違和感
目を開くとそこには自室の天井が広がっていた。どうやら夢を見ていたらしい。入学式の会場を間違えるという今まで見たことが無いほど恐怖を感じた悪夢だ。そろそろ準備をしなければならない。今日は入学式がある。窓から差し込む光を見るに随分と日も昇っているように感じる。急ぎ階下へと向かうと既にご飯は出来上がっており机に並べられていた。
「起きたのね、ご飯できたわよ」
これまた随分と朝からヘビーな。嫌いなわけでは無いが朝から焼きそばというのは生まれてこの方経験したことがない。だが拒否をするほどのものではない。席について手を合わせる。
「いただきます」
「召し上がれ。それにしても、合格良かったわね。本当におめでとう」
「ありがと。二人の子だし、少し記憶力がいいからね」
「そうね…それでも合格したのはゆうの実力よ。そうだ、檜山さん覚えてる?お父さんの上司で去年定年退職した」
「分かるよ。髭がすごく長い方でしょ」
「そうそう。お父さんったら余程嬉しいみたいで『合格したことを部長にサプライズで教えてくる!』って言って帰ってくるなりご飯も食べずに出て行っちゃったのよ。」
親父は散歩でもしてたのだろうか? 俺の知る限り親父にそのような日課はない。いつもは朝起きると現代アートみたいな寝癖を直すよりも先にテレビをつけてラヴィットを観ている。
「父さん、散歩でもしてたの?」
「え?会社に自慢しに行くって言って途中から別行動したよってゆうがさっき教えてくれたじゃない」
小首を傾げた母さんはにっこり微笑むととりあえず食べましょうと言って箸を持った。
「いただきます」
コミュニケーション能力に難がある事は自覚しているが、話が噛み合っていないように感じる。朝に出されたことを除けばいつもと変わらない焼きそばを食べていると無音が気になった。特別執着があるわけではないが毎朝親父がラヴィットを見ているせいで音がしないのも気持ちが悪い。そう思った俺はリモコンを手に取りテレビをつけるとNHKのニュースが流れていた。たまには静かなニュースを聞くのもいいかと思いそのままリモコンを置く。何の変哲もない音声が流れているが、得も言えない恐怖を感じた。その恐怖の発信源を俺は知っている。
…それでは天気の情報です。只今の気温は二十一度、四月上旬並みの暖かさです。例年よりは早まっているものの桜開花はもう少し先になりそうです。
「…お母さん、俺は今日合格発表から帰ってきて昼寝してたんだよね」
「ええ。どうかしたの?」
「ううんと、いやなんでもない。おいしいね焼きそば」
不審な様子をそれ以上は見せないよう、いつも通りの速さで食事を済ませ部屋に戻る。内心はぐちゃぐちゃだが、お母さんに心配をかけるのは忍びない。机の上に投げ捨てた封筒から紙を全て取り出す。入学式案内を一心不乱に探し出し睨みつけるように字を追う。
2026年4月11日 10時 会場 東京大学本郷キャンパス大講堂
入学式案内には安田講堂で行うと、そう書いてある。つまり、俺は前に進めなかったのだろう。置かれている環境は不自然そのものだが、起こっている状況から逆算するとこの結論はしっくりくる。残りの書類の束から例の紙を引っ張り出すと予想通りA4よりは大きいサイズにひっそりと例の文が書いてあった。
俺は間違いなく入学式当日までを過ごした記憶がある。その中で違和感を覚えたことは当日まで無かった。どんな原理で俺がこの状況に至ったのかは分からない。現在の物理学では少なくともタイムリープをすることは出来ないことを知っているし、天才でもない俺にそれを解き明かすことは出来ないことも理解している。残された道は一つだけ、相違点を探し出し前に進むこと。一周目で見落としていた東京大学入学式の会場の変化、これは間違いなく変わっている。相違点を見つけたとして誰に提出すれば採点されるのか分からない。だが、見つけなければ憶測だが俺はこのループを抜け出せない。入学式当日までに幾つの相違があるのだろう。膨大な数かも知れないことを踏まえると何かに記録をするべきだ。俺の記憶力はあくまで映像記憶として蓄積できるが、エピソード記憶は映像ほど自信がない。それでも記憶力自体は悪くないが映像にしたほうがより確実だ。それに、この先繰り返すかもしれないこの世界に染まった場合いつ迄も俺は出来事を相違点と認識できているかも分からない。空のノートを取り出しそこに今日の出来事を書き殴る。出来事は黒、以前との相違点は赤く。
いつの間にやら日が暮れ、親父も帰ってきたようだ。階下が騒がしい。恐らく檜山さんと飲みに行きベロンベロンになって帰ってきたのだろう。時刻は二十一時、この日は晩ご飯を食べた後風呂に入りそのまま就寝することにした。




