リチャードと憧れと試練 前編
「待たせたの。これが頼まれていた品じゃ」
宝飾屋が完成品をリチャードに差し出す。
リチャードが使っている支給品の杖とは違って、こちらはステッキのようなシルエットをしている。
「杖の材質はヒイラギを使っておる。神聖な木なので魔力の燃費が良い優れものじゃ」
「すごい……。きっと、魔法石のあの人も喜んでますよ」
「当然じゃ。ワシは炭鉱が閉鎖されてから、こやつを飾り立てる為に、今までの年月を宝飾屋につぎ込んだんじゃ」
「流石ですね」
リチャードがにっこりと笑った。
しかし、宝飾屋はどこか浮かない顔をしていた。
「……青年よ…………この魔法石は……正直、そこらの魔法使いが扱うには、ちと難儀な代物じゃ」
「そうなんですか?」
「こやつは頑固なやつでの。自分で決めた掟に従い続け、自分も相手も縛り付ける。そういうやつだと、ワシは記憶しとる」
「そうなんですか……」
「だが、おぬしはこの魔法石に、ドラゴンに認められた。魔法石と対話して分かった。おぬしは相当気に入られとるぞ」
宝飾屋がニヤリとしながらそう言う。リチャードは少し驚きつつも、内心ではその驚きが嬉しさに変わっていくのだった。
「ありがとうございます。では……また」
「たまには顔を出してくれよ〜」
「分かりました」
リチャードは宝飾屋を後にした。
宝飾屋には再び静寂が訪れた。宝飾屋は、ドラゴンやリチャードには、不甲斐ない姿を見せることができなかった。その反動が今やってきた。
「…………グッ……フゥ…………ドラゴン……。ワシの…………青春よ……。これで……自分が死んでしまえば……炭鉱は……」
彼は閉鎖された炭鉱に未練があった。叶わなかったが、炭鉱が永遠だったなら、彼はその生涯を炭鉱に埋めていたのだろう。例え落ちこぼれでも、身体中を黒く汚しながら働くことが楽しかった。仕事終わりに、共に飯を食べ、酒を飲み、笑いあった仲間も居た。
だが、何十年も前の炭鉱の思い出を語る友達はもう居なくなってしまったので、彼の中ではその炭鉱の奥底に潜む黒煙を纏いし秘密の友だけが、自分以外唯一の生き証人だった。
しかし、彼が宝飾屋に縁が無くなった今、そのドラゴンの死のみが、胸に残ってしまう。それを思うと、途端に実感が湧いて、彼の涙は止まることを忘れたかのように溢れた。
だが、そのことをリチャードやドラゴンは知る由もなかったのだった。
リチャードは杖を受け取ると、会社に赴く。会社の備品である人工生成された魔法石の杖を使い続けていたことにも、コンプレックスを感じていた。
柄を握ってみると、どこか心の熱さを感じる。
「中々に良い装いだ」
「うわっ!ビックリした……」
突然ステッキが語りかけてきて、リチャードは思わず驚いてしまう。
「これって……」
「ああ、君が持っているだけで意思の疎通ができるようだな。彼が自慢げにこの木の凄さを語っていたが、これほどとはな。実に不思議で、面白い」
会社に着くと、社の広告看板が、いつの間にかリニューアルされていた。それまでのセンターには赤髪の魔法使いがずっと据えられていたのだが、今回からロイヤーが抜擢されている。
「ロイヤーくんは凄いなぁ。同期ってだけで誇らしく感じるよぉ……」
そんなことを言っていると、リチャードの脳裏にはあの日の事がジワジワと蘇ってくる。
「あー忘れろ忘れろ!」
リチャードは自分にそう言い聞かせると、会社のビルに入っていった。
事務室に入ると事務の女性がいつものように声をかけてきた。
「また社長から呼び出しですよ。今度こそ……ですかね……」
「……あー……そうですね」
リチャードは顔が強張る。そういえば、丁度あの宣告から一週間だ。もしかしたら、自分に明日は無いのだろうか。そう思うとリチャードの心拍数は急上昇した。
「失礼……します……」
「うむ。入りたまえ」
社長室に入ると社長の表情は普段とは違い、暗くはない。最後通告の時でも笑っているのだろうか。それが彼なりの流儀なのだろうか。
「本日はどのような件で……」
「君は……これまで何匹のドラゴンを討伐したかな?」
「え?……一匹です」
「そうだな。一匹だ。一匹だけ」
「は……はぁ」
リチャードは不安になった。やはり一匹だけでは成果として薄かったのだ。心臓が不吉な高鳴りを打ち続ける。
「ようやく魔法使いとして、スタートラインに立てた訳だな」
「え?……俺はクビじゃないんですか?」
リチャードはうっかり聞き返してしまう。
「クビになりたいなら構わんぞ?」
社長はにこやかに返す。
冗談交じりに話したのだろうが、リチャードには到底冗談には聞こえなかった。
