―Ⅲ
三人の男たちがいる応接室の前。扉の前に、息を切らした少女が立っていた。傍に控えていた彼女の専属侍女が背中をさすってやると、ようやくいつもの彼女に戻った。冷静沈着な彼女が、ここまで見た目相応、年齢相応な姿を見せたのは初めてだった。
この屋敷に勤めるようになって数年――その間ずっと、彼女の専属侍女をやっているが、ここまで彼女を動揺させるものを見るものとは一体何なのだろうか。この屋敷の中で一番引きこもりがちで、一番現場を経験した人で、一番自由な生き方を選んでいる彼女は、何を思っているのだろう。
「お嬢様、落ち着かれましたか?」
「・・・どうしよう、クレア。心臓痛い」
クレア。名前を呼ばれた侍女は、心臓のある辺りを片手で抑えながら自分を見上げてくる彼女の背をまた、優しくさすってやった。本当は、そろそろ部屋の中に行ってもらわなければならないが、こんな状態の彼女を部屋の中に入れるのは気が引けた。
しかし、心臓が痛いというのはどうしたものか。彼女は医者が嫌いだし、侍女にできる最低限の応急手当や処置の知識を自分は持っているけれど、その中のどれにも心臓が痛いときに一番ふさわしい手当・処置の方法は詳しく含まれていないのだ。
だが。おそらく緊張で心臓が痛いのだろうと思ったので、クレアはさりげなく背中をさすりながら深呼吸するように促す。大人しくそれに従う彼女はどうやら落ち着いたらしい。クレアから少し離れて、言って来ると言った。
* * * * * * * *
中で会話を交えながら紅茶を啜っていた三人のうちの一人は、音もなくゆっくりと部屋の扉が開く光景を見ていた。しかし、どういうわけか、後の二人は全く気付いていない。唯一気が付いたウルフィアは、そろそろ彼女に気を抜くという技術を教えるべきかと思った。
これでは彼女に気が付いていない二人が驚いてしまうではないか。本人が普段通りの表情をしていることから、おそらく無意識に気配を消しているのだろう。任務で現場にいることが多いからだとは思うが、あれでいて疲れないのだろうかと不思議なところだが、すごいところでもある。
「ようやくこられたか」
突然声を出したウルフィアに、彼女の存在に気が付いていなかった二人の男は驚いて、扉のある方角を見た。
「遅くなったな、ウルフィア」
漆黒の長い髪が視界の中で、彼女の動作に合わせてゆらゆらと動く。任務ではないので全身漆黒の装いをしては居ないが、どう見ても何時もと何ら変わりない姿にしか見えない。
少女が突然現れたこととその人間味を感じさせない雰囲気に、ウルフィアを除いた男たちは警戒心と、戸惑いを隠せないといった表情で、彼女を見た。一方の少女は、男の片方――薄い白銀の髪の青年の方を見てほんの一瞬だけ表情を変えたが、すぐに無かった事の様に振る舞い、ウルフィアの横に立った。
彼女はレイとアルトに対してゆるりと頭を下げると、ウルフィアと同じソファに腰を下ろした。そんな彼女に未だ戸惑ったままのアルトを他所に、レイは彼女をじっと眺めた。
「(・・・こんな子が、本当に影ノ騎士なのか?)」
この国の騎士団には、多いとは言わないまでも女性も普通に所属しているので、性別のことも関係はない。だが、彼女は騎士団に入団できる年齢の16歳にはとても見えないし、武器を握って戦闘に参加しているような騎士にはとてもじゃないが見えない。
「遅れて申し訳なかったが、そなたの護衛者について説明してもよろしいか?」
「あ、はい。どうぞ」
混乱していた二人も、真剣そうなウルフィアの声に身を正した。
「こちらが、そなたの護衛をすることになっておる某の部下の者だ」
「・・・神騎士アリアレト・フェルミレイア=シルフィーネだ。影ノ騎士団には、7年間所属している。あなたの護衛に至っては、あなたの要望にできるだけ従うつもりでいる」
見た目とは違って、少しだけ声が低い。年頃(見た目)相応の高い声を予想していただけに、そのことには驚いた。どうやら、見た目は幼い感じではあるが、内面はずいぶん大人びているようだ。そう思いながら、レイも名を名乗ろうと口を開くと。
「あなたは、聖騎士団のレイリア・ファルミール=シフィローネ。私が、護衛をする人。もう一人は、政府監査における内政監査部隊のアルーファン・クロノ=キルアーゼ。彼は、あなたの幼馴染み。・・・護衛を行う上で、必要だと思うことは全て把握している」
「「(・・・何者?)」」
しれっと言ってしまう少女に、再び驚く。必要だと思うことに関しては、こちらと彼女の間で多少の違いはあると思うが、その辺りはどうなのだろうかと思う。機密上のものもあると思うが、影ノ騎士団の特権などで、融通が利いたりするのだろうか。
ファルミアレイア王国は、それのある大陸の中では一番大きな国で、他国からの脅威に常に晒されている。それ故に、他国よりも入国審査や警備は厳しいものだ。
騎士団についての情報などに至っては、王国の機密情報のトップレベルに相当するものなので、国のトップレベルの人間ですら閲覧するには許可を取るために、詳細な許可証を書かなくてはならないので閲覧する者はほとんどいない。
アルトのように内政監査部隊のような所に所属していれば、王国上層部に不正を行わせないために機密情報を収集しているので閲覧が申請一つで特別に許されることがあるらしいが、彼女のような人物が、そんな許可を得ているようなものには見えない。
王国の中でも知られざる、唯一異色を放っている騎士団。第13騎士団「暗殺特殊部隊」――通称『影ノ騎士』に所属しているに、やはり、アルトが言っていたように彼らは特別な『独立機関』なのだろうか。
「王から直接通告された際に、機密情報の閲覧については許可をもらった故にそなたの情報をアリアは知識として得ている」
「知られたくないだろうと思ったところは見ていないが、任務を確実に実行する上でいくらかは許容してもらいたい。私は護衛役を優先敵に行いながらも複数の任務を遂行しなくてはならないので」
レイの考えを簡単に納得させたアリアレトが、一瞬にして騎士らしく見えた。
* * * * * * * *
静かに進められている話し合いの様子を、屋敷を一望できる王城の人気がない塔から眺めている人影があった。
「・・・これも、きっと運命なのでしょうね」
「・・・・・」
「世界の理をも左右しかねない我々とあれらの血は、決して争わずには要られないのです」
漆黒の長髪がさらさらと風に靡き、顔を覆っている純白の半透明なベールがゆるりと揺れる。微かに見えたその先で、二つの美しい鮮血色が静かに閉じられた。
キーキャラクター登場。




