそこまで肩肘張ってても成果は上がらないんだしね。」
ルリはなるほどとうなずいてしまっているが新米冒険者の教育にいい意見なのかと問われれば微妙なラインだ。というか中堅どころの冒険者ならまず賛同しないだろう。
「・・・わかった。情報収集は・・・お店を出すんだね。」
今新米冒険者の何かが汚染されたのは間違いなかった。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。)
こうして二組の冒険者が難民キャンプの異変に乗り込んだのだった。