―Ⅱ
少女が国王からの依頼書を受け取った頃、一人の青年が自室で相部屋の青年と、酒の入っているグラスの置かれた机を挟んで、高級そうな低反発のソファーに向かい合って座っていた。時刻は、夜中に差し掛かろうとしているところである。
一方の青年は、限りなく白色に近い銀色――――薄い白銀の長めの髪を後頭部でゆるく纏めていた。堀の深い水色の目で、すっとした鼻梁に、薄い唇で、背も高い。女性が、放っておかなさそうな男だ。白色のシャツに、騎士団から支給されている動きやすい黒いパンツというラフな格好で、くつろいでいる。
もう一方の青年も、前者に負けず劣らず整った顔立ちをしている。焦げ茶色の髪と、同じ色の悪戯っこい目は、彼を悪戯好きな少年のように見せる。そして、それを肯定するように、頬にはカーゼを張っている。
「いつもより疲れてんな~、レイ」
彼がからかうように言うと、レイと呼ばれた青年が少し恨めしそうに彼を見た。同じ職に就いてはいるが、二人の仕事の内容は異なっていて、彼らの様子から分かるだろうがレイのほうが仕事の量は多い。そんな彼は今日、いつにも増して忙しかったのだ。
「お前とは、仕事内容が違うからな」
「俺より階級が上なんだから、当たり前だろ?」
「・・・そうだな、アルト」
酒の入ったグラスを持つと、中に入っていた氷がカランと音を立てた。口元まで持っていって傾けると、冷たい液体が風呂上がりのせいか、余計に冷たく感じる。素直に美味い、と思った。
それと同時に、自分の座っているソファーの端に投げるように置いていた封筒のことを思い出し、気分が重くなってしまう。アルトはそんな幼馴染みに気付いたらしく、チラッと封筒に視線をやった。国王からだという証である王族の紋章があるので、重要な書類のようだ。
仕事人間だと、同僚によく言われるレイがその封筒の中身を見てからというもの、一時間弱はこんな調子でいるので、アルトはその中身が気になっていた。
「レイ」
「ん?」
「封筒の中身はなんだったんだ?国王様からってんだから、なんかスゴイモノでも入ってたのか?」
アルトの率直な問いに、そんなんじゃないと言いながら、酒をまた一口飲む。レイは仕事上、国王から手紙が送られてくることがたまにあるので、今回、封筒を受け取った時に驚いたりしなかった。驚いて、久しぶりに酒を飲んでいるのは中身のせいであった。
しぶしぶといった感じで封筒に手を伸ばして掴むと、アルトに手渡した。それを受け取ったアルトは、封筒から中身を取り出した。中に入っていたのは、数枚の書類だった。
「『聖騎士団団員 レイリア・ファルミール=シフィローネの護衛者』・・・?」
「・・・続き、見てみろよ」
そう言われたアルトは、不思議に思いながらも書類に視線を戻して、続きを読んだ。
『近頃、聖騎士団の団員を狙った事件が何度か起こっている。
団員の多くは、団体で行動をとるように指揮しているが
任務にあたっている、または、護衛にあたっている団員に関しては
護衛者を就けることに定例会で決定した。
貴殿には、下記の者を護衛者として就けることを通達する。
名前:アリアレト・フェルミレイア=シルフィーネ
所属:影ノ騎士 神騎士
出身:全経歴詳細不明
この者には、最高責任者に許可を取っているので、決定は覆らない。
所属騎士団の中でもトップを争う実力の持ち主であるので、
王の勅命で、彼女をそなたの護衛役に決定した。詳細についてはまた後日に通達する』
何とも簡潔な文章であったが、勘が鈍くても分かる。ある意味で、有名な『騎士団』の名前がそこには書かれていた。レイ――レイリア・ファルミール=シフィローネ――が所属している『聖騎士団』やアルト――アルーファン・クロノ=キルアーゼ――が所属している『内政監査部隊』とは、性質の異なる部隊・第13騎士団「暗殺特殊部隊」――通称『影ノ騎士』の名前が。
書類に視線を向けているアルトの表情は、困惑か嫌悪か、はたまた理解しきれていないのか、様々な感情の入り混じった表情をしていた。レイは、言わんこっちゃないといった感じで小さく息を吐くと、固まってしまっている幼馴染みの方へ手を伸ばすと書類をその手から取る。
それを机の上に置くと、もう一杯酒を一口飲む。今夜は酔いたい気分なのか、再びガラスのコップに酒が継ぎ足され、じわじわと溶けかけていた氷がぷかぷかと浮かんだ。酒に強いレイは、なかなか酔うことができないのか気分が落ちているように思える。
あまり見たことのない姿を見たアルトは、ますます困惑してしまっている。長年一緒に居るが、レイが酒に酔おうとしている姿なんてコレが始めてだ。よほど、嫌なのだろう。なにせ――・・・。
「ファントムが出てくるなんて珍しいよ。お互いに干渉を避けてるけど、上層部がレイの護衛にしたってことは、それだけ今回の事件が大事にしたくないって言ってるようなもんだし」
「・・・護衛云々じゃなくて、問題なのはファントムの奴だ。『全経歴不明』なんて、神騎士でもありえないだろ」
パラディンとして、一応はファントムのことを知っているレイにとっては、書類に書かれていた人物に違和感を覚える。神騎士は、孤児のファントム所属者を指しているが、入団時には軍の上層部が四方八方から情報を集めてくるので、少なくともある程度の経歴が分かっている。出身国や、身の上などが。
それなのに、書かれていた自分の護衛者は、全ての経歴において詳細が不明らしい。それ即ち、その人物が人間かどうかも分からないということだ。
この世界には『人間』とい種族以外にも、『亜種』という種族が存在している。姿形は実に様々で、人型から動物型まであり、外見的な特徴を持っている。住んでいる地域の環境に合わせて、人間とはまた違った過程で進化を遂げた種族。そんな彼らの中には、友好的な種族もあるので、人と交わって、子を成す者もいる。
しかし、遺伝においては、、先祖が同一の人間だからか、外見において亜種側の遺伝は劣勢なので、優勢側の遺伝が強い子は、外見は人間にそのものなので、一般人には見分けることができない。医者や、亜種には分るというのは、有名な話だ。
しかし、その子らは、外見がそうであっても内面はその逆だ。内面は、亜種側の遺伝が優勢。従って、能力や考え方、知力も全く違うのである。そのせいか、彼らの中には、人間を劣等種として、見下すものもいるという。
もし、そんなのが自分の護衛だったらと考えるだけで、気が重くなる。唯でさえ、レイは今、『聖騎士団』襲撃事件の後始末や情報収集で忙しく、多くの任務に駆り出されているので、連日の疲労が溜まっている。気分が落ちていて、酒に酔いたくなるのも仕方がないものである。
そんな彼を見て、幼馴染みの青年もまた、同じように気分が落ちていた。
プロローグは終わり。
次回から、本編に入ります。