1,侍女の秘密
「え……あたしが……侍女として、姫さまにお仕えするのですか……?」
女官長であるアリアさまは、にっこりと笑った。
「ええ。年が同じこともあり、姫さまは貴女をお気に召しているようですよ」
「姫……さまが……」
表情は、初めての大仕事で戸惑っている侍女を繕っていたが、内心拍手喝采だ。
まさかこんなに早く、あの王女を殺す機会が訪れるなんて……。
「今日にでも来て欲しいとのことでしたから、しっかり仕事して下さいね」
そんなあたしの本当の目的も知らず、アリアさまは王女の部屋に案内していく。
……あたしの本当の仕事は、王女を殺すこと。
物心ついた時には既に、そういう殺しを商売とする一族の1人であり、殺しの方法を習っていた。
10歳の頃から殺しを始めて、6年たった今では、あたしは一族の中ではちょっとした有名人だ。
通称《血塗れのシェリル》とか、《サディストシェリー》とか……。
要するにあたしは、じわじわと苦しめる殺し方を好むのだ。
そして、今の標的は、エスティニア王国の第一王女である、アルツェルナ・ローザ・リア・エスティニアだ。
「あたし……いえ、わたくしは、本日から姫さまにお仕えすることになりました、シェリルと申します」
部屋で2人っきりになってから、あたしはそう切り出した。
黒い頭をぺこりと下げる。
「……………」
……無視か?
しばらくたっても返事がくる様子はないので、もう一度。
「あの……」
「私は」
やっと反応があった。
王女は緑色の瞳を細め、ゆったりと笑った。
「知ってると思うけど……アルツェルナ・ローザ・リア・エスティニア。親しい人達にはルーナって呼ばれてるの。だから貴女も、ルーナって呼んでね」
アルツェルナの最後をとってルーナか?……この王女らしい愛称だ。
「ルーナさまで……?」
「ううん、呼び捨てがいいわ。ルーナって。」
「ですが……」
王女は茶目っ気たっぷりにウインクした。
「いいじゃない。2人きりの時ぐらいは。ね?」
お願いっ!と手を合わせて言われたら、折れるしかないだろう。
「……っ、わかりました。2人きりの時だけ、ルーナとお呼びします」
「うんっ!そうして頂戴っ!」
すると、ルーナはふいに小さく首をかしげた。
透けるような金髪がきらりと光った。
「貴女は?シェリルだと……愛称はシェリーかしら?」
「はい。そうですね……」
まさかサディストシェリーですとは口が裂けても言えない。……王宮から追い出されちゃうかも。
「じゃあシェリーって呼ぶわね!あ、それから、無理に“わたくし”とか言わなくても良いのよ?“あたし”で全然構わない」
「え……はい。すみません……」
さっきあたしが言い直したから、気にかけてくれていたのかも……。
……なんか、結構いい人っぽくて、拍子抜けした。
何故、依頼人は、この王女を殺すことを望んだのだろう。
……なんて、考えても仕方が無い。あたしのような下っ端には、そんな事知る権利はないのだから。
「シェリー?どうしたの?ぼーっとして……」
「えっ、あっ、いえ。何でもないです」
……らしくない。こんな……人を殺すことをためらうなんて……。
大丈夫だ。多分、この程度の王女なら、すぐに殺れる。
「姫さま……」
「ルーナよ」
「……失礼しました。ルーナ、これからよろしくお願い致します」