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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
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The little evil of the underground waterway 後編

 精神世界では、一人の男がいた。顔は童顔で可愛らしさもある。頭には王冠を被り、赤いマントも特徴的だが、威圧感はない。リチャードはさながら、お遊戯会の王様役のような印象を受けた。

「まっ、待ってほしいでちゅ!これには深いわけがあるんでちゅう!」

 怯えるようにドラゴンのボスが話し出す。

「この地下水道はぼ、僕らの住処でちゅ!ひ、ひひっ、人が来る方が悪いんでちゅ!」

「そんな事を聞きたいんじゃない」

「ひっ……ひぃ!いっ……いじめないでほちいでゅう!」

「うるさい!なにをしでかしたか分かってるのか!お前達は……ロンドンから生活を奪ったんだぞ!」

「そっ……そんなの知らないでちゅ!僕達には関係ないでちゅ!」

「貴様……。貴様ァ!」

 リチャードは怒りが前面に出る。精神世界では感情がストレートに出るようだ。

「ひっ、ひぃいい!痛くしないでほしいでちゅ!僕らは……言われただけでちゅ!」

「言われた?なにをだ」

「た……たぁだで教えるわけには……いかないでちゅ!」

 ボスは自分が交渉で有利な立場だと錯覚し、にんまりとしながら見返りを求める。

「もういい。お前の気持ちはよく分かった」

「でちゅ?」

「この世界から出た瞬間に、お前の魔法石を砕く」

「ぢゅうううう!」

 怒り心頭のリチャードはそう言い残すと意識を切らそうとする。ボスがこれを止めないわけがなかった。

「待ってほしいでちゅ!やめてほしいでちゅう!」

 リチャードは黙ったままだ。いつでも意識をきることは出来る。

「僕が間違ってたでちゅ!全部話すでちゅ!だから痛くしないでほしいでちゅ!消えたくないでちゅ!」

 リチャードは黙って聞いているのみで、話した所で砕かないという保証は無かったのだが、ボスは勝手に喋り出す。

「奥にいるんでちゅ!あいつは僕らを使って根を広げっ……」

 突如、精神世界と交信できなくなり、リチャードは現実世界で再び目を開ける。

「なんだ!?」

 リチャードが慌てて周囲を探ると、手元にあったはずのボスの魔法石が無い。落としたのだろうか、リチャードは杖を光らせて、周りを見てみる。

 テチ………………テチ………………テチ………………

 足音がした。間違いなく、あのドラゴンの足音だ。しかし、どうもテンポがおかしい。

 足音の方向へ、そっと明かりを向ける。

 そこには、一匹のあのドラゴンがいた。しかも、よく見るとそのドラゴンは不格好な立ち姿で向こうを向いている。

 ドラゴンの手元が、リチャードの魔法石に照らされて、リチャードの赤紫の光に紫紺を混ぜて反射する。覚束ないそのドラゴンの手にはさっきまでリチャードが持っていたはずの魔法石があったのだ。

 リチャードは息を飲む。足がすくむ。

「あいつ……なんで魔法石を……しかも……二足歩行……」

 リチャードは状況を理解できずにいた。

 自分がなにかに照らし出されていることに気づいたのか、二足歩行のドラゴンが振り返る。

 見た目で異質なのは前足を器用に使って魔法石を持っていることくらい。それ以外に差はない。逆に言えばその行為が、この個体の異常性を物語っていた。

「…………お前は……誰だ?」

 リチャードはうっかり、そのドラゴンに尋ねてしまう。失敗だった。これで返答が返ってくるかもしれない。そう思うと、より恐怖心が掻き立てられた。

 ドラゴンはなにも答えないが、生理現象のように首を傾けた。だが、リチャードにはそれが、質問の意図を理解できないと返答しているように見えて、より気味が悪くなった。

 リチャードが目の前のドラゴンに、異常を覚えていた束の間、ドラゴンは手に持っていた魔法石を見つめる。原鉱は所々を鮮やかに輝かせていて、ドラゴンもそれをうっとりとした目で見つめた。

