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親の心子知らず

 山神さんの意見を採用し相違の分岐点を調べることに方向転換した。これまで頭のなかに記憶した相違点は凡そノート七冊分になる。彼女の予想を軸に、ここ六周は検証に費やした。遂に見つけた相違点全ての分岐点を調べ上げ、記憶しこれでループを抜けられる。確信に近い自信を持っていた。

 それでもループは終わらなかった。数が足りないのかと思い、次の二周は改めて相違点の捜索に費やした。もちろんループは終わらない。次の周でそれらの分岐点を調べ上げる。精神的に疲弊しているせいか、倒れてしまい自室のベッドで入学式当日を過ごす。目が覚めると身体が楽になっていた。倒れる前に戻っていたから。

 何をしても進めない。相違点を見つけ出すには元の世界の記憶が必要になる。俺の知らない事象が変化していた場合、俺にその変化は見つけられない。きっと相違点は星の数程あるのだろう。所謂バタフライエフェクトだ。分かる範囲の分岐点を確認したとしても、すべての原因を突き止めることは出来ない。

 前提に無理があるのだ。何をしてもループは抜け出せない。そう思った時、心の糸がはち切れた。



 忌々しいことに俺は記憶したものを忘れることができない。最初の頃に書いていたノートの内容も、山神さんと話した内容も何もかもを。最後に山神さんと会ったのは今から五十三周前になる。会ったとしてもどうせループするのだから山神さんは俺を覚えていてくれない。親と食卓を共にしたのはもっと前だ。悲しませたとしても、不安にさせたとしても、俺はループし皆の記憶からその間の出来事は消え去る。そう考えてからは随分と気が楽になった。


「ゆう、ご飯食べましょ」

「そのうち食べるよ。先に食べてて」


 そう、とだけ言うと階下へと降りていく。親父も心配はしてくるているようだ。普段と比較すると喧しさが足りない。



 机の上に置いたままの入学案内の紙が視界に入る。ぼんやりしていると結局俺は初めから一度も会場に向かっていないことに気がついた。最初は日本武道館に足を運んだが会場を誤り、その後のループでは常に調べ物をしていた。ここ最近はまるで活力も湧かずネットサーフィンをするだけという自堕落な過ごし方をしているが。そして今回も親父に声をかけられるまで今日が入学式ということに気がつかなかった。


「ゆう、体調が平気なら入学式に行こう」

「良くはないから欠席させてもらうよ」

「そうか、いや、駄目だ行くぞ」


 俺の手を強引に掴む親父に俺は心底驚いていた。これまで何周も同じ会話をしてきているが常に『ゆっくり休むんだぞ』と優しい父親の言葉をくれていた。


「何が気に入らないんだ。何故そんなに不貞腐れているんだ。理由を教えなさい」


 怒気を孕む問いかけに呆気にとられる。普段の垂れ目で常に笑顔の父親はそこにいない。駄目な子供を叱る、威厳のある父親が眼前に立っている。


「言えることでは、無いんです」

「親にも言えないのか。信じられないのか俺たちが」

「…」

「そのうちでいい。話しなさい。とりあえず今日は入学式だ。安田講堂に行くぞ。…母さんもご飯を作って待ってるんだ。下で食べてから用意をしなさい」


 何周目ぶりだろうか。スーツに袖を通し、身なりを整え家に出る。太陽に当たったことすら随分と久しぶりに感じる。

 親父やお母さんに話したところで状況は何も変わらない。良い人達だが超常的な現象についての対応策があるわけもない。


「何でさっき俺に怒ってくれたの」

「良くない事を考えている様子に見えたからだ。それに仮病だろ? 俺がどれだけ今日という日を楽しみにしてたかお前は分からないんだ。親になれば分かる」


 なら、今の俺には分からなくて当然だな。


「一人で抱えるな、ゆう。俺達は味方だ。困ったことがあれば言いなさい。何かしら力になれないこともないと思う気もしないでもない」

「…ありがとうございます」


 日本武道館と同様入学生を誘導する在校生が正面で声を張り上げている。俺がここに居られるのもあと十五分。十時になればまた合格発表の日まで戻ることになる。


「じゃあお父さんこっちいくからな。ちゃんと目立てよ? スタートダッシュが肝心だからな」

「相場は自己紹介じゃないかな」


 そうか、と言いケラケラと笑うと保護者入口へと向かっていく。見送っていると、視界の隅で見覚えのある女性がベンチに座って本を読んでいるのに気がついた。図書館の中で普段は過ごすと言っていたが、入学生を見に来たのだろうか。それにしては本しか見ていないが、真偽を確認する術は無い。


『これより、2026年度東京大学入学式を行います』

 

 


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