―Ⅳ
この任務の内容は、至って簡単だった。『守れ』という、簡単な任務。今までに護衛の仕事はやったことはないけれど、不安なんてない。私に出来ることをやる。そして、彼があの日私にしてくれたことをして返すだけ。
『そなたに『影ノ騎士』になる覚悟はあるか?この力を、真に使えるという確証はあるのか?』
ある、あるに決まってる。だって、この力がなかったら私はあの人に――一生追い付けないままだから。自分の身が滅びるくらいの強い力だろうと、自我を失ってしまうくらいの能力だろうと、逆に使役できるくらいにしてやる。私は、決して力には屈しない。あの人のように強くありたい。
血反吐を吐こうが、体が悲鳴を上げようとも、肉体の限界地を越えるような訓練に何年も耐えてきた。時には、本当に死んでしまうんじゃないかと思った時もあった。それでも、命を取り留めて、そうやって生きてきた。
ただ、あの人を守れるようになりたいから。血に染まる白銀の剣と銃。命を奪うというのはやってはいけないことだと教えてもらったけど、大切なものと命なら、どっちを選べばいいかなんて簡単に分かるでしょ?
* * * * *
どんなに憂鬱だと思ってもやはり、朝は来るようだ。もはや、ここ数日でそう思ったか数えられない。朝起きると、すでに隣のベッドに寝ていた少女は起きていて、尚且つ、すでに普段通りの制服を着て書類に目を通している。レイは彼女が寝ている姿は一度も見たことが無い。寝ているのかどうか気になるくらい寝るの遅く、起きるのが早い。
「・・・・・」
「・・・おはよう」
ふとこちらを見てきたので挨拶をすると、彼女は律儀に頭を下げて同じように挨拶を返してきた。そして、すぐに書類へと視線を落とした。――相部屋になったはいいのだが、彼女との距離は微妙といったところだ。懐をさぐりあっているような感じだろうか。
遡ること四日前、初めてレイと彼女が初めて顔を合わせた時、お互いに色々と要望を話し合ったところ、困ったことが起こった。というのが、二人が住んでいる場所が離れすぎていることと、アリアがレイの所属している部隊の仲間と必要最低限の面識を持たなくてはならないということだ。
護衛を行うということは、出来るだけ共にいたほうがいいのは当たり前だ。しかし、所属騎士団や護衛については主要人物にしか知られていないことなので、アリアが聖騎士団の宿舎に出入りすることはあまりよろしくない。それに、影ノ騎士の者は仲間以外に、顔を見せることを極端に嫌うらしい。
アリアは気付かれないようにすると言ったが、ウルフィアがその必要はないといった。どうやらこうなることを想定して、特別棟の部屋を一室借りていたらしい。それが、ふたりが今いる部屋だ。そして、後者の問題もこれによって解決した。レイへの任務は、王が直々に、今の現状が落ち着くまでは護衛がいても支障がない任務を当てるようにしているらしい。
『そなたもまた、聖騎士団の重要な人間だ。王も、今回の事件を憂えておられた』
『国王陛下が・・・?』
『故に、そなたの護衛をアリアに任せたことも、その配慮があってのことである』
ウルフィアと名乗った、影ノ騎士の最高責任者が言うのだから、間違いはないのだろう。彼が醸し出す雰囲気に、相当の手練れだけが持つそれがあったことも、口振りからして、国王と直接会った経験もあるのだと思う。
自分の護衛である彼女が、勅命によってこの任務についたことも話し合いで分かったのだが、何故それほどまでに、今回の事件は極秘・警戒にされているのか分からない。
例えてみるなら、要人護衛が一番分かりやすいだろう。そういった場合、護衛に駆り出されるのは聖騎士団だ。単なる護衛任務なら、それ以外の騎士団も引き受けるようになっている。階級をつけられた任務や命令なら、それ相当の騎士団・護衛・人員が割り振られる。
おそらく、今回は特例だろう。『独立機関』『傭兵組織』と呼ばれている影ノ騎士が、しかもその中でも重要な人間が護衛を行う。特例以外になんと言えるというのか。
「・・・朝食は」
「給侍に任せてあるから大丈夫だ。君はもう食べたのか?」
「・・・・・」
ただ無言のままに彼女は下を向いて、書類に視線を落とした。肯定だと取ったレイは、「そうか」と返してベッドから降りると、部屋の端にある仕切られたスペースに向かった。
着替えをするために用意したスペースは、衣装室を借りる必要をなくすためである。二人とも、大体は所属している騎士団の制服を着ている。レイはたまにしかない休日に何処かへ行くこともほぼ無いので、普通の服は少ない。アリアは任務漬けの生活らしく、常に制服を着ているらしい。
──レイが彼女について知っているのは本当にごく僅かなことで、彼は彼女について何も知らない。彼女はアリアレト・フェルミレイア=シルフィーネという影ノ騎士団の神騎士であり、全経歴については詳細不明である。年齢は16歳。レイのことについては、ある程度の知識を持つ。・・・と、このくらいだ。
アリアは、一定の距離を保ちながら常にレイの傍にいる。だが、彼女は自分からほとんど喋らないし、そもそも彼のことをどのように認識しているのかすらよく解らない。『護衛対象』あるいは『聖騎士団』のどちらかではないだろうかと、レイは考えていた。人間味がないというか、『表情』というものを露わにしないのが一番そう思わせる原因だと思われた。この先、上手くいくのかさっそく不安になった。