 ガリッ

 二足歩行のドラゴンの前歯が、魔法石に突き立てられる。

 自分のボスの魔法石を砕くその姿は正に異質そのものだ。

 魔法石を思い切り噛んだ事で、二足歩行の個体の前歯も欠けてしまっていたが、当の本人は全く気にする素振りも見せない。

「どう……いう…………こ……と……?」

 目の前の状況に混乱をし続けるリチャード。ふと、二足歩行の個体と、リチャードは目が合ってしまう。

「キシシッ……」

 顔を歪めて二足歩行のそいつが笑う。声帯が合ってないのか、笑い声はどこか不自然だった。

 そうすると、二足歩行の個体は砕いた魔法石を残して、奥へ走り去っていった。

 この地下水道には、今までの自分では知りえない、否、ロンドンも知らない邪悪が潜んでいる。リチャードの中で使命感と恐怖心が争った。

 前に進まなければいけないが、進みたくない。

 そんな時、ふとリチャードはなぜ進まなければならないかを考えた。

 街の平和のためか、クビの回避や出世のためか、もちろんそれもあるのだろう。だが、彼の中で出た結論は──

「プロをあんな目に合わせたやつを……野放しにしたくない」

 そう思った途端に、リチャードの足は地下水道の奥へと踏み出していた。

 足は震えていた。弱い自分だってまだいる。それでも進まなければならない。

 地下水道の奥へと歩を進めると、奥の方から声が聞こえた。

「キュピ……キュピ……」

 あのドラゴンの声に似ている。

 リチャードは声の聞こえる方へと向かった。


「なんだ……これは…………」

 奥にあったのは、菌の山であった。

 透けているものの、淡く蛍光緑に光を放っていて、心なしかドラゴンのような形に見えなくもない。菌の中には一匹だけが目を閉じて佇んでいる。

 そして山の麓にはあの小さなドラゴン達が群がっていた。よく見ると、菌を食べている。

「キュピィ!キュピィ!」

 一匹のドラゴンが大声で叫ぶ。リチャードの存在を察知して、招かれざる客を排除するように、防衛システムが働いたのだ。

 何匹かのドラゴンがリチャードを襲う。

 リチャードは杖を振ろうとした。

 その瞬間、強烈な目眩がリチャードを襲った。体の内側が寒い。

「これは……」

 リチャードがそう呟いた直後、ドラゴン達の体当たりがリチャードに直撃し、リチャードは倒れてしまう。薄々分かっていたが、リチャードも病気に感染していた。

 なんとかドラゴンを振り切ろうと体全体をバタバタと揺らす。顔付近のドラゴンが齧ったことでマスクを外されると、リチャードはあまりの悪臭に嘔吐してしまう。

 ドラゴンを手でなんとか振り払って、ふらつきながらも立ち上がる。

 先程の圧倒的数の暴力に比べれば、相手の攻撃は全然キツくない。それ以上にリチャード自身のコンディションの悪さが重くのしかかってきていた。

 リチャードはダルい体を必死で動かす。ドラゴン達もリチャードに噛み付いて、離れない。必死の防衛を試みていた。

 しかし、リチャードは気力で、立ち上がると、足を菌の山へと向けさせる。その時──

「キシシ……」

 菌の山の中にいた目を閉じていた個体の目が開く。

 リチャードは動揺してしまった。こいつはさっきの個体だ。ようやく立ち上がらせた足がすくんでしまう。

 背中にひっつき続けるドラゴンや感染症による影響も加わって立ちくらんだその時、リチャードの頭に浮かんだのはプロの苦しむ姿だった。

 その姿や、そんなプロを思った時、倒れる訳にはいかないという使命感が彼を粘らせた。

 菌の山の中で、そいつは未だに気味悪くほくそ笑んでいるだけだった。どうしてか、あの場からは動けないようだ。

 そして、リチャードは気味の悪いその一匹を……魔法で撃ち抜いた。