「まあいい。そこで、ここからは先輩とバディを組んでもらう」
「バ……バディ……ですか?」
「ああ、例の菌のドラゴンの討伐を私は高く評価している。そこで、より大きい現場を経験させたいと考えているのだが……そういった現場は新人一人……特に、リチャードくん、君一人では危険だ」
「まあそうですけど、そのバディって誰なんです?」
「……フッフッフ。実は来てくれているんだ。入っていいぞ」
社長が呼びかけると、社長室の扉が開いた。そして、一人の男が社長室に入ってくる。
切れ長な目とその中で黄金色に輝く瞳。
背丈があり、痩せてはいるものの、筋肉はしっかりと付いていて、細身という印象はあまり受けない。
そして、存在感を放つ背中の大剣に、トレードマークの赤い髪。
部屋の中から赤い髪が見えた瞬間に、リチャードは思わず目を見開き、声を上げてしまった。
「え!えええええ!きっ、キースさん!?」
ヴァージル・A・キース。入社八年半で通算百七十二匹のドラゴンを討伐したリチャードも所属するピカデリーサーカスウィザードワークス社の看板魔法使いだ。今年の前期もロイヤーが新星と騒がれる中、ヴァージルはそのロイヤーすら凌ぐ十七匹を討伐しており、社のエースとしてメンツを保ったのだった。
リチャードも高校時代や大学時代には、彼に憧れを抱き、彼を追いかけるようにこの会社に入社した。リチャードにとっては会えたという事実だけで奇跡のような体験だった。
「こいつっすか?俺とバディっていうのは」
「ああ。リチャード・オブライエンくんだ。空いてるのが君しかいないんだ。君に指導をお願いしたい」
「こう言っちゃなんすけど……」
ヴァージルはリチャードを隅々まで見渡す。眉間にシワが寄っており、明らかに怪訝な顔をしている。
そしてこう言い放つ。
「……俺には筋があるように見えないっすけどね。立派なのは杖くらいですよ?」
「しかし君だってもう九年目。そろそろ、わがままばかり言っていられる立場でも無いだろう。フォールドくんが前線を退いた今、この社を引っ張っていくという自覚を持ちたまえ」
「そりゃあ……そうっすけど……」
「分かったなら、後輩のリチャードくんに色々教えてやってくれ。リチャードくん、君はくれぐれもヴァージルくんの手を煩わせないようにね」
「はっ……はい!」
リチャードの声は、いつもよりも元気が良かった。
廊下を二人で歩いていると、リチャードがヴァージルに声をかける。
「あの!俺、キースさんのファンなんです!キースさんに憧れてこの仕事始めましたし、それに……」
「なに浮かれてんだ。仕事中だぞ。ファンやりたいならこんなとこに居ちゃいけねえ」
「……すいません」
「大体よぉ、なんで"この俺"が"お前なんか"とバディなんだよ。俺聞いたぜ?お前、こないだまで討伐ゼロだったらしいじゃねえか。バリバリ健康で半期討伐ゼロとか聞いたことねえぞ」
「……そんなに広まってるんですか?……俺の噂」
「ああ、よく聞いたなぁ。こないだようやく一匹討伐したって同僚が慌てて知らせに来たぜ?」
「……そうですね。そうですよね。俺……ずっと向いてないと思ってましたし……この仕事」
「ああ、絶対向いてねえな。俺がお前と同じ立場なら三ヶ月目くらいには辞表出してるだろうな」
「それは……俺も、あなたのような魔法使いになりたかったので……。あなたのような、ロンドンを守って、ロンドンに愛されるような魔法使いに……」
「……はっ、そんな綺麗事言って俺の事口説こうってか?口説きも向いてないぜ」
そう言うと、ヴァージルはそそくさとどこかへ行ってしまう。
「キースさん、どこに行くんですか?」
「考え事だ。しばらく自分のデスクで待ってろ」
「?……分かりました」
自分のデスクに戻ると、事務の女性が駆け寄ってくる。
「リチャードくん、大丈夫だった?その……」
「ん?……ああ、大丈夫。クビとかじゃないから」
「本当?良かったー。知ってる人というか……中々クビはない会社だから、私初めてリストラを見るのかな〜って、ビクビクしちゃった」
「本当にね。俺もビクビクしっぱなしだったよ」
「あっ、アールグレイ飲む?リラックスした方がいいよ」
「そうだね。お願いしようかな」
リチャードは女性にアールグレイを入れてもらい、しばらくの間紅茶を片手に談笑していた。
そんな平穏な時間が二十分程続いた時に、事務室の扉が勢いよく開かれる。
「いいこと思いついたぞ!」
そう声を上げて事務室に入ってきたのはヴァージルだった。ヴァージルはリチャードを見つけると、早足で迫ってくる。
「ちょっとこい。俺がお前をテストしてやろう!」
「テ……テスト……ですか?」




