第五話「とある皇女と皇帝と」
ニコラは足元にチョウクと魔術で綺麗な形の円を書き込んでいた。
次にその中に文字を書き込んでいく。
書くのは何を使ってもいいが地面に直接かいてしまうと文字が残ってしまい術式が漏洩する危険があったりするのでチョウクを使う。チョウクを使った魔方陣は術式の発動終了と同時に陣が分解されて消えてしまうのだ。
この手法は儀式魔術を簡易的に行う場合に魔術師が好んで用いる。
王家の秘伝にして血統魔法「フラグメント」。自身の行ったことのある場所に一瞬で転移することのできる移動魔法だ。
帝都の城下町の使われていない家屋の一角を借りて魔方陣の準備をしたニコラは陣の中央に立った。もう何度も行った行程であり間違いなどは余程のことがないかぎりおこさない。
『思い馳せる遠き日の記憶繋ぐ道標』
この呪文の詠唱は非常に短い。
詠唱が終わると魔方陣が薄い緑色に輝きその輝きが止んだあとにはニコラも魔方陣も何処にもなかった。
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呪文の詠唱を終えて目を開くとそこには昼間に文字通り飛び出してきたニコラの部屋があった。テラスの扉が閉められていることからニコラはメイベルが一度はこの部屋に来たことを悟る。
「なにかおみあげでも買ってくればよかったかしら?」
「その気づかいをもう少し違う方向に回していただけると私としましてはとても助かるのですが。」
いつの間にと思う間もなくニコラの背後にメイベルが出現した。
ニコラは心臓が跳ね上がる思いを必死にこらえ後ずさった。
「あはは。ごめんなさいね?・・・・伯爵令嬢からは何か伝言はあるかしら?」
「要約するとお大事にと書かれている長文のの手紙をお預かりしていますのであとで目を通しておいてください。それと皇帝陛下がお呼びですのでお召し替えをお願いします。」
「父上が?いったいなんかしら?」
「少なくとも仮病と脱走の件ではないそうです。まったくあの方はニコルジア様に甘すぎます。砂糖菓子ですか!煮詰めたはちみつですか!」
誰かに誰かにら不敬罪でしょっぴかれそうなぐちである。
「あー・・・・ごめんなさい。」
頭を下げるニコルジアどっちが主従なのかだんだんとわからなくなる。本来はありえない逆転劇ではあるがメイベル・ストウナーには
許されてしまうのであった。
「どうせまたお出掛けになられるのでしょう。だったら同じことです。ですが少しでも反省されているというのでしたらせめて一言私に声をお掛けください。」
(だってそれじゃ出掛けずらいじゃない・・・。)
「皇女様に居なくなんられる身にもなってくさいまし!」
「思考を読まれた!」
「まあ、メイドですから。」
しばらく押し問答と口が飛び交った。
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高価な絨毯の引かれた大理石の廊下の先に目的の部屋がある。
皇帝陛下は政務の時間以外はその場所で休んでいることが多い。
コンコンというノックの音が廊下に響いた。
「ニコルジアです。」
「入りなさい。」
ドアの向こうからはすぐに返事が帰ってきた。
「失礼します。」
フリルをあしらった豪華なドレスに着替えたニコルジアはハイヒールの音を響かせながら部屋に入った。
そこは書斎。読書家の皇帝陛下が集めに集めた大陸中の本が棚にところ狭しと並べられていた。
その書斎の中央に置かれたティーテーブルにはお茶とスコーンのさらといくつかの書物があった。
その横に置かれた揺り椅子に座る初老の男こそ現皇帝アルバス・セイン・アルト・オルデンロードその人である。
「久しいなニコルジア。息災か?」
「はい陛下この度はご尊顔を拝し恭悦いごくに・・・」
ニコルジアの挨拶をアルバスは手で制した。「よい」と。
「このようなことを言えた義理ではないが今日は父としてソナタを呼んだ。立ち話もなんだな少し待て」
そういうと皇帝アルバスはテーブルの上に置かれたベルを鳴らした。ほとんど間を置かずに一人の執事が書斎の扉を開けはいってきた。
「エルダー、茶と菓子それに椅子を一つ頼む。読書に夢中で準備をおこったっていた。急いでくれ」
「かしこまりました。」
執事エルダーは一礼すると書斎を出ていったかと思うとそれは一瞬のことで扉はすぐに開き片手にお茶とマカロンの乗ったトレイをもう片方の手には重たいはずの安楽椅子を軽々ともって書斎にはいってきた。予知能力でもあるのだろうか?
「えらく準備がいいな?」
「はい。このようなこともあろうかお準備をしておりました。」
「・・・・・。」
エルダーはアルバスの正面に椅子を置きニコルジアに勧める。
「ニコルジア様お茶北方ノーシアスの新茶をお持ちしました。少し深みのある味わいでマカロンとの相性がいいと評判でしたのでお付けさせていただきました。またご用の際はおよびだしください。」
そういうと今度こそ一礼しエルダーは部屋を去っていった。
実の娘とはいえ陛下の対面は非常に居心地が悪かったが・・・
(こういうときは気合いです!)
持ち前のタフネスで乗り切るつもりのようだ。
幸いお茶とマカロンはかなり好みだったようで幾分気分が上向きになった。
「ニコルジアよ。今日も城を抜け出していたようだな。」
「・・・・」ボソッ(メイベルの嘘つき)
アルバスは本を閉じニコルジアに目を向けた。
五十を過ぎ深いシワの刻まれた顔がニコルジア向けられる。
「何か面白いものはあったか?」
「えっ?・・・あっ、はい。外はいつも楽しいですが今日はアルドメア鎮魂祭が近いので町は特に賑わっていました。」
皇帝陛下の口調は咎めるものではなく何か面白いものはないものかと期待するようなどこかはずんたのだった。
「そうかそうか。もう十年以上まともに外に降りていないのでなすっかり忘れてしまったのだ。まったく皇位など継ぐものではないな。」
「あの父上・・・・お疲れなのでしたらお休みになられた方がよろしいのでは?」
ニコルジアは動揺していた。今まで生きてきた中でも父がこんな風に接してきたことがなかったからだ。
「なんだ意外か?いやソナタの前で私はそのように振る舞ってきたのだな。」
どうやら今この場には皇帝アルバスはいないようだ。
「ソナタの見てきたものを聞かせてほしい。ソナタの兄達は我には似なんだ。流石にソナタの姉ウェンデーほど過激ではなかったが我も若き頃は騎士に憧れ修行の旅に出たいと思っておった。いや上の兄達が戦で逝かねば間違いなく抜け出していただろう。」
「・・・わかりました。」
そしてニコルジアはその日あったことを話始めた。
変わった剣士の話やその人が扱う変わった品については特に興味があるようだった。その人がつれていた少女の話を聞いた時はとても残念そうだった。
そして、ギルドで治療をしたときの話をしたときにアルバスの表情が変わった。
「その冒険者の傷は噛み傷のようで・・・治りにくかったんだなニコルジア」
「はい。何かご存じなのですか?」
そこにはもう父としてのアルバスは居なかった。