「キュピイアアアアア!」

 辺りのドラゴン達が一気に散り散りになってどこかに去っていく。蛍光緑に発光していた菌の山は一瞬にして枯れて、茶色く変色していった。

 そして、ドラゴンの肉体が一瞬にして腐り、風化し、そこには茶ばんだ跡と骨、そして若草色の光を放つ魔法石の原鉱が残されていた。

 疲れは残っていたが、リチャードの体内から病原体が死滅したのか、ダルさや目眩といった症状は消えていた。気づけば酷い匂いも少し和らいでいる。

 地下水道に、平穏が戻った。

 リチャードは魔法石に意識を集中させた。


「アヒャヒャ!楽しかったか?ドラゴン殺し」

 若草色の髪と、その色に準拠したベスト、スニーカー。シャツは黒でスボンは砂色の若い男がいた。特に特徴的なのは、目元の濃いクマだろう。痩せ細っていて肌も不健康に色白。いかにも不健康そうな見た目をしている。

「楽しい?そんなわけないだろ」

「あっそう。まあいいや」

「よくない!……なんでこんなことをした。いや、違うな。お前はなにがしたかったんだ?」

「なにって……そういうもんだろ」

「どういうことだよ。人が大勢苦しんで、死んだんだぞ!」

「知るかよ〜」

 ドラゴンが笑いながら答えた。リチャードのフラストレーションが溜まっていく。

「お前らさあ、都合よすぎなんだよォ。俺達は、ただ繁栄したかっただけだ」

「……繁……栄?」

「そうそう、繁栄。種を残して、不滅のものになる。それだけだ。なにが悪い」

「人間はどうなる」

「だぁかぁらぁ……知らねーよ。お前達人間だって、種の繁栄を望みにしているだろ〜?ドラゴンを殺すのも、その一環だよなぁ?」

「ドラゴンが……人間を語るな!」

「種の繁栄のためにドラゴンを殺すのはよくて、人間を殺しちゃダメだなんてぇ。おかしいよなぁ?」

「黙れ!」

「アーッヒャッヒャッヒャ〜。お前はほんと、おもしれぇなぁ!」

「砕いてもいいんだぞ?死が怖くないのか?」

「死ぃ?怖くねぇなぁ。俺達はドラゴンだけどよぉ、同時にウイルスでもある。ウフフ」

「っ!」

「生きてるかも分からないのに……なんで死があんだぁ?無いものに怯えろってか?アーッヒャッヒャッヒャァ〜」

 リチャードはなにも言い返すことが出来なかった。

 このドラゴンの言っていることは、決して間違っていなかった。ただ、人として、人を守る魔法使いとして、その理論を真に受けることは許されていなかったし、許してはいけなかった。


「未知の感染症の爆発的流行により、一時は住民の自主的な外出控えや、臨時休業が相次いだピカデリーサーカスでは、病状の回復が見られた市民たちが、反動と言わんばかりに外の生活を謳歌しています!」

 社長室のテレビが、そんなニュースを伝える。

「……で、この未知の感染症はこの魔法石のドラゴンが原因だったと……そういうことで良いのかね、リチャードくん?」

「……はい」

「………………。よくやったじゃないか。ドラゴンを討伐したのは、これが初めてだろう。ようやく、社の一員になれたな」

「……ありがとうございます」

「それにしても、本当に良かったのか?この魔法石を自分が持っていなくて……」

「……いいんです。本当に。自分には相応しくないです」

「……そうか。そういうことなら、この魔法石は政府に送ろう。それでいいな?」

「はい。是非そうしてください」

「これからも、期待しているぞ。リチャードくん」

 社長はそういうと、社長室を後にした。

 リチャードは魔法石を受け取らなかった。あんなやつの魔法石は、持っているのすらも嫌だったからだ。


 第四話【完】()()

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